02
 3名いたボス候補が死んだ。そのニュースがヴァリアーに届いたのは、一番のボス候補であったXANXUSさんが居なくなって7度目の春のことだった。既にボンゴレの代替わりにさしたる興味はなかったけれど、ざまあみろと思ったこの気持ちに嘘はない。あの9代目が少しでも心を痛めたなら、顔も知らない分家の方々の死に意味はあった。大人しくXANXUSさんを後継者にしておけばよかったなんて今更思っていたら滑稽だ。
 XANXUSさん以上に10代目に望ましい人も、ボンゴレを大切に思っている人もいないのだから。
 後継者候補が皆死んだのならボンゴレを継げるのはもう彼しか残っていないことは9代目も、上も気づいているだろう。きっともうすぐ帰ってくる。その時には、また名前を呼んでほしい。

 アヴィド、という名前を与えられた年数は、私がこの独立暗殺部隊ヴァリアーに在籍している年数とイコールだ。本名は別にあったのかもしれないけれど、私をその名前で呼ぶ人はこの世にはもういないだろうし、戸籍なんかも元々ないのだろうから分かりようがなかった。
 私を私たらしめるものは彼らが呼んでくれるこの名前だけだったがむしろ、それだけあれば十分だ。机の大半を占拠する書類に何度もサインをしながらそんなことを思っていた時、部屋のドアノッカーが二度音を立て来客を知らせた。
 どうぞ、と言い切る前に背後からの衝撃。さらりとした金髪が耳に触れチクチクと刺激が走った。
「ベル、くるしい……あ゛ーー!!」
「うっせ。それより暇なんだけど遊ぼうぜ」
「私のこの惨状を見て暇だと思います?」
 椅子の後ろから肩を組まれた衝撃でペンが書類の上を滑った。一直線に紙面を横断する線に心が折れそうだ。
 犯人は御構い無しにぐいぐいと体重を掛けてくる。
「お前の仕事が遅いのは王子にはカンケーないし」
「これは書類の提出が遅かったどこかの王子のせいなんですけど……なんで三ヶ月前の請求が今になって出てくるの……」
 ベルフェゴール、通称ベル。こちら側での通り名はプリンス・ザ・リッパー。私より後にヴァリアーに入ってきたが、最年少で幹部になったほどの実力者であり、困ったことに立場上は上司に該当する。
 そんな彼がまともに書類を提出することはまず無い、それは昔は部下が幼い彼の代わりに書類を提出していたために習慣が付かなかったことが大きい。
 別に王子にはカンケー無いというけれど、最終的なしわ寄せがこちらにくるので本当にやめてほしい。毎回泣きながら頼んでいるが、改善の兆しはみられない。むしろ泣き顔を見せると彼は楽しそうに笑ったので選択肢を誤った気しかしない。個人的に作成しているベル対応マニュアルに付け加える必要がありそうだ。泣き落としは逆効果です、と。
 同い年――私の年齢は推定だが――なためか、自分たち以外大人しかいないこの場所では唯一の同世代ということで彼はよく下っ端の私に構ってくる。構うと言っても一方的に遊ばれることがほとんどで彼にとって私は身近なおもちゃでしかない。
 同じく幹部で私の直轄の上司であるマーモンのことも遊び相手だと思っているらしく、彼が自分の部屋にいない時は談話室か私の部屋か、その隣のマーモンの部屋のどれかにいるので探すのが楽なんだと嵐隊の人が言っていたっけ。
「ふーん、いっちょ前に王子に歯向うわけ?」
「正統性のある抗議では……」
 引っ付いたままどこからともなく引っ張り出されたナイフの磨かれた鏡面には少し怯えた私の顔が映る。今まで遊びと称して散々切り刻まれてきたからその凶悪さは身を以て知っている。ただ、彼のナイフは本当によく切れるので切られたあとが残らないのだけはありがたい。手加減もしれくれているのか、本当に死にかけるような目には一度しかあっていなかった。それは安心していいのかと問われれば答えることは出来ないのだけれど。
 近づいてきた刃を直視することはできなかった。ぎゅっと目をつむり、痛くありませんようにとただ祈る。死にはしないだろうけど、痛いものは痛いので。
「アヴィドの邪魔するなよ、ベル」
 痛みを覚悟していたその時だった。祈りが天に通じたのか、素早く伸びてきた触手が彼のナイフを絡め取った。
 声のした方にばっと体を向ければ、小さな体の中へ触手が巻尺のようにシュルシュルと戻っていったのが見えた。すぐ横からは「げっ」というベルの声。
 隣の部屋に通じる扉からマーモンがふよふよと浮かんでやってきてくれていた。なんというベストなタイミング。さっきまで出かけていたはずだけど帰ってきたらしい。「おかえりなさい!」今までの恐怖が口から明るい声となって飛び出した。
「ただいま」
「あーあ、過保護が帰ってきちまった」
「僕は過保護じゃ無いよ。この子が危機管理がなってないだけさ」
「嘘つけ、なぁアヴィド?」
「ははは……」
 実際、過保護では無いと思う。口には出さなかったが私も心の中でマーモンを肯定した。大事にしているように見えても、それは表面上だ。実際はマーモンは私じゃなくて、私の仕事ぶりが欲しいだけなんだろうなと思っている。
 所有欲だろうが、支配欲だろうがマーモンが私を使える電卓ぐらいにしか思っていなくても別にそれがいやだと思ったことはないし、そもそも比べる対象がここには無い。
 すぐ横でベルが深くため息をついたのが聞こえた。幸福が逃げてしまうよ。
「ひねくれてやがる……」
「ム、何かいったかいベル」
「なんでもねーよ。もういいや、王子つきあってらんねーし、アヴィド遊んでくれねーし、先輩にでもちょっかいかけに行こうかな」
 騒ぐだけ騒いでから途端に興味を無くした彼は部屋を出ていった。残されたぐちゃぐちゃになった書類を再び処理するハメになった私は泣いていいと思う。もう終わりそうだったのになぁ。心がぱきぽきと折れた。