貴方が一番都合の良い男


「私は何をすれば、チヒロくんと一緒に生きていけますか?」

 本題かと思われていた話を長い長い『前振り』だと言ってのけた静姫。その続きはゾッとするほどのチヒロへの執着の言葉だった。
 彼女は本気でこれからの生きていく上でチヒロに纏わりついて離れないつもりなのだろう。
 そんな静姫の問いに対して、柴の答えと言えば……

「そんなん俺に聞かれてもなぁ〜……」

 ……としか答えようがなかった。
 当然である。何故なら彼は柴であってチヒロではない。当人ですら自分のこれからがどうなるのかも分からないのに、その当人ですらない柴に分かるわけがないだろう。そんなことくらいは静姫も勿論分かっているようで柴の投げやりな言葉にもニコニコ笑っているだけだった。
 要するに静姫は『自分は何をすれば六平家滞在の許可を下ろしてくれるのか』を問うているのである。彼女は自分のこれまでを語り尽くし六平家にしがみついていたい理由を話した。しかしながら、それだけでは決定打に欠ける……だが、己の持っているカードは全て切ってしまった。
 ならどうするか?簡単だ。新たに増やせばいい。
 だからこそ、静姫はその先での己の取る『行動』というカードを用意しようと柴に交渉を持ちかけようとしている。
 しかし、再三言うように柴は元より静姫を六平家に置いておくには反対だ……そりゃあ、もちろん彼女の過去から考えるに六平家へは滞在させてあげたいような個人的な考えはある。
 しかし、そんな同情で許可できるようなものではないこともまた事実……よくて柴の保護下に置いておくが最大の譲歩と言える。

「なぁー……柴さんで手ぇ打ってくれへん?」
「おっと絶対嫌ですね」
「俺かて嫌やのにそんなばっさり」

 そんな柴のお願いを静姫は柔らかい声で間髪入れずに拒否をした。
 柴は腕を組みながらうぬぬ、と声に出して唸る。ただでさえ、六平家滞在に許可を下すつもりはないというのに、静姫はそこからさらに懸念材料を揃えてきた。
 きっと彼女が本性を隠しているのはただ好かれるためだけではではない……抜けている子の振りをしながらチヒロに甘えては、無意識下のうちで「四十万静姫の世話を焼くのは自分のすべきこと」という認識を刷り込ませることが目的なのだろう。
 今思えば、六平家で話していた時の静姫は柴に怯える振りをしていた際は大人である国重ではなく、まず第一にチヒロの方に擦り寄っていたしチヒロ自身もそれに不思議に思っていた節が見られなかった。
 完全にチヒロに任せきりではなく家事の手伝いをしていたのも、彼に不快感を与えず日常生活を送る上での彼女の有用性を示していたのかもしれない。
 憶測に過ぎないが、どこまでいってもその疑念は払拭できない。静姫が六平家にきた時からの行動は全てチヒロに対する執着に基づいてのことだと言われても納得できるレベルだ。
 そんな狡猾な女をチヒロの傍に置いてはいけない、と柴は思ってしまっている……そういう考えがあって、チヒロの身代わりに自分を差し出そうとしたのにそんなばっさり。

「私はこの件に関して譲る気はありません」
「そのようで」
「しかし、柴さんも許可する気はさらさらですよね」
「せやねんな」

 静姫は腕を動かしトン、トン、と机の上にパントマイムの要領で二人の主張を置き分けた。
 二人の意見は完全に正反対のもので衝突しあっており、上手く折り合いをつけるのは難しいだろう。
 だというのに頭を悩ませているのは柴だけ……静姫は悩むどころか、どこか安心したような表情を見せていた。
 
「それが確認できてよかったです」

 そんなことを言ってぎぃと椅子を引いて立ち上がったかと思えば……静姫は柴の元まで近づいて彼の肩に手を置く。

「……?」
「私はそんな柴さんに提案したいこと……いえ、お願いがあります」

 そして……決して聞き間違えることのないように、すぅっと柴の耳元まで顔を近づけてこう囁く。

 
「私を殺してはくれませんか?」

 
 ……と。そう、確かに。

「……は?」
「今が一番タイミングが良いんです。私には恐らく戸籍もないし元々売られる存在だった。探してくれる家族はもういないし、居なくなったところで騒ぎにはならないでしょう」
「おいちょい待てや」
「姿を現さなくなったことで国重さんとチヒロくんは不思議がると思いますから、それについては『母がいなくなったと勘違いした私の家出』ということにしてください。戻ってきた大好きな母と共にこの地を離れた、ということにしておけば話はつけられると思います」

