ホリデー


そして迎えたホリデーの日。
ジャミルは朝方、忙しなくお坊ちゃんと共に出ていった。
隣を歩くラギーはお土産に、と沢山の食材を持って 鏡をくぐり抜けていった。

「おや、フォリーくんは随分と身軽ですね」
「あぁ、学園長。必要なものは全て向こうにあるのでね」
「そうですか!それでは良いホリデーを」

鏡をくぐれば、少し懐かしくも感じるスラム街にたどり着く。
鼻につく腐臭と淀んだ空気。
制服の上から黒いコートを羽織り、フードを被った。
アズールにも言ったが、歩けば死体が転がっている。
冬だから腐敗はゆっくりだが、それでも死の香りが充満していた。
ボロ雑巾のような子供は物乞いをしながら、死体を漁る。
ラギーのいたスラムと違って、助け合うという概念はない。
今日生きるために、誰かの明日を奪う。
それが俺達の常だった。

「おっと、失礼」

すれ違いざまにぶつかった若い男の肩。
わざとらしく片手を上げたその男の手首から血が滲み、落ちた。
数秒の沈黙の後、耳を劈く叫び声。

「狙う相手は、選べよ」

手首を抱え踞る男のポケットからは今し方盗まれた俺の財布が出てきた。

「おいおい、派手にやってんじゃねぇか」
「あぁ、久しぶり。叔父貴」

黒いハットに葉巻。
見るからにカタギじゃないその男は愉快そうに笑い、俺が切り落とした手を小石のように蹴飛ばした。

「腕は鈍っちゃいねぇな」
「そりゃ勿論」
「さっさと仕事の準備に取り掛かる。今回は、デカいぜ」

彼が俺を拾った張本人かつ俺がお上と呼んでいる仲介人。
表裏に関わらず顔が利き、裏の業界じゃ知らぬ人はいない。

「にしても。似合うじゃねぇか、制服ってやつが」
「褒めてる?」
「当然」

豪快に笑った彼に着いて行った先は、半年前まで彼と共に暮らしていた場所だ。

「今回の仕事だが、潜入先はここだ」

以前にも聞いていたが、改めて渡された資料に目を通す。

「食品をメインに扱う商家だ。最近は合法非合法問わず薬品にも手を出してる。ここの主人と長男。それから、この長男の飼い犬達が今回のターゲット」
「…依頼人は次男?」
「いや、この奥さんからだ」

長男、次男共に血は繋がっているようだが。
まぁありがちな話だな。

「次男の従者として潜入する事になってる。明日からだ」
「了解」
「期限はないが、お前のホリデー中ってことになるだろうな」

わかってますよ、と渡された資料を捲った。
期間中にパーティーが2回か。
金持ちはパーティーやら宴が好きだよなぁ。
スカラビアもことあるごとに宴だなんだと始めるし。

「ん?」
「どうした?」
「いや、知った名前を見つけただけ」

資料を机に置いて問題ないよ、と笑う。

「なんか殺し方とかの御要望は?」
「自分と次男に疑いがかからないように」
「そりゃまた、難しいこと言うね。長男が死ねば確実にそうなるだろ」

まぁ、今後の家の存続の為には仕方ないか。
とりあえず中に入ってから考えるとしよう。

「まぁ、仕事は明日からだ。今日はお前の帰還を祝ってパーッとやろうじゃねぇか」
「ありがとう、叔父貴」





「初めまして、フォリーと申します。本日より側仕えさせていただくこととなりました」
「母さんから聞いてるよ。私はトロント。よろしく、フォリー」

次男は穏やかそうな男だった。
だが、部屋に積み上げられた本や資料を見るに 優秀なのだろう。

「俺の近臣が先日亡くなってね」
「それは…」
「フォリーの思っている通りだと思うよ」

なるほど、殺されたか。

「気をつけて。なんて、言っても難しいかもしれないけど」
「お心遣い感謝致します。こう見えても武術剣術…勿論魔法にも長けておりますのでご安心下さい」
「母さんが強い人を寄越すと言っていたけど、本当にそうなんだね」

殺し屋、とは知らないと聞いている。
彼の母親は 彼にも知られずにこの計画を完遂したいらしい。
それほどまでに、この次男が優れているんだろう。

「この後のスケジュールは聞いてる?」
「はい、伺っております。先程お客様が到着されておりましたので、予定通り会食が始まるかと思います」
「そうか。それじゃあ、準備もしないとだな」

