友達

「……本当に眠ってる」

隣のベッドで確かに彼は眠っていた。
猫のように丸まり、布団を抱き枕のように眠る姿は年相応か少し幼くも見える。
近づいたら起きるもんだと思っていたけど普通に寝てるんだな。
ベッドの隣に立っていても 彼が目を覚ます様子はない。
殺し屋としてどうなんだ、と少し思わないでもないが。

頬に張り付き口に入ってしまいそうな髪を退けようと手を伸ばした瞬間、暗転。
驚きの声をあげるよりも前に、気道を押さえつけられる。

「っ、」

どうやっているのか手足も全く動かないし、声も出ない。
覚醒しきってないのか ぼんやりと自分を見下ろす目が少し恐ろしく思った。

「ぁ、」
「………学校で寝込みを襲う奴がいるなんて………て、ジャミル?」

悪い、大丈夫かとすぐに首から手が離れる。
勢いよく吸い込んでしまった空気に噎せる俺の背を擦りながら すまんと彼は言った。

「ぃ、ゃ……俺も、悪い…」

ちゃんと殺し屋は殺し屋だったというわけか。

「あちゃー、首赤くなっちゃったな…」

彼の手が首を労るように撫でた。

「大丈夫だ……すまない、寝ていたのに」
「いや、こっちこそ先に言っておけばよかったな」

落ち着いたか、と顔を覗き込んた彼にはこくりと頷く。
申し訳なさそうな彼は 首だけ治すなと俺の首に手を翳した。

「俺の場合 自分中心に手を伸ばした範囲にこう、センサーがあって。あ、イメージな?そこに入ってきたものは、とりあえず殺す対象というか…危険物的な?」
「…なるほどな、」
「すまん。とりあえず赤みは引いたけど、痛みはあるか?」

大丈夫だと答えれば彼は安心したように笑った。
指輪を嵌めた手が頭を撫で、次からは気をつけると言った。

「いや、俺が気をつける。お前がそうなのは、仕方ないことだしな」
「…そう思ってくれんのは有難いよ。てか、起きるの早くないか…?」
「この時間でもう慣れてるんだ」

それは損してないか?と彼は笑い、またベッドに横になった。

「俺はもうちょい寝るけど、一緒に寝るか?」
「誰が寝るか。……俺はランニングにでも行くよ。自由な朝も何年ぶりか分からないしな」
「うん、悪くない。今度俺も一緒に行くよ」

彼はそう言って目を閉じたと思えばすぐに寝息が聞こえてくる。

なんというか、不思議な生き物のように見えたきた。
あんなにはっきり喋っていたのに眠れるのか。
起こさないようにそっと離れて、部屋を出る。
さて、学校初日。
今日はどんな日になるだろうか。





学校に通うのは初めてだった。
必修科目はジャミルとはクラスが離れてしまったし。
もちろんそれ以外に知り合いなどいるはずもなく、昨日の宴も抜け出したから寮生に知り合いもいない。
後ろの方の隅に座り、暇つぶしに教科書を捲った。
これが必修科目ね。
選択科目もあるんだっけ…?何選ぼうかな…。
どうせやるなら、役に立つことがいいけど。

「隣、座ってもいいっスか」

寮生同士で固まる中、声をかけてきたのは別の寮の生徒だった。

「…どーぞ」
「ありがとうっス」

同じ服を着ている奴が何人か彼の方を振り返りコソコソと話している。
聞こえる単語は スラム育ちだの親無しだのそんな内容だった。

「名前は?」
「え?」
「あ、俺はトラジャ・フォリーって言うんだけど。スカラビア寮の」

きょとん、としていた彼だったが「サバナクローのラギー・ブッチっス」と笑った。

「ラギー、あれは 放っておいていいのか?」

コソコソと話す彼らを指差せば 相手は表情を強ばらせた。

「え?あぁ、いいっスよ。好きに言わせておけば」
「ふぅん?そういうもんか」
「てか、よく聞こえたっスね。この距離で」

耳は良いんだよ、と言って くるりと指を回した。
面と向かって行動出来ない奴は好きじゃない。
ああいう卑下する目も嫌いだ。
だからとりあえず、今日1日小指をぶつける呪いをかけてあげた。

