誰でも殺す

めんどくさい。
ホリデー中の何度目かわからぬパーティーに参加しながら、そう思った。
トラジャとは結局会えていないし、連絡さえ取れていない。
カリムもカリムの父親も、それこそ俺の両親も。
何も変わらなさすぎてイライラする。

「あれ美味そうだな!」
「カリム勝手に料理に手をつけるな」

パーティーの主催はアジーム家とはあまり関わりのない商家だった。
新商品のお披露目を兼ねたパーティーには見知った顔もちらほらと。
その中に家族で訪れていたとある商家の次男、トロントには1度助けられたことがあり、カリムは兄のように慕っている。
家を回しているのは長男だが、次男も相当優秀な人らしい。
2番目に生まれたことを勿体ない、婿養子にぜひ なんて言われていることを本人はどう思っているのだろうか。
彼の存在に気づけばカリムが騒ぐだろうな、と思っていれば 彼を見つけて外行きの顔をしていたカリムが表情を緩ませた。
ジャミル、と俺の腕を引いた彼の目が挨拶に行きたいと訴え、それに答える前に足音が近づいてきた。

「こんばんは、楽しんでいるかい?」

そう言って話しかけてきたトロントにカリムは目を輝かせる。

「トロントさん!久しぶりだな!」
「カリム!敬語!」
「いいよ、気にしないで」

人の良い笑みを浮かべた彼は本当の兄のようにカリムの頭を撫でた。

「紹介しておくよ、フォリー。彼は、「アジーム家のご子息…カリム様とジャミル・バイパー様…でいらっしゃいますよね?」流石、知っていたか。私の新しい側仕えのフォリーだ」
「宜しくお願い致します」

丁寧に腰を折ったその人によろしくな!とカリムが笑う。

「御無礼を申し訳ございません」
「いえ。私のような身分の者に挨拶を返して下さる方は珍しい」

確かにその通りだ。
年齢はそう離れていないのか。
若いその男は素敵な主様ですね、と微笑んだ。

「フォリー、少しカリムと話してもいいかい?」
「ご挨拶は全て済んでおりますのでご安心くださいませ。お食事は私がご用意致しますので、手を付けないようお願い致します」
「ありがとう」

あちらのテラスに掛ける所がありますので、と彼はこちらを見た。

「お2人と一緒に行っていただけますか?お食事は私がお持ちしますので」
「あ、いや……」
「毒味は一緒にお願い致します」

俺が言おうとした言葉を先回りして彼は微笑んだ。
海の底のような青い瞳が細められる。

「ありがとうございます。…助かります」
「少し、お待ちくださいね」

テラスの椅子に座った2人の後ろに控え、料理を取りに行った彼を振り返る。
前の従者に比べると20歳ほど若いだろうか。
穏やかなあの人は辞めてしまったのだろうか。

「カリムは学校に通っているんだったか?」
「あぁ!今年からNRCに」
「楽しいかい?」

笑顔で頷くカリムにトロントは優しく目を細めた。
社交界でこんな風に気を許せる相手がいるのは 稀なことだ。
次男という立場でなければ、いい取引相手にとなっただろうが。

「お待たせしました」
「あ、いえ。こちらこそ申し訳ありません」

フォリーは取り分けた料理の乗った皿をテーブルに置く。
私が先に、と声をかけ 1品1品口に運んでいき これは大丈夫ですと声を掛けてくれる。
だが、今回のメイン料理であるチキンを食べてピタリと動きを止めた。

「フォリー様?」
「…これは、お召し上がりにならないでください」
「え、」

彼は大皿の並ぶパーティー会場に視線を向ける。
もう随分と沢山の人がこの料理を口にしてしまっているのが、少なくなった皿を見てわかる。

「他の方の毒味は問題ないようですが…」
「一般的な毒ではありません。恐らく、バイパー様が口にする分には問題ないかと…。カリム様はどうでしょうね…」

その言葉の意味がわからずにいれば、会場の中で悲鳴が聞こえた。

「っ!?!」

胸を抑え倒れた人。

「お父様!?!」

慌てたようにトロントが立ち上がる。
悲鳴を上げたのは彼の母親のようだった。
駆け寄ろうとした彼をフォリーは止めた。

「なりません、トロント様。…お辛いでしょうが、耐えてくださいませ」

医者を、と声がする。
だがその声をかき消すように、また悲鳴が上がった。
倒れた人は確か隣国の商人だったはず。
その後も1人また1人、と倒れる者がおり トロントの母親も苦しみだし倒れた。

「母様まで……一体、何が…」
「バイパー様、トロント様をお願いしてもよろしいでしょうか…?」
「か、構いませんが… フォリー様は、」

こう見えても医療魔法には長けているのです、と彼は会場に入っていった。
彼の父親を医者が見て、その隣 婦人の傍らにフォリーがしゃがむ。
医者と言葉を交した彼が 婦人の頬に触れた。





死者 13名、意識不明の重体が8名、軽症24名。
勿論 パーティーは中止となり、全員病院へ。
俺とカリムは早々に検査を終えて、報告された数字に眉を寄せることしか出来なかった。
トロントの父は亡くなり、母は意識を取り戻したがまだ体に痺れがあるらしい。
憔悴しきったトロントの傍にいたいと話すカリムを引き剥がすことはどうしても出来なかった。

