何になる

「ジャミル?何か探してんの?」
「あ、いや…」

宴の最初には確かにいたはずのトラジャは気づけば姿を消していた。
こういうの好みそうには無いけど、飯は食べたのだろうかと少し心配になる。
入学式で隣になり、友人というものになった彼に「俺の同室の人を探してて」と答えて席を立つ。
やはり、いないようだ。
人に溶け込むのが上手いと言えど、さすがにここまで見つからないはずがない。
ともなれば、抜け出しているんだろう。

「ちょっと、探してくる」と声をかけて、とりあえず何品か料理を皿に乗せ 談話室を出る。
中とは打って変わって静かな廊下を進み、ドアの前で足を止めた。

「トラジャ、入るぞ」

ノックと共に声をかけ 扉を開ければ 彼はこちらを振り返った。

「なんだ、ジャミル。もう戻ってきたのか?」
「…お前が抜け出してるからだろ。適当に持ってきた」

食べるだろ、と皿を見せれば彼はきょとんとしてから笑った。

「悪いな、気を使わせたか」
「いや、」
「置いておいてくれ。戻ってきたら食べるから」

よく見れば服を着替えている。
机の上には見覚えのある薄紫色に発光するカード。

「…もしかして、」
「間もなく、24時間だ」

カードを手に取った彼は純新無垢な少年のようににっこり、と笑いクローゼットを開いた。
中にある鏡にカードをかざすと、鏡がぐにゃりと歪む。

「先に寝てていいよ。そんでさっさと戻んな。どうせ、お友達置いてきたんだろ?」
「別に、友達なんて…!」
「この3年間、普通の人になるといい。バイパー家の長男でも、アジーム家の従者でもなく。NRCの学生のジャミルになるといい。汚い所は全て俺に押し付けて」