「獣人に比べれば勿論劣るけどね」
「獣人が皆優れてるわけじゃないっスよ」
「けどラギーは優れてるでしょ?」

え、と固まった彼に首を傾げる。

「だって、スラム育ちでもここにいるんだから」
「……いいんスか、そんな発言。自分たちはそうじゃないってとれるっスよ?」
「いいよ、別に。だって俺もスラムで生まれてるし」

とはいえ、5.6歳くらいで拾われているし。
正確にはスラム育ちとも言えないが。

「俺以外にも…」
「まぁ、途中で拾われてるから 根っからのスラムってわけでもないんだけどな」
「運が良かったんスね」

それはどうだろうか。
スラムにいれば、スリや泥棒はしても殺しはしなかっただろうし。
いや、別に殺しが嫌いな訳でもないけど。

「まぁ、人によればそうなのかもなぁ」

汚れずに生きる方が幸せだって人もきっといるだろうし。

「ま、そういうことだから。遠慮しないで…は違うか?別にしてねぇもんな?…なんつーの、こういう時?仲良くしようぜ?」
「ハハッそんな棒読みな仲良くしようなんてあるっスか!?いいっスよ、仲良くしよ」

おもしれぇと彼は笑った。

「必修科目は多分全部同じクラスだろうし。選択科目はどうするっスか?」
「なんも考えてない」
「…即答すんなよ」

一緒にとろう、と彼が言ってくれてとりあえず頷いた。
ジャミルはどうするんだろう、と少し考えたけど クラスが違うとなれば寮の部屋以外で絡むことはないだろうしいいかとすぐに忘れた。

一先ず1限の授業が終わる。
ぞろぞろと皆が移動し始める中、「痛っ!?!」と言う声が2つ。
つい吹き出してしまってラギーが不思議そうにこちらを見た。

「どうしたっスか?」
「いや、小指ぶつける呪いって地味に効くよな」
「え、何の話?」

簡単かつ面白いから好きだな。
あと口の中噛む呪い。
嫌がらせには丁度いい。

「次どの教室?」
「えっと…こっち、っスね?」





昼休み。
午前中の授業を終えて話すようになった何名かのスカラビア寮生と食堂へ向かう。
必修科目はトラジャとはクラスが離れてしまったが、入学式で話すようになった友人は同じクラスだった。
カリムがいたら、きっと勉強を教えることで日々追われることになっただろうな。
こんなに、自由に…自分の学びの為に使えるのも初めての事だった。

トラジャ、必修科目は被らなかったが選択科目はどうするんだろうか。
帰ったら聞いてみるか…。
よく見てみると隣には誰かがいる。
トラジャよりも小柄な 獣人?か?
サバナクローの制服を着ている。

アイツが誰かとつるむなんて考えてもいなかった。
何となくモヤモヤするが、まぁ仕方ないか。
ペアで作業とかも多かったし、なんて思っていたのだが。

「選択科目?もう全部決めたよ」
「は?」
「ラギーと相談して……て、なんて顔してんの?」

授業の申請書に埋め尽くされた文字。
別に全部一緒の授業を受けるつもりはなかったけど、一言くらい声をかけてくれても良くないか?
何となく、納得いかない。

「随分と…気に入ったようだな。そいつのこと」
「俺と同じスラムの生まれらしくてな」
「…へぇ、そうか…」

俺はどうせ、生まれも育ちも違う。
友達にもなれやしない、取引相手。

「おーい、なんでそんな機嫌悪くなってんだ?」
「気のせいじゃないか」
「その顔でンなこと言われて誰が納得するよ」

彼が俺に手を伸ばす。
その手を思わず振り払えば 彼はピタリと動きを止めた。

「あー……」

浮いた手が行き先をなくし、宙を彷徨う。
そして、両手を上げた。

「よく分からんが、どうしようもなく気分を損ねたことだけはわかったよ」

降参です、というポーズで呆れた顔を見せた彼は 部屋を出てるよと立ち上がった。

「何が原因か知らんが、話す気になったら話してくれ。ならないんなら、まぁそのままでいい。別に……仲良しこよしする為に一緒にいる訳でもないしな」

知ってるさ。
友達になる為にいる訳じゃない。
そんなこと、知っている。

「いちいち、言われなくてもわかってる」
「…そーかい、そりゃ優秀なお取引相手だ」

知っているけど、改めて 言われたくはなかった。
彼にとってたくさんのいるうちの1人だとしても、俺にとっては唯一だと。
そんなこと、言葉にできるはずもなかったのだ。

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