元東隊と会う
「彪吾さん…?」「ん?あぁ、三輪か。嫌な場所で会っちまったな…」
左手に持った花が居たたまれなくて 自分の背に隠した。
「…お姉さんに会いに来たのか」
「はい」
「そーかい」
三輪とは彼が東さんのとこの隊員だった頃の付き合いだから、もう随分と長い付き合いだ。
だが、深く関わったことはない。
「……彪吾さんは、」
「まぁ、似たようなもんだな」
警戒心が強かったし、模擬戦闘で俺に倒されることが多かった彼は俺をあまり得意とはしていなかった。
心が読まれることも、嫌だったんだろう。
俺としても、過去に縛られて生きる彼は見ていられるものではなかった。
けど、今となっては 気持ちがわかってしまう。
俺よりも若い彼がこんな気持ちを抱えながら生きていると思うと、不憫で仕方がないが。
それでも生きる理由があるなら 幸せな気もした。
「身内、ですか」
「あー…身内ではねぇのかな。幼馴染だよ。覚えてるか?うちの隊のオペレーター」
「え、」
亡くなったんですか、と彼の声が震えた。
そして動揺が目の前を埋め尽くす。
「隊が解散した後、ボーダーやめたろ?その後にな…」
「そう、だったんですね…」
アイツとは、仲が良かったっけ。
お姉さんに似てるとか、思ってたか 確か。
「…会って行って、くれるか?アイツも、多分喜ぶ」
こくりと彼は頷いた。
何度も来た、彼女の名前の刻まれた墓の前。
花を添えて、手を合わせた。
「久しぶり、」
なんて。
彼女の心はここにはないのに。
目を開けて横を見れば 手を合わせる三輪の横顔。
昔に比べれば顔色は良くなったか。
米屋と組んでるんだったっけ。
合わなそうに見えるけど、どうなんだろうな。
「…彪吾さん、」
「どうした」
「死んだ人と話せるって、本当ですか」
あぁ、誰から聞いたんだか。
お前は知らない方がいいと思っていたのに。
「サイドエフェクトを使えばな、やりとりできる。死んだ人間の心とも」
「…俺の姉さんとも?」
「まぁな。肉体が昇天してねぇ奴らか、未練がある奴らならな」
立ち上がって、溜息をつく。
俺を見上げる彼の目は 俺を逃す気はないようだった。
姉さんは?彪吾さんの幼馴染は?
話したい。教えてほしい。
どんな状態だった。
俺は間違っていないのか。
そんな彼の心が見えて、目を逸らしたくなった。
「…お前の姉さんも、俺の幼馴染にも。使う気はねぇよ」
「なんで!?」
「…黒トリガーになってたら 良かったんだけどな。そうじゃねぇなら、使えねぇ」
心は見えている。
名前を伝えれば、やりとりは出来るだろう。
だが、黒トリガーになった場合と通常の死は違う。
「…心だけでも、失って欲しくねぇんだ」
「どういう意味ですか」
「人間っつーのは、心と体を名前が繋げて、始めて完成する。死は体が昇天し、名前を墓石に刻むことで完了する。心は体と昇天することもあれば、未練として遺ることもある。黒トリガーになった場合、体が昇天しねぇ。だから、未練がなくとも体と共に遺る」
だからなんだと、彼は俺を睨んだ。
「…体と共に遺った心は オンオフはあっても、消えることはねぇ。けど、心しか遺ってねぇ場合は 消滅する。」
「消滅…」
「その消滅が、何を意味すんのかは俺は知らねぇ。成仏なのか、ただ消えただけなのか。わかんねぇんだ。だから、嫌だ」
名前を教えなきゃ、心は消えることはない。
本部の周りの心も そうだ。
けど過去に、心に名前を教えたことがある。
そいつは初めは話が出来たが気付けば消滅していた。
名前を伝えることで、墓石に刻まれた名前に引っ張られてしまうのか とも考えて墓にも行ったが 心はなかった。
本来ならば遺るべきものではないのだから、それで良いのかもしれないが。
「…未練は土地につくこともありゃ、人につくこともある。地縛霊と憑依霊みてぇな感じだ。土地についた未練は 闇に染まってく。けどな、人につく場合は闇には染まんねぇ。ずっと、その人を想ってくれてる。ま、怨霊みてぇな感じなら話は別だが お前の姉さんはそうじゃねぇ。自分の名を忘れても、ただひたすらにお前の幸せを願ってる。秀次が笑っていてくれますように。ご飯はちゃんと食べてるかな。泣いてないかな。寂しくないかな。」
三輪につく心はいつもそんなことを想ってる。
その心は優しさだ。
だから、消してしまいたくない。
成仏なのだとしても、消していいのか わからないんだ。
「一時言葉を交わせるよりも、お前の側にいてほしい。俺は、そう思っちまった。だから、やらねぇ」
「彪吾さんが、?」