服を脱いだ彼に新しい洋服を手渡す。
基本的に従者を1人しかつけず、殆どのことは自分でこなすらしい。

「私のような新人をお側に置くのは不安ではございませんか」
「新人でも古参でも裏切る時は裏切るだろ?誰を置いても変わらないよ」
「……そうですね」

珍しいタイプの人だ。
ネクタイを締めた彼はくるりと鏡の前で回る。

「どうだい?」
「よくお似合いでございます」

彼は満足気に笑い、指輪を嵌めた。
恐らく魔法石の嵌め込まれたものだろう。
石をわざわざ内側に向けるなんてな。
用心深い男のようだ。

「フォリーのことは信じさせてくれよ。あの母さんが選んだ人だしな」
「ご期待に添える働きをお約束します」

扉を開けて、廊下へ出る。
それだけでメイド達の雰囲気が色めき立つ。

「会食の時は後ろに控えていてくれ。時折、愚かな真似をする者がいる」
「ご主人様に無礼を働くものがいたら如何致しますか」
「生かして捕らえろ」

情報を吐かせてから処分する、と彼は言った。
会食の会場となる場所には既に人がいた。
今回のターゲットの兄と父親だ。

「お待たせ致しました」
「遅かったじゃないか」
「申し訳ございません」

彼の兄はじろりと俺を睨み付けた。
彼の椅子の1歩後ろに控え、背を正す。

「新しい従者か?前のが亡くなって残念だったな」

彼の兄は嫌らしく笑った。
その笑みにぴくりとも表情を動かさず「従者なんて使い捨てです。壊れたのなら、新しい物を用意すればいいでしょう。ねぇ、兄さん」と答えた。
この2人は対立しているのか。
父親は黙りって感じだな。

「使えなくなればこれも捨てる。代わりはいくらでもいるんだからな」
「……っ、間違いないな」





与えられた部屋で今日見た情報を精査する。
会食の様子を見るに、あの長男も決して不出来というわけではないらしい。
弟を目の敵にしている節があり、恐らく先代の従者は彼に殺されている。
ともなれば俺の所へも飼い犬が送られてくることだろう。

夜更け過ぎ。
コンコン、とノックの音。
扉を開ければ依頼人であるご夫人が立っていた。

「このような場所は御足労いただかなくとも…」
「いいのよ。こっちの方が見つからないわ」

闇に紛れる為か黒いスカーフでブロンドの髪を隠した彼女は狭いこの部屋に入り 扉を閉める。

「優秀な殺し屋と聞いているわ」
「そうありたいとは常々、」
「私達に疑いの目が向かないように…できるのよね?」

出来ないことはないが。
今後の彼女と弟で家を切り盛りしていくと考えるとあまり下手な噂も作れない。

「お2人にも少し危険な目に合っていただく可能性がありますが、それは覚悟の上でしょうか」
「…この身が残るのなら!」
「お強い女性は好ましいですね。ご不安かとは思いますが、信じてお待ちください。必ずや、貴女の望むままに殺してみせましょう」

ニッコリと笑みを浮かべそう伝えれば 彼女は頷いた。

「もう夜も遅いです。早く、おやすみ下さい。お部屋までお送りいたしますか?」
「不要よ」

何故そこまで殺したいのか。
なんて、理由は聞くだけ野暮ってものだろう。
彼女を見送り、しまっておいたコートを羽織る。

「それじゃまぁ…下準備といきますか…」

何となく、殺しのタイミングの目星はつけた。
だが問題は前任を殺したという者だろう。
表沙汰には出来ないだろうし、さっさと消してしまいたいというのが本音。

翌朝。
次男は物騒だな、と呟きながら新聞を置いた。

「ここからそう遠くはないようですしね…」

大きな見出しが この近くの湖から死体が上がったこと報せる。
顔が剥がされたバラバラの死体。
水の色が赤く染る程、だったらしい。

「そういえば、こちら…ご記憶にございますか?」

ロケットペンダントを差し出せば彼は目を丸くさせた。

「これは…!」

内側にある写真は幼い少女のもの。

「……前任のものだ…どこでこれを、」
「私の部屋のベッドの下に…」
「そう、か……ありがとう……!」

売れなかったんだろう。
昨日バラした連中の1人がポケットに忍ばせていたのだ。
死体から金品を盗る時は、計画的にやった方がいい。
なんて、死人にアドバイスをした所で意味は無いだろう。
湖の中に沈んだ彼らと連絡が取れないことに気づいて長男はどんな顔をするだろうか。
考えただけでも楽しくなってくる。

それにしても、血で赤く染まった池は大層美しかったことだろう。
次男の啜る紅茶を眺めながら、緩む口元を手袋をした手で隠した。

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