少しずつ近づく


「トラジャさん」
「げっ」
「うっわー、全力で嫌そうな顔してるじゃないっスか。トラジャくん」

昼休み。
食堂でご飯を食べていた俺達の元に来たのはアズールとジェイドだった。

「もう用はないんだけど」
「えぇ、そうでしょう。用があるのは我々です」
「それを聞く義理もない」

余った香辛料をそのまま口に運び、ご馳走様でしたと手を合わせた。

「ラギー」
「はーい」

2人して席を立とうとすれば目の前に立ち塞がったアズール。

「邪魔なんだが?」
「話の途中です」
「話すことはないし、聞く義理もない。同じことを言わせるな」

冷たいっスねぇ、とラギーが笑った。
俺たちの間に起きたことを彼は知らないからだろう。

「ただまぁ、あんま…しつこくするのはおすすめしないっスよ?その人、ヤバいから」
「ラギーの言う通り。そういうことで、退いてくれ」
「無理を承知で、お願いがあるんです」

食えない笑みを浮かべるジェイドに、断ると一言告げて お盆を1度ラギーに渡す。

「同じこと言わせるなよ。イライラする」

魔法で体を浮かせて ラギーの隣に移動する。

「箒を使わずに…浮遊するなんて!」
「ありがとうラギー」
「いえいえ!」

まぁ諦めるとは思っていなかったけど。
放課後、教室から出た俺を待っていた2人に溜息をついたのは言うまでもない。

「あら、また来てるんスか」
「ラギー部活だっけ?」
「そうっスよ。あ、ダメっスよ?今回は揉み消してくれる人いないんスから」

わかってる、とは答え部活に向かうラギーを見送る。
だが1日2回も顔を見ただけで俺はうんざりしていた。

「どうしてもトラジャさんでなければいけないんです」
「対価はお支払しますので」
「軽々しくそういうことは言わない方がいいぞ」

人差し指を彼のレンズ越しに瞳に向ける。

「その目が欲しい」
「は?」
「なーんて、言われたらどうすんだ」

人魚は高く売れる、と呟けば彼らは顔を引き攣らせた。

「なんだ?お前がお願い事をしてる相手が…なぜそんなことをしないって保証がある?」
「…そ、れは…そうですが…」
「スラム生まれの俺が金を持ってる理由が人身売買だったら…とか、な?」

先々のリスクは潰した方がいい。
揚げ足を取られない言葉を選んだ方がいい。
なんて、何ご丁寧に教えてるんだか。

「……と、まぁ脅すのはこんくらいでいいか。で?付き纏われるのもだるいし、とりあえず話は聞くわ」
「我々に飛行術を教えていただきたいんです。授業中、とてもわかりやすいご説明をされていたと聞きまして…。お恥ずかしい事に、我々飛行術が苦手でして」
「そういう事です!」

たった一言、「却下」と告げて 彼らの横を通り過ぎた。

「待ってください!本当に!死活問題なんです!!」
「そんな面倒なこと俺がするわけないだろ」
「っ貴方の苦手な教科の勉強を教えます!!」

不要だ、と返す。
勉強はジャミルが教えてくれるし。
多分、頼めば。

「それなら!1週間…いや、2週間 お昼ご飯代を立て替えます」
「知ってるだろうけど、お金には困ってない」
「じゃあ他に望みは!!」

お前らに叶えて貰うような望みはない、と言い返せば彼らは口を噤んだ。
あからさまにしゅんとした彼らにまるで悪いことをしているような気分になる。
なんで俺が悪者みたいな空気になっているのか。
刺さる周囲からの視線もウザったくて 溜息をついた。

