影浦を甘やかす
サイドエフェクトは戦闘を有利にする反面、持ち主の生活を苦しめるものが多い。
エンジニアの中では珍しいサイドエフェクト持ち、ということもあってサイドエフェクト持ちの戦闘員の戦闘サポートを任されることが多かった。
如何にサイドエフェクトを戦闘に組み込むか考えたり、そこに必要ならサポートトリガーを作ることもある。
チーフになってからは機会は減ったが、厄介なサイドエフェクトの場合は俺に回されることが多かった。

「名前は?」
「……影浦」

とりあえず視界を埋め尽くす警戒。
人を信じていないのか、そうなってしまうようなサイドエフェクトなのか。
まぁ、俺に回された時点でそうか。

「チーフエンジニアの玄野彪吾だ。敬語は使いたきゃ使えばいいし、使いたくなけりゃ使わんでいい。まぁ、影浦の担当になるから、よろしく」

差し出した手を彼は無視した。

「何だこいつ。エンジニアに何ができるんだ。うざってぇもん向けてんじゃねぇ…ってとこか?」
「は?」
「今の影浦が考えてること」

見開かれた目。
何だこいつ。
何で俺の考えてることがわかったんだ、と?の浮かぶ視界。

「人の心が視覚化できるサイドエフェクト。俺のはな」

目を指差しそう言ってやれば、彼の心の中には動揺が広がる。

「影浦のは?」
「…自分に向けられる感情が、刺さる」
「へぇ。痛ぇの?」

痛みは別に、と彼は視線を逸らす。

「種類の判別は?」
「ある程度。刺さり方が違ぇから」
「じゃあ、その刺さり方は詳細に区別できるようになった方がいいな」

多分戦闘でも役に立つから、と目の前のパソコンに彼から聞いた話を打ち込む。

「距離は?」
「結構」
「曖昧だな。ここも検査すんぞ」

何だこいつ、やばいやつか と視界に入る彼の感情を無視して 検査事項を増やしていく。

「日常生活に支障は?」
「…うぜぇって思うくらい」
「耐えられるレベル?」

微妙、と彼は言う。
マイナスの感情は通常の感情よりも鬱陶しいのだという。

「あんたは…そんなもん、邪魔じゃねぇんか」
「俺の?邪魔だよ。視覚化されてるから 邪魔で邪魔で。イメージはな、ゲームのコマンドとか動画のコメント弾幕。強ければ大きいし、視界に入る人の感情はいつも見えてるし 視界に入ってなくても 自分に向けられてれば見えるしな」
「よくそんなんで、生活できんな」

彼の言葉に慣れだよな、と笑う。

「見えたって言わなきゃ、相手にゃバレねぇ」
「そーだけど」
「生まれた時からあんだよ。流石に慣れねぇと やっていけねぇっしょ」

だから、お前もある程度慣れていけよと言えば難しいって感情が目の前に現れた。

「俺の感情は?どう刺さってんの」
「興味。好奇心。…後は、同情」
「うん、まぁそうだな」

俺と違って 目を閉じたらなくなるもんじゃない。
いつもいつも、逃げられないのだから俺より難儀なもんだなと思っていた。

「…家の中とかでも、刺さるの?」
「自分が感知できる範囲内なら」
「心休まんねぇな、それ」

身体的にストレスやら睡眠不足はないか?と聞けばないとは言わないと彼は視線を逸らしながら答えた。

「そーいうの、遮断できるようになりゃいいけど。サイドエフェクトの無効化はまだ実験段階だからなぁ」
「…そんなこと、してんのか」
「ま、個人的な研究でな」

命狙われるから、と笑えば彼は目を瞬かせる。

「機密情報とか、知っちゃいけねぇことを受動的に知っちまうっつーね。困るんだよ、色々と」
「……不憫だな」
「お互いにな」

影浦の書類が出来上がり、パソコンを閉じる。

「おっけー。とりあえず、次いつ空いてる?今回のカウンセリングで気になったとことか 検査しながら詰めていくから。トータルで1週間くらいは面倒だろうが付き合って貰うから。」
「…了解」





向けられる感情によって苛々したりすることはあったが、戦闘においては非常に有用なサイドエフェクトであった。
いい仲間にも恵まれたようで、気づけばA級部隊の隊長になった彼。
最初のカウンセリングや検査以降は顔を合わせば挨拶を交わす程度でそこまで深い関わりはしてこなかったが 何となく彼のランク戦は気になって時間があれば見ていた。
だが、突然届いた B級降格の報せ。
よく聞けば根付さんを殴った為だという。

「…まぁ、あのネズミ野郎余計なこと考えてっからなぁ」
「彪吾さんもよく苛々させられてますもんね」
「根本的に好かん。思い出しても苛々するしな」

まぁ、ともあれ。
上の人間に対して 暴力となれば降格処分は仕方ないだろう。

「8000ポイント剥奪もされたみたいで」
「あーぁ、俺みたいなことしてんな」
「…彪吾さんは全部ですけどね」

サイドエフェクトの無効化装置ちゃんと作ってやれば良かった、と呟けば辞めたんでしたっけ?と寺島か首を傾げる。

「時間がなくてなぁ…」
「安請け合いしすぎなんすよ、彪吾さん」
「…否定はしねぇ」

チーフエンジニアという立場にいて、自分の部下の育成もあるし。
チーフエンジニアの中でも一番上の立場にいることもあり、タヌキの補佐官のような役割までのやらねばならず。
トラッパーとの連携リーダーでもあるわけで。
個人ラボの方にも数多の開発要件があるしで、とりあえず時間がないのだ。
サイドエフェクトの無効化は個人的に欲しただけで、ボーダーが必要としたことではない。
サイドエフェクトを持たぬ上の人間からすれば、俺たちの苦労など知る由もないのだ。