 言葉の意味を理解出来ても、何故そういう結論に至ったのかはまるで理解出来ない。
 柴は静姫にストップをかけても、彼女は知らんふり……眉ひとつ動かさずツラツラとそんな話を続けた。

「私の死体の処理はお任せしますが、絶対に足がつかないようにお願いしますね。あの二人が気に病みますから」
「俺の気が病むのはかまへんってか?」
「柴さんはそんな小さなたまじゃないでしょう?」
「女の子が『タマ』とか言ったらあかん」
「タマ違いです」

 柴を置いてけぼりにしつつ、一通り話終わったらしい静姫は柴から手を離し、三歩後ろに下がる。そして自分の長い髪を腕につけていた髪ゴムで一つにまとめた……彼女の細くて白い首がよく見えるように。
 静姫は「さぁ、どうぞ」と言いながら、左手の中指でその首筋をすっと撫でる。

「待て待て待て」
「待ってんのはこっちですが」
「そういうこっちゃないねん」

 柴は額を抑えながら頭を振った。今までの流れと静姫の性格上、これは彼女の悪い冗談ではないのだろう。
 しかし、何故そのような結論に至ったのか。えらく飛躍しすぎだが静姫なりに色々考えて……考えすぎた故にこうなっているのだろう。そのことについて順序よく解説してくれなければ話は進まないはずだ。

「なんでそういう考えになったんか柴さん教えてほしいなぁ〜」
「んなもん知ったこっちゃないねん」
「知れ」

 静姫にはもう話す気はないらしいが、そういうわけにはいかない。死にたいらしいな、殺してやるよ……なんて、そんなどこぞのボンバーマンでもあるまいし。
 流石に柴もそれだけしか聞かずに「あっほな殺します死ねどす」という暴挙に出るような真似はしない……よし。

「あーそうかい。シズちゃんそういう態度を取るんやな?せやったらこっちにもこっちで考えがあるわ」
「……っ」

 静姫は生唾を飲んでぐっと押し黙る……どうやら察したようだ。柴が六平家で使った彼女に対する力業の誘導尋問を始める気なのだと。
 ここは大人の卑怯な手の出番……こういうのは使いどきには躊躇なく使っていくに限る。
 静姫は負けじと頭を振り両手を左右に開きながら「何を馬鹿な」とでも言いたげで余裕綽々な素振りを見せるが、額にかく汗までは隠しきれない。

「ふ、ふんっ……!なんですか脅すんですか?これから死のうという人間に一体どんな脅しが通用するか……いやはや全くもって見もので」
「うちにあるバリカンでシズちゃんの頭を丸刈りのハゲチャビンにしてそのまま街に連れ出して放っとく」
「あれはまだ私が六平家に来る前のことです」

 秒で負けた。

「シズちゃん、あんま大人をナメたらあかんで?」
「はい」
 
 髪の尊厳をを奪われ、晒し者にされた挙句「くっ、殺せ!」という言葉が思わず出てしまうような辱めを行なった上で、殺さず放ると言う柴……汚い、さすが大人汚い。
 こうして「禿げにするぞ」というだいぶ卑劣な脅しのもと、静姫は惨めにも自分の希死念慮について吐かされることとなった。
 ちなみにチヒロはこの後、静姫が柴の髪を毟ったのかと勘違いするが……実際には柴が静姫の髪を丸刈りにしようとしていたし、ここで彼女は最終手段として髪の尊厳を奪うのが効果的だと学んだ。
 静姫に対して、多大なる悪影響をメキメキに与えまくっている柴であった。