「一体何が原因で…?」

一人一人割り当てられた病室をわざわざカリムと同じ部屋に変更してくれたフォリーは部屋の前の椅子に腰掛け少し疲れた顔をして 食べ合わせの問題だと話した。
差し出した缶コーヒーをありがとう、と受け取った彼は 先程まで治療にあたっていた姿よりは幼く見えた。

「今回、新商品のお披露目パーティーも兼ねていましたよね?」
「え、あぁ…そうですね」
「それの材料に含まれていた花。……普通に食べる分には問題はないんです。香りも良く仄かな甘みが人気ですし」

ただ、お肉のソースに使われていた植物の成分と合わさると毒になるんです。と彼は話す。

「我々従者は毒味程度しか口にしていませんが、トロント様含め…他の皆様は新商品は随分な量を口にしています。後はソースをどれだけ食したかで 毒となったかならなかったか…て、感じですね」
「毒には…詳しいんですね」
「えぇ、私が用意しましたから」

ぞわ、と背筋が震えた。
今何と言った。
隣に座る男はニィと口角を上げる。
藍色だと思っていた瞳はいつの間にか薄紫色に変わり、綺麗な弧を描く。

「っ!?!」
「流石に、ここまで気付かれないと寂しくなるぞ?ジャミル」
「… トラジャ………?」

久しぶりだね、と違う顔で 彼のように笑う。

「な、に…して…」
「何って仕事?話してたろ?やるって」

パーティーの招待客にお坊ちゃんの名前を見つけてびっくりしたよ、と彼は言った。

「何考えてるんだ!?下手すればカリムも…!」
「トロントとお坊ちゃんが仲良くて良かったな。じゃなきゃ、死んでただろうね」

俺は多分この毒には気付けなかった。
だから、彼の言う通り…最悪カリムは死んでいた。
そんな危険があるのに、なぜこのパーティーを選んだ?

「お坊ちゃんが死ねば、バイパーを捨てられたろ?このまま攫ってしまう算段だった」

なんてね、と笑い いつものように髪に口付けて 立ち上がる。

「今回…関係ない人が、死んでるんじゃないのか…?」

無差別殺人だ。
参加者皆、死ぬ可能性を孕んでいたんだ。
そう思ったら自然と彼を責めるような言葉が出てしまった。
だが本人は気にした様子もなく答えた。

「今回のパーティーの参加者、全員。殺して欲しいって依頼があった人間だよ。依頼のなかった人、パーティーに参加出来ないように小細工してある。正式に受けてはないけど、今回の毒で死んだら金を貰うって依頼人にと話をつけさせてる」
「…それ、カリム…も?」
「勿論」

別に狙われることは珍しいことじゃない。
ただ、彼が殺すとは…思っていなかったんだ。

「忘れちゃったの?ジャミル」
「え?」
「俺は、殺し屋。お金を貰えば、誰でも殺す」

服が魔法で変わり、いつもの彼の姿になる。
髪も顔も トラジャになって 純粋無垢に微笑んだ。

「例外はジャミルだけだよ」
「俺、だけ…」
「お坊ちゃんも、ジャミルの父親も母親も…俺はお金を積まれれば殺しちゃうの。知らなかった?」

彼の手が頬に触れた。
頬を擽り、少し崩れていた俺の髪を耳にかけて 愛おしそうに名前を呼んだ。

「殺して欲しくないなら先に言ってね?ジャミル以外俺にとってはなんの価値もないから」

はく、と唇が震えた。
紡ごうと思った名前は音にはならなかった。
どこかで思ってしまったのかもしれない。
この男に 殺して欲しいと。
そのまま、攫われてしまいたいと。

「トラジャ、」
「うん?」

両手を伸ばし彼の首に抱きつく。
普段の彼とは違う匂いがオレを抱き締めた。

「なぁに?甘えた?」
「…会いたかった、」

少しの沈黙。
そして、俺もと答えて彼はぎゅうと俺を抱きしめる腕に力を込めた。

一瞬で、どうでも良くなった。
死んだ人間のことも、死ぬかもしれなかった人間のことも。
どうでも良くなってしまった。


次の日の夕方。
新聞は亡くなった人の名前を写真と共に並べていた。
そこにはトロントの父親の名前もあった。
また、別のページでトロントの兄が亡くなったことを報せていた。
少し前に遺体が見つかった池に、彼の遺体が浮いていたと。
そして犯人として、パーティーの主催者であった男の名前が上がっていた。
彼は「金銭的なトラブルがあった」と話しているらしい。
パーティーの毒で殺せなかったから自ら手を下したのだろうと、記事は締め括られていた。

「…大丈夫かな、トロントさん」

カリムが心配そうに眉を下げた。

「あの方は強くて優秀な方だ。きっと、大丈夫。落ち着いたら、会いに行けばいい」

そう伝えた俺も、彼のように冷徹な存在なのだろうか。
自然と浮かぶ笑みを隠すように、顔を背けたのだった。

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