「そーだよ。これは、俺の我儘だ。例え、話が出来なくても。二度も失いたくねぇだろ。俺も失わせたくねぇ」
アイツもいつも俺の視界にいる。
俺についているから。
「だから、わかってくれ。俺はお前の姉さんと話す気はねぇ」
「…姉さんは、俺のそばにいるんですか」
「いるよ。四年前からずっと、変わらずに。自分の名を忘れても、ただお前を想ってる」
そうですか、と彼は目を伏せた。
自分の名前を知らない心は一方的に話続ける。
同じことを何度も何度も、何度も。
寝ても覚めても、同じこと。
「…なら、いいです」
「そーかい」
けど、それでもいい。
こんな俺を、狂っていると 誰かが言った。
わかっているさ、そんなこと。
けど、狂っていてもいい。
狂わされた方が、楽なんだ。
「彪吾さんの幼馴染は、なんて?」
「お前のせいだ」
「え?」
三輪が目を丸くして俺を見た。
「アイツは俺を恨んでんだよ。所謂、怨霊タイプ」
「なんで、」
「戒めなんだよ。俺の場合、消すのは逃げだ。最後まで、責任は俺が取る。俺が悪ぃからな」
さてと、と立ち上がる。
「今のはオフレコな、」
「待ってください。怨霊タイプだと、どうなるんですか、」
「さぁな。わかんねぇ」
消してください、と彼は言った。
「消さねぇよ。」
「なんで、」
「お前は知らねぇでいい。こっちの問題だかんな」
▽
「おーおー、今日は懐かしい顔にばっか会うな」
「彪吾さん」
「久しぶりだな、二宮」
誰?と言葉を交わすガキんちょ2人。
直接会ったことはなかったか。
「…どーだい、B級生活は」
「俺を怒らせたいんですか」
「冗談だよ」
鳩原の件を俺は知っている。
エンジニアとして、調査に関わったからだ。
「まだ動いてんだろ?」
「…鳩原を唆したかもしれない人が浮上してます」
「そーかい」
鳩原は近界にいった、一般人と共に。
その件で彼らは降格処分を受けた。
「…知らん顔ですか、」
「そっちのことはそっちの責任だろ?隊長。俺は俺の隊のことで手一杯なんでな」
彼は偽物を手に近界へ行った。
彼女はお前のせいだと俺を責める。
あぁ、そうさ。
俺のせいだよ。
そんなこと言われねぇでもわかってるさ。
「隊長は隊員の尻拭いが仕事だぜ?」
「隊を解散させた人が、何を言ってるんですか」
「責任の取り方にゃ色々あんだよ」
あの人を返して。
彼女はそう、俺を責めた。
「けどまぁ、あまり背負いすぎるなよ」
「どっちなんですか」
「どっちもさ。とりあえずそうだな、」
俺みたいにはなるなよ、と彼の肩を叩いて笑った。
「…なんですか、それ」
「なんでもさ。じゃあな」
時間がない。
怨霊タイプはどうなるか。
それの答えは、三輪が思っていた通りだろう。
彼女は俺を呪い殺す。
少しずつ、少しずつ死を連れてくる。
徐々に首を絞められているみたいに、息苦しくなっていくのだ。
名前を教えて消せばいい話だが、それをする気はもうなかった。
「さてと、」
ラボに行くか。
そんで、そろそろ準備をしないと。
鼻歌交じりに廊下を歩く。
そんな俺にご機嫌ですね、と声をかけたのは加古だった。
「今日は東隊勢揃いの日だな」
「あら、そうなんですか?」
「そ。さっき三輪と二宮に会ったんだ」
じゃあこの後は東さんねと彼女は、綺麗に笑った。
「これからどこへ?」
「ラボに戻るんだよ」
「また、近々開発の依頼に行きますね」
了解、と答えてやれば それじゃあと彼女は歩いていった。
この後は東さんか。
いや、会わないだろうな。
あの人は今日は、オフだったはずだし。
個人ラボの扉を開ける。
乱雑に積まれた書類たちはそろそろ整理しなければいけないだろうな。
パソコンにログインして、自分の研究データを 外付けのハードディスクに書き写していく。
その間に、散らばった書類を手に取った。
「…そう。俺みたいには、なるべきじゃねぇよ。二宮も三輪も。他のみんなも」
研究ごとに書類をまとめ始めて 1時間半。
やっとデータの書き写しが完了した。
パスワードを設定して、寺島へと付箋を貼った。
パソコンは初期化のボタンを押した。
「書類もまとめ終わったし…データも書き写したし。会いたかった奴には もう会ったし」
あぁ、けどやっぱり。
東さんにはもう一度会っておきたいかな。
「いや、やめた方がいいか。あの人鋭いからめんどくせぇんだよな」
机の中の奥にしまったトリガーをポケットに押し込んだ。
「寺島は、怒るだろうな。怒ってる姿が目に浮かぶ。けどまぁ、わかってくれよ」
ラボを出て、煙草を咥えながら本部を出た。
〔Back〕