 
 静姫はまず、元々住んでいた街から離れた後からずっと考えていたことを柴に話した。
 その頃の彼女は全てに絶望し、これから生きていても辛いことしかないだろうから殺してもらいたいとばかり考えていた、とのこと。
 六平家がある山に入ったのだって、軽装備で山に登りでもしたらそのうち自然に死ねるだろうと考えたからだ。あえて聞きはしなかったもの、柴にだって静姫が山に侵入してきた理由はそんなところだろうと予想はついていた。

「正直、そんなことは母は望んでいないとは分かっています。でも私は……その瞬間に自分が絶望しきっているのに、誰かの望みに応えようと思えるようなご立派で高尚な精神なんて持ち合わせちゃいないんですよ。たとえそれが大事な人のものだろうと……」

 母が自分を邪な者達から逃がしてくれた。だから、静姫は捕まらないように逃げ仰せたが……逃げた先で彼女は一体何を望めというのか。母しか大事なものがなかった彼女には、自分が幸せになれるビジョンが全く見えなかったのだ。
 唯一持ち合わせていた母が望む綺麗な手が一体どのように静姫を癒してくれるのか?それが一体何の足しになるのか?……彼女には後悔しか残ってなかった。静姫は「はやく死ねないかな」としか考えることができなかったのだ。

「そんな感じでプラプラしよったら、偶然にも六平家の結界に辿り着き、なんや知らんがぬるっと抜けれてしまったと……そういうことやな?」
「はい。なんや知らんがぬるっと」

 ここまでが静姫が六平家にまで辿り着いた経緯であったが、柴は「はて?」と首を傾げる。

「そんなん言うても、シズちゃん六平と一緒に生きる言うてたやんか。ずいぶん幸せそうにして」
 
 彼女は死のうとする程に絶望していたのは理解できた。しかし、その後の六平家での生活はそれはそれは幸せそうでこれから先の人生に絶望しているようには見えない。もちろん、望むものもあれば母に守ってもらった手の清らかさに心を癒されているだろう。それが何故、今になって「殺してください」になるのか?どうにも納得いかなかった。
 そんな柴の言葉を聞いた静姫は……それはそれは、切なそうに微笑んだ。

「幸福が希死念慮に勝てると思いますか?」
「……」

 一見、矛盾した発言に聞こえる……が、それを否定することは柴には出来なかった。
 幸福の只中にいるというのに、ついつい「死」を望んでしまう、なんとも贅沢な死にたがりの人間がこの世にごまんと存在することを……彼はもう知っている。
 
「私は幸せでしたよ。いいえ、今でも幸せです。あの二人に会えて、私は初めて強く強く「生きたい」と思いましたし一筋の光が差したとも思いました」

 でも、と言葉を一度切った静姫は目を伏せながら頭を振った。

「悲しいことに、それだけじゃ……私が一度でも強烈に望んだ「死」の魅力をかき消すことはできない」

 静姫は確かに六平親子の傍で生きたい、とは言っていた。しかし、それと同時に母のいない寂しい冬の中で死ぬとも言っていた。
 彼女は今、生と死の両方を望んでしまっているのだ。

「……生きるのも望んでるんやったら、そのまま生きたらええんとちゃう?」

 柴は肘をつきながら、誰しもが気付く簡単な答えを静姫に提案した。
 静姫は難しく考えすぎる節があるし、きっと彼女自身もそれを自覚しているのだろう。柴のその言葉に対して静姫は困ったように笑いながら「そうですね」と言った。

「でも、生きたい、死にたくない……そんなふうに私が今まで生きていた時間と、これから生きれていたはずの時間を惜しみながらこの命を終わらせられるのなら……それはとても、とても『良い人生だった』と締めくくれると私は思うから」

 ……分かっているけれど。どうしても複雑に考えてしまう。
 簡単に、簡単な考えができるような人間になれていたのなら、静姫は最初から苦しんでなどいない。

「それに」

 静姫は話を区切るようにして人差し指でトン、と机を軽く叩いた。

「柴さんは私のこと、殺さないといけないと思いますよ」
「あぁ?」

 柴は怪訝そうな顔で静姫を睨んだ。

「なんやねん。言うてみぃ、俺がなんでそないなことせなアカンのかをなぁ」
「機嫌わるっ」
「おかげさまでな」
 
 黙って聞いていれば……いや、そこそこ黙ってはいなかったが、先ほどから静姫は勝手な都合を押し付け、柴に汚れ仕事を強制する主張ばかり。
 挙げ句の果てには、それを彼にとっての義務のように言われてしまっては苛立ちも募るというものだ。