そう言って彼は鏡を潜り、姿を消した。
彼を吸い込んだ鏡に触れるが さっきのように歪みはしない。

「……どういう魔法で、」

未だ底のしれないアイツを怖いと思う時がある。
料理にラップをかけて、部屋を出る。
それでも あの男を手放すつもりは毛頭なかった。





部屋に戻ればまだ明かりがついていた。

「おかえり」

デスクに向かっていたジャミルが俺を見てそう呟く。

「…ただいま。まだ、起きてたのか」
「さっきまでカリムの報告を聞いててな。それに、明日の準備もしていたんだ」
「なるほどな」

少し血生臭いな、とジャミルは笑った。

「そりゃ申し訳ない。風呂に……て、風呂どこだ」
「そんなことだろうと思ってた。ついでとはいえ、起きといてよかったよ」
「すまん」

俺もまだだから一緒に行こう、とジャミルが立ち上がる。

「……わざわざ待ってたのか?」
「違う。ついでだって、言っただろ」
「まぁ、そういうことにしとくか」

静かな廊下に足音が2つ。
暗い風呂の明かりをつけて、黒い服を脱ぐ。

「……だから、見るなって」

アクセサリーは外してはいるが服も脱がずにこちらを見る彼にそう声をかければ、これからどうする気なんだと彼は言った。

「時間ずらして入るよ。視界取られたくなきゃ、こっち見んな」
「今更、傷を見たくらいで悲鳴なんか上げやしない」
「そーいう話じゃないんだが?」

これはもうダメだな、と判断し指をくるりと回す。

「ちょ、、おい!」
「はいはい。風呂入るぞ」

彼の体に触れればびくり、と肩が震えた。

「取って食ったりしねぇよ」
「そういうことじゃ、なくて」

服を脱がせて、姫抱きにしてやれば バダバタと暴れ出す。

「おい、落とすぞ」
「落とされた方がマシだ!!離せ!!」
「人の忠告を守らないからだ」

風呂場の椅子に下ろし、シャワーを付ける。

「わかった!!もう見ないから、やめてくれ!!電気を消すなり 他に方法があるだろ!?」
「…あぁ、確かに。じゃ それでいくか」

電気を消して、視界を戻せば彼は大きく溜息をついた。

「…本当に、勘弁してくれ…」
「たまには至れり尽くせりもよかったんじゃないか?」
「人に体をまさぐられるなんて御免だ」

それは言い方が悪くないか、と言いながら彼の隣でシャワーを付ける。

「……そんなに隠したい傷でもあるのか」
「まぁ、そうだな」
「そうか」

返り血は浴びていないつもりだったが、シャワーで体を流すと血の匂いが広がった。
汚れないように努めてもダメな時はダメだな。

「………なぁ、あの鏡どうなってるんだ」
「あぁ、あれか…」

なんて説明しようかと考えながらシャンプーをするが 鼻腔を擽る匂いに眉を寄せる。
ここのシャンプーあんまり好きな匂いじゃないな。
自分の用意しよう。

「……いや、黙るな」
「ん?あぁ、悪い。俺のユニーク魔法だよ」

シャンプーを洗い流してリンスに手を伸ばせば、彼と手が触れた。
ピク、と体が強ばったのが暗い中でも見えたが 気づかない振りをして 彼の手に指を絡めた。

「っ、おい、」

水に濡れてもわかるかさついた指先。
そーいやあかぎれとかもよく作ってたか…。

「こっから先は有料ね」
「…教えて貰えるとは思ってなかったから…いい。指を離せ」
「はーい」

呆れたように溜息をついた彼は長い髪をかき上げた。
濡れ髪ってエロいよなぁ、なんて思いながら眺めていれば こっち見てるだろと彼は言う。

「いーや」
「見え透いた嘘をつくな」
「悪い悪い」

これ以上からかったら本気で怒られそうだからやめよう。
さっさと体を洗い終えて、立ち上がる。

「先に上がるから、ゆっくりしてろ」
「…見られたくないから、だろ?」
「そーいうこと」

終わったら声をかけろ、と言ったジャミルの髪を掬い口元に寄せる。

「っ、おい!お前 今日はなんなんだ!?」
「やっぱこのシャンプー嫌い。ジャミルも別のやつ使ってくれ」
「はぁ…?」

俺が用意してもいいから、と言い残し風呂から出る。

「…俺が夜目がきくこと…忘れてるな。アイツ」

微かに赤く染った彼の耳を思い出しつつ、服を羽織った。





「疲れた」

風呂を終えてベッドに倒れ込んだ俺を見てトラジャは笑った。

「まぁ入学式だったしな」
「それもだけどな!ほぼ、お前のせいだ!」
「おっと、そりゃ悪かった」

くつくつと笑いながら彼は俺が持ってきた料理を手をつける。

「…せめて温めろ。まずいだろ冷めてたら」
「いや、別に。温かいもん食べることあんまねぇし」
「……明日から俺が作るか?カリムので慣れてるし」

従者みたいなことしなくていいよ、と彼は言った。
美味しいのか美味しくないのか。
表情も変えず咀嚼する姿はまるで作業をしているようで あまり見ていて気分は良くない。

時々顔も合わせていたし、こっそり彼が俺の部屋に泊まることもあったが。
食事をしているのを見るのはこれが初めてだった。

「好きな食べ物は?」
「好きな食べ物?…そうだな、サソリの素揚げとか…」
「は!?!!」

冗談だ、と彼は笑う。

「美味しいとは思うけどな。好きなもんといえば、香辛料が強いもんかね。刺激がある食いもんは好きだな」
「…カレーとか、」
「あぁ、好きだよ。辛ければ辛いだけ」

唐揚げを頬張った彼はぺろり、と唇を舐める。

「嫌いなものは?」
「生のもの」
「……野菜も?」

彼はコクリと頷いた。

「火を通せば何でも食えるけどな。生野菜も生肉も生魚も好きじゃない」
「なんで、」
「素材の味がするだろ?」

料理人泣かせなタイプか。
素材の味を活かして料理しても、その上から香辛料や調味料をぶちまけるんだろう。

「……なんて顔してるんだ」
「別に。今度作ってやるよ、カレー」
「そりゃ有難いね。うんと辛くしておいてくれ」

ご馳走さまです、と彼は両手を合わせた。
そういうことはできるのか、と数年来の付き合いだが少し驚いた。
数年来、と言えど関わってきた時間をまとめたら1ヶ月にも満たないかもしれないけど。

「そろそろ寝るか?明日から学校も始まるしな」
「…そうだな、」
「うるさくされても寝ていられるから、気にせずに準備とかしてくれていい」

殺し屋としてそれでいいのか、と思ったが 彼は明かりを消してベッドに潜り込んだ。

不思議だ。
彼と同じ部屋で、同じ生徒としているなんて。

「…トラジャ、」
「うん?」
「いや、」

ずっと取引相手だった。
そして、お互いの都合のいい存在。
これからは、何かになるのだろうか。

「……ジャミル」
「なんだ、」
「おやすみ。いい夢を」

ふっ、と笑みが零れた。
似合わない言葉だ。
けど、悪くないかもしれない。

「…おやすみ。お前も、いい夢を」

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