欲しい



「尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ………蛇のスネーク「お前のもんだろ」…え?」
「話聞いてたか?俺は、お前のものだ」

はぁ、と彼はまた溜息をついた。

「ジャミル。俺はお前のものだろ。お前の殺し屋だ。お前が望むならなんだって叶えてみせる。まぁ、まだお上と繋がってるし仕事斡旋してもらってるけど、嫌ならやめたっていい」

ラギーを殺すか?カリムを殺すか?それとも、この学校の人間を丸々殺してしまうか?

彼はそんな物騒なことを平然と言った。

「いいよ、全部殺しても。それでお前が安心するなら。俺だって好都合だよ。お前の目に、俺以外映らなくなるなら」
「っやめ…ろ…そんな事、別に望んでない…」
「そりゃ残念。必要になったらいつでも言ってくれよ。お前のためなら…俺は、誰だって殺せるよ」

違う、こんなこと言わせたかったわけじゃないのに。
また彼は溜息をついて、俺を抱き締めて一緒にベッドに沈む。
薄紫色の瞳を瞼に隠した彼はお前は馬鹿だなぁと笑った。

「そんなに俺を失いたくないなら首輪でもなんでもつけりゃいいのに」
「…誰が、そんなことするか」

なぁ、と彼の胸に頭を擦り付けた。

「お前は…俺を裏切らないか」
「裏切らないよ」
「誰かに、殺せといわれてもか」

そんなこと依頼した奴を殺すよ、と彼は言った。

「魔法で何度も治しながら、指先からみじん切りにしてあげる。裏稼業に噂が広まるくらい。ジャミル・バイパーに手を出したら 死ぬ。地獄を見るって 広めてあげる」
「…お前なら、やりそうだな」

本当にこの男は俺のものなのだろうか。
信じてもいいんだろうか。
視線を恐る恐る彼の顔に向ける。
目はまだ、閉ざされたまま。

「トラジャ」
「うん?」
「俺は、なんだ?」

ジャミルはジャミルだよ、と相変わらずの返事を彼はする。

「俺は、お前のものじゃないのか」
「…俺のものにしていいんだ?」

瞼に隠れていた瞳が俺を射抜いた。
それだけで息が詰まる。

「っ、いいって 言ったら…どうするんだ」
「そうだな。お前を殺したことにして、この学校から抜け出すかな」
「は?」

金ならある、今ほどじゃないど良い暮らしをさせてやると彼は笑った。

「冗談、だろ」
「それくらいの感情ってことだよ。言ったろ?俺は、お前が欲しくなったから契約を持ちかけたんだよ」
「……学校は、卒業させてくれ」

自由でなくても俺は学びたい、と呟けば それなら仕方ないと笑った。

「………けど、そういうのもいいな」
「それを望むなら、いつだって。新しい戸籍も用意する。まともな仕事も紹介する。ジャミル程の魔法があれば引く手数多だよ」
「…そうか」





ジャミルは安心したように笑った。
静かに俺の腕に抱かれ、俺を見つめて笑う。

この男が欲しかった。
初めて出会った時、彼はとても怯えていた。
殺されそうだったっていうのもあるだろうけど、目の前で人を殺した俺を怖がっていた。
それなのに、主人の前に立ち 震える手を隠そうともせず 怯える目を誤魔化そうともせず 俺と向き合ったのだ。

「っ、こいつには…触れないでほしい。俺が、身に付けてるものなら…いくらでも渡すから」

金目のものをくれと言った俺に。
彼は震える手でアクセサリーを外していった。
怯える子供なのに、そこらの大人よりかっこよく見えた。
最後、真っ赤なアクセサリーは いらないと言った。
だって、お前によく似合って よく映えていたから。

あろう事か、彼は俺に名前を問うた。
殺し略奪する俺にだ。
笑ってしまいそうだった。
いや、もう笑っていたかもしれない。

欲しい。
この純粋で、綺麗で、歪なものが。

名刺を渡したのに彼は連絡をくれなかった。
それから数年、依頼が届く。
場所は 彼に出会った国だった。
仕事前に観光でもして、運良く出会えないかと思っていたのに カードは俺を呼び続けた。
なんなんだ、と準備もそこそこに鏡をくぐればあの日の彼がいた。
使えなくなった両腕をぶら下げ、芋虫みたいに地面に横たわっていた。
それでも、一目見てわかった。あの日の彼だって。

「助けて…くれ…」
「いや、殺し屋に助けを求めちゃダメでしょ」

俺に気づいた彼は目を丸くさせる。
あぁ、綺麗な顔もドロドロになってるな。
ただ一方的な暴力を受けたんだろう。

「24時間後って言わなかったか?」
「時間が、ない。幾らでも払う…この髪留めだって、くれてやる…だから、助けて…くれ」

あの頃と変わらない、真っ直ぐな目。
すぐにわかったよ、あの主人がピンチなんだって。
自分のそれを無視してまで助けたいのか。
そう思ったらちょっとむしゃくしゃした。