「だって私は絶対に柴さんの下から逃げますよ」
「ああ、逃げるやろなぁ。六平家にいたいもんなチヒロくんに自分の勝手を押し付けて手を握っててほしいもんな?その度に俺が連れ戻しに行くんやろなぁ?」

 結界を簡単に抜けられる静姫のことだ。柴の保護下に置くことになっても素知らぬ顔でするっと姿を消してぬるっと結界内に侵入するのだろう。
 なかなかに面倒なことだが、それでも許可は下ろせない。
 しかし、柴が「我慢比べなら負けへんで」と意気込むのに対して静姫は「いえいえ」と手を振った。

「六平家に行くつもりはないですよ。何度も何度も連れ戻されるような不毛なことしても根本的解決にはならないですから」
「ぬかせ。他にどこ行こ言うねん」
「どこか」
「……はぁ?」

 静姫がその場所をこれでもかというくらいに抽象的な言葉でそれを言い表すので、柴は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。そんな彼をくすくすと笑いながら彼女は窓の方へと視線を向けた。

「私はここを出て行って、どこか知らないところまで旅をします」
「旅?」
「はい、綺麗なものを探しに」
「……」

 静姫は窓から遠くの空を見ながらそう言う。それはまだ見ぬ何かに思いを馳せているように見えた。
 何故、そんな希望に満ち溢れた表情ができるのか、柴には理解ができない。彼女が心の底から愛していると言ってのけたあの二人を振り払って、あるかも分からぬ何かに、期待を寄せることがどうして出来ようか。

「綺麗なものて……なんで?ここに居たら、たまには大好きな六平んとこいけるんやで?その権利を放ってまで、外に何がある言うねん」
「分かりません。でも……」

 静姫は窓から目を離して、再び柴を見つめた。口に手を当てて朗らかに笑うその姿は、先程まで自分の死を願うような鬱屈としたものではなく……年相応の夢見る少女さながらで純真無垢そのものであった。

「私は信じているんです。世界はきっと私が思っているより汚くない。お母さんを……この世で唯一綺麗だと信じて疑わなかった存在を失った、その直後に同じくらい綺麗なものに出会えたから」

 静姫は確かに「母の代わりはいらない」と言った。自分の周りにある存在は全て代替えの物ではなく本物でなくてはならない、と。その存在はこの世で一つしかないから。だから『六平国重』や『六平千鉱』の存在にも代わりはない、と。

「それがどうしようもない我が儘だったとしても綺麗な存在の傍でしか息をしたくない。少なくとも今は……そうでないと、私の心は十年も拘束し続けたあの場所に還ってしまうから。それなのに私の心を癒す方法が時間での解決だなんて、そんな悠長に任せるなんて耐えられない……なら、こっちから向かっていってやる」

 しかし『綺麗』という概念の存在……その代わりはこの世界にいくらでも溢れている。

「お母さんも国重さんもチヒロくんも、大切で大好きな存在と言う言葉に偽りはありません。私はそんなあの人達を忘れることなく想い続けながら、次の綺麗なものを探し続ける旅に出るんです」

 静姫はくすくすと笑いながら「まるでどこかで見た冒険譚みたいでワクワクしちゃいます。もしかしたらいつか貯めたお金でチヒロくんの作った刀を買っちゃたりして!」とそれを心底楽しみにしているようだった。そんな彼女に対して柴は自分の顎に手をやりしばし思案する。
 実際に彼は静姫に「それはそれはめでたいことやな。そんな好きな生き方を選ぶ言うんなら応援するで」と、言ってやりたかったが……。

