死ぬこと以外


その日の最後の授業は飛行術だった。
バルガスという先生の鬱陶しさを感じつつも、空を飛ぶのは悪くない。

「やっと1日終わったっス…」
「疲れたな」
「ほんとに…!!」

夕飯食べに食堂行かないっスか?という誘いに頷いて、更衣室に入るが なんとなく違和感を感じた。
悪意とも違う視線が刺さる。
気持ち悪いな、と思いながらロッカーを開ければ 切り裂かれ燃やされた制服が落ちてきた。

「ちょ、なんスかそれ!?!」
「……多分ラギーのもだよ」
「え、」

同じように慌ててロッカーを開けたラギーが表情を強ばらせる。

「…なんで、」
「ま、大方…スラム育ちってバカにしてた奴らの仕業だろ。小物のやることはいつだって、小さい」
「……俺、制服これ1着…なんスよね…」

金ないし買えない、と呟くラギーの横顔に浮かぶ怒りが肌に伝わる。
怒るのも仕方ないだろう。

「……とりあえず、どうすっか」

こういう場合の対処法がわからない。
とりあえず犯人探しすればいい?
報復はどこまで許される?
ラギーと仲良くなってから アイツもスラム育ちだと噂は流れていたし。
俺が巻き込まれたのか、ラギーが巻き込まれたのか。
それとも元々2人とも狙っていたのか。
まぁ、どっちにしろ被害を被ったことには変わりないのだから、ある程度の仕返しは俺達には許されるだろう。

「こういう状況だって伝えれば 先生やら寮長が何とかしてくれるかもしれないし。とりあえず、あとで相談しに行ってみるか?」
「そう…スね…」

まぁ、最悪 ラギーの制服も俺が買ってしまおう。

「あー、まじ最悪っス。やることが子供すぎだろ…」
「まぁ…劣った人間の考えそうなことだよ」

この空気感を見るに、彼らは犯人を知ってるのだろうか。
振り返れば皆が視線を逸らす。

「……お前らに、2個選択肢をやるよ」
「トラジャくん?」
「犯人を言って目撃者でいる、か、犯人を言わずに共犯者になるか」

目を逸らしていた彼らが驚愕した顔でこちらを見た。

「か、関係ないだろ!?俺たちは」
「そうだ!!お前らが勝手にやって、やられたことだろ!?」
「あぁ…そうか…」

「じゃあ、」と呟きながら燃えた制服を彼らの方に放り投げる。
そして彼らの視線が制服を追った瞬間、距離をつめ首にマジカルペンを突き立てた。

「ここで俺がコイツに何をしても…お前らは関係ないよな?」

ひゅ、と息を飲む音がした。

「そういうことだろ?こいつも勝手にやって、勝手にやられただけ。ここにいる全員、そうなってもさァ?俺にも関係ないよな?勝手にやって、やられただけだもんな?」
「めちゃ、くちゃだ」
「関係ないからな。お前らがどうなろうが」

なんなら全員犯人に仕立てあげてやろうか、と笑えば 「今日の飛行術 早退した2人だ」と誰かが言った。
確かにいたな。
やはり、ラギーのことを笑っていた獣人。

「ありがとう、目撃者がいて助かった」

ペンを仕舞い、指をくるりと回す。
放り投げていた制服に火がつき燃え上がるのを彼らは怯えたように見ていた。

「ラギー、行こう」
「え、行くって…どこにっスか」
「そんなん1個しかなくね?職員室は、後でいい」





更衣室にいた同級生たちを脅した時にはわかっていたことだったけど。
トラジャくんは容赦ない。
犯人だと教えてくれた2人は 運動着でサバナクロー寮に入った俺たちを見て 笑った。
腹が立つし、何より婆ちゃんが一生懸命貯めてくれたお金で買った制服がダメになったのが許せない。
あの制服を着た俺を見て、あんなに嬉しそうに笑ったくれていたのに。

トラジャくんは表情を変えず、笑う2人の元へ歩み寄る。

「なんで運動着なんか着てんの?」
「スラム育ちじゃ制服なんて豪華なものは買えませーんってか?」
「ここは崇高なるサバナ寮だ。スラム育ちなんか帰れ帰れ!」

ギャハギャハと汚い笑い声を上げる彼らに 談話室にいた他の生徒の視線も集まってきた。
だが、トラジャくんは穏やかに 彼らに微笑みかけた。
純粋無垢な少年のように。

「あの制服は、2人がやったことで間違いないか?」
「はぁ?なんのこと?」
「スラムの言葉 わかんねぇわ」

ぞわり、と急に鳥肌がたつ。
やばいと本能的感じた。

軽食でもとっていたのかテーブルの上には空いた皿とフォークが置かれていた。
トラジャくんがそのフォークを手に取ったかと思えば、思いっきり頭の上にある耳に突き刺したのだ。
ソファから2人が転がり落ちる。

