08
また、か。溶け出すような痛みにため息をひとつ。目の前の無駄に豪華な扉にそのため息は吸い込まれてしまった。
スクアーロが幹部たちに報告をあげている間、扉の前で待機を命じられた。スクアーロの命令に逆らう気はさらさらないから。それに頷いたのはいい。
舐められていると言うわけではないのだろうが一応ヴァリアーである私に対して人をつけるとか、ないのだろうか。
そもそも普段見かける館の中を巡回する人々も居ない。非常時ではないと言ってもこの警備はあり得ないだろう。皆してマフィアランドにでも遊びに行っているのだろうか。
一人でいさせてくれることはありがたいことこの上ないが、それでも一応私はゆりかごを起こした組織の人間なんですが。
こんなことなら本の一つでも持ってきていればよかったかもしれない。普段は9代目の前で直々に報告を述べるスクアーロの後ろで財務ついて2、3述べるだけの簡単なお仕事なので暇つぶしの道具など携帯している訳も無い。
待つこと自体はいいのだけど、普段なら一緒に中へ入れるところ置いていくあたりなにか重要な話し合いなのだろうか。それともそんなに顔色が悪かったのか。思わず手を頬に当ててみるが事務作業のせいで悪化した冷え性による寒々とした指先しか感じられなかった。あいにく鏡など持ち歩いていないので確認もしようがない。そんなおりに再び疼いた左目に私は疑問を浮かべてゴーグルに手をやった。もしかしたら髪の毛でも目に当たってるのかもしれない。前にベルがあの前髪のせいでものもらいになった時も痛そうだった。
ーーゴーグルは僕ら以外の前で外してはいけないよ。
マーモンに何度も言い聞かせられてきた言葉を再度心の中で反復する。
左目をぐるりと囲むように残る肉の盛り上がった傷跡は人前で晒して恐怖を煽り、嫌悪させるもの。それだけなら良かった。
ーー君はマフィア界では禁忌な存在をその身に宿しているんだからね。
小さな口から紡がれた事実は私をより慎重にさせる。何度も周囲に誰もいないことを確認してから、物陰でそっとゴーグルをずらした。
「っ……?!」
思わず口から飛び出たうめき声は誰の耳にも届かない。一瞬痛みで意識をやってしまったために自分でも認識できていなかったのだ。脳みそが痛みと判断したものは瞳から感じだ膨大な”熱”だ。この熱を、私は知っている。忘れるはずがない、そんなことは許されるはずがない。だからこそ信じられない自分がいた。
思わず本来の視力というものがほとんどないそれを押さえつける。嘘だ、嘘。だって、あの人は氷の中で眠っているはずなんだから──!
漏れ出しそうな息を飲み込んで、意識を集中させて熱源を探る。強力な7つの熱反応を感じ取った私の”瞳”。どくりと波打っていたものの正体。じわりと熱を取り戻していく暖かさ。いくつもの情報が一度に押し寄せてくる間にも瞬時に脳みそを回転させれば、全ての点は繋がったようだった。行かなくちゃ。気づいた時には勝手に足が駆け出していた。
ゆりかご後、ただでさえ迷宮のようだったのに改築に改築を重ねられ「あの部屋」への道順なんて分からなくなった館の中、ただひたすらにある方向だけを追って走る。熱源は地下であることは間違いない、ならあの部屋自体は8年前のままなのだろう。スクアーロから聞いた状況を思い出せば、あの人をそうそう簡単に動かせそうにないことだって想像がついた。そう確信した途端、隠し通路など私の目にはあまりにも無意味だった。壁に手をやり隠されていた扉を探り当てるのだって帳簿からズレた値を探すよりずっと簡単だ。センサーも、絵画の裏の道も、私のこの目には見えないもの全てが見えていた。
なんども抉るような角度の階段を落ちるように降りて、ようやくその部屋の前に辿りついた時、扉越しに7つの等間隔な熱と待ちわびていた熱を見た。それは人の形をしていて、ゆっくりとだが確かに懐かしい心音を立てている。
もう見えているのに、あと一歩がなかなか進まない。開いてしまうのが怖かった。そこにいるのは自分の手が届かなかった後悔であることが分かっていたからだ。けど、もう進まなければいけない。あの日のように、屋敷で待っているだけの子供ではないのだから。
大きく息を吸って、ゆっくりと重苦しい音を立てる扉を押し開ける。
とけかけた氷柱の中から、男が独りこちらを見ていた。
「その、めは……」
ひどく掠れた声だった。久しぶりに喉を通った酸素が肺を焼いたのだろう、苦しそうに噎せる姿に自らの胸も痛んだ気がした。全身に凍傷や裂傷を負った姿から沸き立つのは冷気なのか、怒りのオーラであるのか……後者の可能性が高い。思うようにも動かせない体やらなにやら全てにこの人は怒りを孕んだ目を向ける。この目、スクアーロが見たら惚れ直していただろうな。文字通り熱に浮かされた思考の隅、ぼんやりとそんなことを考える。
「……おはようXANXUSさん」
あの日、あの時、踏み出せなかった一歩がやっと踏み出せた。確かに届いた腕の中でがくりとXANXUSさんの体が倒れこむ。16歳のまま止まった彼の体は、同じく16歳に成長した腕の中に確かに存在した。
8年間、永い明日を待っていた。