「あぁ、もう……わかったよ」
「え?」
「貸し1で。いつか払ってもらう。それでいいか」

彼らは何度も頷いた。





「恐ろしいほどに下手だな」

とりあえず飛んでくれ、と2人に言ってはみたが。
それで飛んでんの?ジャンプした方がマシじゃね?というのが俺の感想だった。

「我々は陸に上がって間もないんですよ!」
「魚に空を飛べという方が、無理な話なんです」
「…人は泳げるけどな」

う、と言葉を詰まらせたジェイドに どうしたものかと考える。

「まず2人は魔法は得意なのか?」
「えぇ!これ以外に穴はありません!」
「アズール程ではありませんが…不得意な方ではないと思います」

彼らの言葉が本当なのだとしたら、純粋に空を飛ぶ という行為が苦手なんだろうな。

「まず箒に乗る姿勢が酷すぎる。特にアズール。胸を張れ」
「無理です」
「前のめりになってる方が怖ぇぞ」

彼を箒に跨らせ背中を軽く叩く。

「箒は俺が操作するから。とりあえず姿勢をキープ」
「は、はい…」

両足が地面から離れると伸ばした背中が縮こまる。

「顔上げろ、背中伸ばせ。落とさねぇから」
「その保証がどこに!?!」

ぎゅう、と彼の手は箒を掴む力を強めた。
仕方ないと出した紐で俺と彼の体を結ぶ。

「お前が落ちれば俺も落ちる。これでいいか」
「え、えぇ……これなら、幾分かは信じられます…」
「そりゃどーも。じゃあ続けんぞ」

高度をもう少し上げて、今回の試験の最低高度に高さを合わせる。

「ここが今回の試験の高度な」
「っ、」
「顔下げるな。景色に慣れろ」

幾分か呼吸が整い、背筋も伸びるようにはなってきた。

「じゃ、一旦降りるぞ。降りる間も顔下げるなよ」

おかえりなさい、と地上にいたジェイドがアズールに微笑みかける。

「死、死ぬかと思いました…」
「死ぬかよ」

紐を解き次はジェイド、と声をかける。

「お手柔らかにお願い致します」
「はいはい。紐はいるk「えぇ、ぜひ!」…いや、返事早すぎな?」

同じように紐を結び、彼は箒に跨る。

「とりあえず、まずはアズールと同じ。胸を張れ」
「っ、はい」

魔力を注ぎ、箒を持ち上げる。

「…トラジャさんは、箒なしでどうやって浮いてるんですか…」
「あぁ、靴に魔力注いでるだけ。箒の応用編だな」
「……意味がわからない」

喋る余裕があるだけアズールよりはマシだと笑ってやり、高度を先程の高さに合わせる。

「まずこの高さとその姿勢に慣れる」
「簡単に言ってくれますね…」
「簡単だろ。息もできない地上に上がるよりはよっぽど」

地上に上がる勇気があるならこんなのどうって事ないはずだ、と言ってやる。

「人はどうして空にも海にも行こうと思ったんですかね…」
「貪欲だからだよ。空も海も陸も。支配したかったんだろ」

トラジャさんもですか?と彼は首を傾げた。

「陸だけでは、満足しませんか?」
「いや?別に。けどそうだな、空は好きだよ」
「何故ですか?」

何故、と問われて首を傾げる。
理由なんて考えたことなかったけど、周りを見渡して思った。

「自由だろ?空は」
「自由…」
「遮るものは何も無い。行きたい所、どこへだって行ける」

この高さじゃわかんねぇか、と首を傾げるジェイドに笑った。

「ちゃんと箒掴んでろ。怖かったら俺の腕でもいい」
「え、」
「行くぞ」

きょとん、とする彼の高度を上げる。
慌てて片手で俺の腕を彼が掴んだ。

「な、何してるんですか!?!」
「見た方が早ぇんだよ」

周りの建物より高い位置で上昇を止める。
固まってしまったジェイドの背を叩き周りを見てみろも伝えた。

「周り……っ!!凄い……」
「だろ?」

天気も良い。
見渡す限り、地平線まで見える。

「箒に乗れりゃ、どこへだって行ける。遠くに見える山にも、お前が行ったことのない海にも。ちょっとワクワクするだろ?」
「…そう、ですね!」
「もちろん陸も海も整備されてるし行きたいとこには行けるけど。自分の行先を見ながら近づく過程が楽しめるのは空だけなんだよ。それに 迷わねぇだろ、これならさ」

おまけはここまで。下に降りるぞ、と声をかけて地上に降り立った。

「と、まぁ。こんなもんだな。とりあえず今の姿勢意識してやってみてくれ」


寮に戻る頃には外は真っ暗だった。
2人の練習に付き合い、いらんと言ったがご飯を奢られた。
まぁ俺の食事を見てギョッとしていたが。

「あ、」
「ジャミル」
「おかえり」

ちょうど寮から出てきたジャミルが表情を綻ばせた。

「遅かったな」
「ちょっと面倒なのに捕まってな」
「…問題は起こしてないよな」

それは大丈夫、と答えれば安心したように笑った。

「お坊ちゃんのご飯の準備?」
「あぁ。……何か、その…夜食でも作るか…?」
「え?」

視線を逸らしている彼についこちらも表情が緩む。

「ジャミルと一緒につまめるものがいいな」
「…っ、わかった…」
「部屋で待ってる。行ってらっしゃい」

こくりと彼は頷いた。

欲しいものも、行きたい場所も目に見えた方がやる気がでる。
少しずつ近づいてるその感じが楽しいのだ。

[backtop]