「え、」
「な!?!痛ぇ゛!?!!!」
「あぁ、何?聞こえねぇわ」

引き抜かれたフォーク。
赤い血が飛び散り、耳を抑えるその手ごとまたフォークが突き立てられた。

やばい。
痛いとかそんなレベルの話じゃない。
叫び声が寮内にこだまし、騒がしかった室内がしんとなった。

「や、め…やめろ!!!おま、お前何してるかわかってんのか!?!!」

連れが震えた声でそうトラジャに叫ぶが 当の本人はゆるりと首を傾げるだけ。

「悪い。俺、スラム育ちだから お前らの言葉わっかんねぇわ…何?」

フォークを引き抜いて、くるりとペンを回すようにフォークを回す。
また血が飛び散って、トラジャの頬を少しだけ汚した。

「あ。こいつをやるなら俺をやれって?へぇ、いい友情だな」
「ち、ちがっ!?!?」
「お揃いにしてやろうか?反対の耳に穴開けてさァ」

フォークを再び振り上げ、頭を守るように身を縮こまらせた生徒の頭を彼は容赦なく踏みつけた。

「なぁんて、な。同じことやってもつまんねぇだろ。あ゛?なぁ どんな気分?スラム出身の見下してた男にさァ、踏みつけられてんのは」

踏み付けた足を持ち上げまた振り下ろす。
幾度となく頭が踏みつけられる異様な音と呻き声だけが そこに響いていた。

止めなきゃ。
そう思うのに、体はピクリとも動かない。
動いた瞬間 殺される。
本能がそう、自分に訴えるのだ。
きっと、他の生徒も同じだろう。

「おい、」

そんな空気を破った落ち着いた声。
ピタリと動きを止めたトラジャはその声の方を振り返った。

「うちの寮で何をしている」

のそり、と寮の奥から現れたのは寮長 レオナ・キングスカラーだった。
助けてと震える声で言った2人に視線をやり、もう一度くんに戻す。

「もう一度聞く。何をしている」
「報復?」

カラッと笑って 血の付いたフォークを皿の上に投げた。

「魔法を使った私闘は禁止されてる」
「知ってる。だから使ってないよ。それに魔法なんか使ったら、手加減できないから」
「……それが、手加減したって言いたいのか?」

生きてるじゃん、と一言。
トラジャくんは笑って 2人を軽く蹴った。

「どっちも生きてる。まぁ全治2、3ヶ月ってとこ?あ、けど スラム育ちじゃないこいつらなら 金払っていい医者に見てもらえるんじゃねぇ?」
「…年上への態度もなってなけりゃ…他所の寮で暴れたことに悪びれもしねぇのか。お前」

じゃあこの寮の中でどうにかしとけよ、先輩?と煽るように彼は言って レオナさんに歩み寄る。

「ちゃんと躾といてくれますかね?先輩ならさ?他所の寮に先に迷惑かけたのはそちらさんじゃねぇの?人の制服ビリビリに破いて、燃やしてくれちゃってる訳だけど?責任取ってくれるんすか?サバナクロー寮の先輩として」
「制服……?お前もか、」
「え?!あ……はいっス……」

急に話振られると思ってなかった。
レオナさんは眉を寄せ、大きく溜息をつき「分かった」と言った。

「ラギーの代わりの制服の用意。それから、あのバカ共の躾 お願いしますね?…次、絡んでくるなら…加減はしない」
「お前の制服は…」
「俺は換えがあるからいい。じゃあラギー、ちゃんとこの人からか制服貰えよ?」

コロッと表情を変えたトラジャくんはいつも通り笑う。
血まみれで蹲る2人に歩み寄り何か耳打ちをして、くるりと背を向けた。

「寮に戻るから、また明日」
「え、ちょ!?」
「待て、お前。勝手に終わらせるな」

心底不思議そうに彼は首を傾げた。

「終わらせるなもなにも。もうなんも無いけど?やることはやった。それをどうするかも、俺をどうするかも そっちでお好きにどうぞ?」
「トラジャくん、ありがとう…っス。ちょっとやりすぎだけど…」
「気のせいだよ。死ぬこと以外 些細なことだろ?」

無茶苦茶だ。
取り残された俺とレオナさん。
そして、目撃していた寮生になんとも言えぬ空気が流れる。

「……医務室に運んでやれ。お前は、俺と来い。……必要なもの、用意する」

[backtop]