「ひっじょぉおーにまずいんとちゃうか、それは」
「まずいでしょうね、六平家滞在許可出すよりも」

 そう、絶対まずいのである。それだけは何があっても阻止しなければならない事態だった。
 それもそのはず。そもそも何故静姫が六平家の滞在を許可できていなかったのか。忘れるわけもないが、あの家自体が最重要機密事項。そんな場所に見ず知らずの少女を置いておけるわけがないのだ。
 そんな情報を知ってしまった静姫を旅をさせる?とんでもない情報漏洩。既に様々なことを知り過ぎた彼女を野放しにすることなんてできない。
 もちろん、静姫が六平家に害なすようなことをしないのは分かっているが、そういう問題ではないのだ。可能性がゼロでない限りそれは絶対に防がねばならないこと。だからこそ、柴の保護下に置くということで話をまとめようとしていたのに……彼女はそんな柴の元から離れ何処ぞへと行ってしまうと言うのだ。

「……んなことわざわざバラしておいて、ガチガチに拘束されると思わんの?」
「柴さんがっ!必死に張っておいた結界を難なく突破できて、柴さんのっ!背後を不意打ちでなら取れる、私ならっ!問題ないんじゃないですかね?」
「このっ……耳の痛いことを……」

 さっきのキラキラした笑顔の少女はどこへやら。ニヤニヤと白々しい笑みを貼り付けながら肘を突き、手の甲に顎を乗せてはいけしゃあしゃあとそんなことを宣う静姫のなんと嫌味ったらしいことか。いちいちと言葉を強調しているところとかがその憎たらしさに拍車をかけている。ぶっちゃけ殴りたい。

「確認ですけど、柴さんって最初私のこと殺そうとしましたよね?」
「……それがなんやねん」

 確かに柴は静姫のことを口封じのためになら殺してしまってもいい、と最初から思っていた。過酷な状況下でここまで生き抜ける聡く狡猾な彼女にそれがバレてしまっていてもなんら不思議ではないし、今更否定することでもない。
 静姫が柴のことを「そんなたまじゃない」と評するのは最初に柴が放った微細な殺気を感じ取った故なのだろうと、彼はこの言葉で気付いた。そりゃあ、初対面の少女に対して即座に殺害の選択肢を入れる男が只者な訳はない。

「だから貴方は都合が良いんですよ」
「あ゛ぁん?」

 静姫は首を傾けながらも、その切れ長の目をスゥッとゆっくり開いた。柴の凄む様子にさえ一切怯むこともなく。
 ……本当に目の前の彼女は十歳の女児なのかと疑うほどに太々しくも悠然とした態度であった。
 
「私が六平家を離れて二度と現れなくなっても違和感を覚えないだろう五日間という『都合の良いタイミング』で私の前に現れて、私の母と六平家に対する想いをあの二人の前で聞き出すような『都合の良い尋問』をしてくれて、その上であの二人から引き離し私が全ての真実を話せる『都合の良い場所』まで提供してくれて、その上で死を望む私を殺せるし殺しても構わない『都合の良い理由』を有する……とってもとっても『都合の良い立場』にいる」
「……」
「私にとって一番『都合の良い男』……それが柴さん、貴方なんですよ」

 そこまで言い切った静姫はガタリと音を立てて席を立ち、そして再び柴の元までゆっくりと近づく……そんな彼女に答えるように柴も同じように椅子から腰を上げては、静姫に向き合うように歩を進めた。

「柴さん、私を殺すことにおいて……一番『都合の良い瞬間』は今ですよ」
「そのようやな。逃げられた後で追いかけるんもだるいし」
「……もう一度だけ、言いましょうか」

 静姫は「死を望んでいる」とはっきり言っていたが……実際にその瞬間が迫り、自分の命の終わらせる足音をその耳で聞けば、そんな彼女でも緊張というものがその全身を走り抜けるらしい。額やこめかみにつつ……と流れる汗がそれをよく物語っていた。

「……柴さん」

 しかし、それでも……静姫はもう一度その言葉をその口で紡いでしまう。

「私を、殺してはくれませんか?」

 柴はその言葉をしっかりその耳で聞き取ったと同時に、無表情のまま彼女の方へとゆっくり手を伸ばす。
 静姫はゆっくりと目を閉じて、柴の手が自身の首にかかるその瞬間を……ただただじっと待った。