「どこまで進んだんですか?」
「試作品はいくつかあるけどな。暴走すんだよ。目ん玉から血出るくらいの暴走」
「……完全にやばいやつじゃないですか」

そういうこった、と笑えば勘弁してくださいよと彼は溜息をついた。

「とりあえず影浦んとこ行ってくるわ」
「あ、はい。けど、多分自宅謹慎してますよ」
「まじ?」

家ってお好み焼き屋だったよな。

「飯食うついでに行ってくるか」
「帰りに自分のご飯買ってきてください」
「りょーかい」

いらっしゃい!と元気のいい声。
雅人くんいます?と尋ねれば 雅人の友達なら裏の玄関からどうぞと笑顔で促される。

「あ、客です。1人なんで、雅人くんに付き合ってもらえないかなぁと思って」
「あぁ、そうなのね!空いてるお席どうぞ、呼んできますから」
「ありがとうございます」

店の奥の席に座って メニューを眺める。

「客って誰だよ!?」
「いいから来なさいって」

何でこんな時に、空気読めやと 視界に入ってきた彼の感情。
随分と荒れているようだな、と感情の発信源に手を振れば彼は目を丸くさせた。

「よぉ、影浦」
「彪吾さん?え、なにしてんだよ」
「飯食いに来た。1人じゃつまんねぇし、付き合えよ」

俺が焼くよりお前が焼いた方が美味いだろうし、と笑えば彼は困惑しながらも向かいに座った。

「あんたが本部の外にいんの 初めて見た」
「おいおい、そりゃねぇだろ。一応、家あんぞ」
「は?まじ?帰ってんの?」

いや、帰ってないけどと答えればそれは家とは言わねぇよと彼が笑った。

「何食う?」
「影浦のおすすめで」
「おう。持ってくるから、ちょっと待ってろ」

慣れた様子で厨房に入った彼が 飲み物は?と感情だけこちらに投げてくる。

「烏龍茶!」
「おう」

こういう使い方してくるのは彼くらいなものだ。
まぁ、どう使われようが 抵抗はないのだが。

「嫌いなもんなかったよな」
「トマト」
「お好み焼きにトマトは入んねぇから安心しろ」

手際よく焼いてくれる彼を眺めていれば何だよ、と鋭い目がこちらを見た。

「何に対する謝罪だ、それ」
「…サイドエフェクトの無効化装置、作っておいてやりゃよかった。そう思って」
「あっても変わんねぇよ。あの腹立つ面は遅かれ早かれ殴ってた」

そーかい、と笑えば 彼も笑う。

「らしくねぇな。んなこと気にしてたんか」
「まぁ、可愛い後輩のことだしなァ」
「どの口が言う。可愛いとか思ってねぇだろ」

思ってるよ、と緩く首を傾げてやれば鬱陶しそうに首をさすった。

「やめろ、ぞわぞわする」
「そう思って、影浦がいる時には向けてねぇよ。けど、大切な後輩だと思ってるさ。じゃなきゃ、わざわざ本部から出て会いに来たりしてねぇよ」

お好み焼きを焼いていた彼の手が止まり、目を閉じろと舌打ちをした。
俺のサイドエフェクトは目を閉じることで遮断できる。
今は、見られたくないんだろうなと 素直に目を閉じた。

「開けんなよ、そのまま。…まぁ別に、A級にこだわりなんかなかったし、遊べんならどっちだっていい」
「そーかい」
「あんたが気にすることなんて、一つもねぇよ。悪いのはあのおっさんで 我慢出来なかった俺だ」

ほら見ろ。
影浦は優しい少年なのに。
彼に向ける感情の種類がマイナスになれば 彼もマイナスな態度を示す。
結局、殴られたあのネズミ野郎に 原因がある。

「直談判してやろーか」
「いらねぇよ。別に、気にしてねぇから」
「…俺が気にいらん」

らしくねぇと彼が笑った。

「目ェ開けていいぞ。焼けた」
「お、美味そう」
「美味いに決まってんだろ」

俺と違い、戦闘員を続けるなら降格もポイント剥奪も彼の妨げになるかと思ったが 気にしていないなら 何も出来ないな。
とりあえず 次がないようにネズミ野郎は脅しておくか。

「美味いわ…生き返る…久々に温かいもん食ったわ…」
「彪吾さんって人間やめてるよな、いつも思うけど」
「片足くらいは人間に突っ込んでるっつーの」

片足だけかよ、と彼は笑い 自分で焼いたお好み焼きを食べて 美味い美味いと頷く。

「何でそんなエンジニア頑張ってんの?」
「あー…忘れてぇことがあるからかなぁ」
「……なんだそれ」

集中してれば、忘れられる。
ただそれだけのこと。

「俺がエンジニアを辞める日が来るとしたら、バカを直せた時だろうな」

どういうことだ?って彼の?に俺は笑う。
知らなくてもいいことだ。
ただ、あのバカのようになって欲しくなかったから 俺はわざわざ会いに来たんだろうな。
懐に入れた存在を、もう失いたくはないのだ。

「まぁ、影浦はバカじゃなくてよかったよ」
「はぁ?今日の彪吾さん、わけわかんねぇって」

気にすんなって、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやれば 彼はくすぐったいそうに笑った。


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