「だぁから、殺し屋に助けを求めるなよ。正しく依頼してくれるか?」

殺してくれ。

そう吐いた彼に少し心が晴れる。
殺しを、俺を求めたような気がしたから。
彼の縛る紐を切って「承りました」と笑う。

「カリムを……!あの時一緒にいた、白髪の…アイツだけは殺さないでくれ」
「はいはい、仰せのままに。依頼主様?」

いつか、俺以外考えられなくなればいいのに。なんて。
そう思ったから、お前を傍に置いておく理由が欲しかった。
次いつ会えるかなんて考えたくないから、お前をいつも会える存在にしたかった。
受け入れると思って持ちかけた取引だった。
お前は力を、欲している気がしたから。


「ジャミル、」

まだまだお坊ちゃんには勝てないけど。
それでも、アイツよりも俺の事を考える時間があるのは間違いないんだ。
あと少し、もう少し。
時間をかけて、俺以外見えなくしてしまおう。

「お前が欲しい」

初めて真っ直ぐと向けた俺の欲望に彼は目を見開いた。

「ジャミル、お前が欲しい。お前に触れる、資格が欲しい。言葉が拙くともお前を気遣う資格が…ほしい。誰にも渡したくない」
「っ、もういい!それ以上言うな!」
「返事が貰えるまで言うよ」

顔は赤く染まり、それを隠すように俺に抱き着いた。
小さな、聴き逃してしまいそうな程小さな声で言った。

「やっぱりいらないとか、なしだぞ」
「そんなことあるわけないだろ」

自分の好きな香りがする黒髪に口付け、抱き締める手を強める。

「ジャミル、」
「なんだ…」
「いや、呼びたかっただけ」

誰かに依頼して殺してしまおうかな、あの主人を。
そしたら彼は 家に捨てられることになるだろう。
その家ごと俺が壊して、殺して、攫ってしまおうか。

「トラジャ」
「うん?」
「…今日は、一緒に眠りたい」

なんとまぁ、可愛らしいおねだりだ。
この可愛さに免じて、とりあえずはやめておこう。

「いいよ、一緒に寝よう」
「…あぁ、」





朝、目が覚めて。
目の前に彼がいた。
傷だらけな腕は大事そうに俺を閉じ込めて、綺麗な寝顔が上に見えた。
近づけば起きてしまうのに、腕の中に俺がいることは受け入れてくれている。
それが嬉しかった。

もっと眠りたいと思ってしまう。
それでも目覚ましは朝を伝えるのだ。

「ん…」
「おはよう、トラジャ」
「…はよ、ジャミル」

ぎゅう、と俺を強く抱き締めてから 彼は表情を綻ばせた。

「なんか、いいな。起きたらジャミルがいる」
「…朝から馬鹿なこと言うな」

俺も思っていたとは言えるはずもなく。
彼はするりと腕を解いた。

「寝てていいぞ」
「いや、いいよ…ちょうど今晩の仕事の下見行こうと思ってたから」

ベッドから降りて、眠たげな彼を見る。
俺はぐっすり眠れたが、そうではなかったのだろうか。
なんて、少し不安になる。

「うん?」
「寝れなかった…か?」
「いや、ぐっすり。俺にしては今日の寝起きはいい方だよ」

朝は苦手なの知ってるだろ、と彼は笑った。

「まぁけど、これからはまた頑張るよ」
「え?」
「朝起きて1番にお前の顔が見れるのは、やっぱり悪くない。ランニングは行けないけど」

顔洗ってくる、と彼は部屋を出ていった。
その場にしゃがみこみ、顔を隠すためにフードを被ってしまいたいと思った。
あの男は時々、本当にタチが悪い。
お前の言葉に振り回される俺の身にもなってくれ。

「ん?何蹲ってんだ?」
「…なんでもない」

独特の浮遊感。
浮かび上がった体は気付けば彼の腕の中。
抱き上げた俺を下から見上げて彼は笑った。

「な、なんだ…!?」
「顔が見たかっただけ。ほら、そろそろ準備しないと間に合わないぞ」
「…わかってる、降ろしてくれ」

時々で構わないから、こんな朝がまたあればいい。
腕の中で目を覚まして、おはようと1番に言い合えるそんな日が。

「先に出る。また、後で」
「あぁ、行ってらっしゃい」

額に口付けをした彼は微笑み手を振った。

「気をつけて、お前も」
「ありがとう」

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