白銀を愛すと決めたから


「というわけで、シズはうちで預かろうと思ってな」
「良いわけないやろ」

 六平家の和室の中央に座布団四枚が敷かれ、国重、チヒロ、静姫の三人……そして柴一人が対面するように座っていた。
 国重が静姫がこの家に来た当時のこと、そして彼女がこの六平家に身を置くことを切望することを柴に説明したが、それに対する彼の答えはノーである。
 
「……どうしてもですか?」
「アカン」

 チヒロからも静姫の六平家滞在を認めてもらえないか訊ねるが、そんな彼の言葉さえも柴はバッサリと切り捨てた。それから柴は「あんなぁ……」と頭をガシガシと掻きながら一つ一つ説明し始める。
 まず、六平国重の隠居は極秘事項であること。息子であるチヒロの存在に至っては国にも隠している。そして、それを知っているのは信頼のおける限られた数人のみ。六平家の安全が守られるように住居と工房を結界で隠し、何か異変が起これば柴が感知する事になっている。

「そんな中で素性も知れん……ましてや結界を難なく突破し、感知さえもできんような怪しいお嬢ちゃんを野放しになんてできるわけないやろ」

 最もな意見である。チヒロにもそれはわかっていたので柴から静姫を隠そうと思っていたのだ……普通に無理だったのだが。

「ああ、やっぱりアレって結界的な何かだったんですね」
「なんや、結界の存在は知っとったんか」
「はい、ぬるっと抜けれました」
「ぬるっと」

 柴は溜息を吐きながら額を押さえる。微かに聞こえた「なんや自信のうなってしまうわ……」と言う言葉はきっとチヒロの幻聴ではないのだろう。

「ということはですよ?柴さんが私をこの家から連れ出しても、またぬるっと逃げてここに帰るつもりなんで捕まえても無駄ということですよね。なので見逃してください」
「なんでそれでオッケー貰えると思うとるん?」

 静姫は柴をまっすぐ見つめながらそう言ってのけた。妙に表情がキリリとしているが内容があまりにも我儘を極めし横暴の塊だったので何一つカッコよくはない。
 柴は胡座をかいている自身の膝に、頬杖をつきながらスッと静姫を睨む。

「……シズちゃん」
「はい」
「ええか、俺は今からきみにいくつか質問する。まあ所謂尋問やな」
「はい……?」

 何やら先ほどまでとは違う……緊迫した雰囲気で淡々と話を続ける柴に思わず静姫はごくりと生唾を呑み込んだ。彼の真意を汲み取れずにいる彼女は返事はするもののついつい目を泳がせてしまう。

「ちなみに嘘ついたら、きみのことは六平家に忍び込んだスパイと見なし、身柄を押さえて連行させてもらう」
「は?」
「分かりやすく例えるなら逮捕や」
「はぁ!?」

 いきなり出てきた『逮捕』の一言に静姫はギョッと目を剥き、思わず身を乗り出して畳を叩く。まさかそんな言葉出てくるとは想像もしていなかった六平親子も同様だ。

「おいおいおい」
「何もそこまで」
「二人は黙っとき」

 しかし、柴は二人の発言を許さなかった。これからは静姫と自分のだけの話になる、と。

「なんのためにここが結界で隠され守られてると思ってんねん。六平家を守るためやろ?そこに侵入してきた曲者に尋問するのは俺の役目や。それに口を挟まれる謂れはない」
「しかしだなぁ……」
「……まぁ、実際不法侵入ですからね。曲者と言われても反論しようもないと言いますか。それに関してはすみませんでした」
「ほら、本人もこう言うとる」
「シズ。素直なのは良いことだけど、ここはすんなり認めなくてもいいんじゃないかな」

 静姫は手に頬を当て冷や汗をかきながらも、畳の目を見つめては「まずいことになったなぁ。でも異論は認めるって自分で決めてたし……」とぼそぼそ呟いている……一体なんの話だろうか。
 柴はそんな彼女に「答えたくないことは『言いたくない』でええ」と補足する……暗に「嘘だけは吐くな」と言っているらしい。わざわざこんなことを言うということは彼の目を誤魔化すことは至難の業なのだろうな、と察した静姫は観念したようにこっくりと頷いた。

「はぁい傍聴席のお二方は今から発言を禁止しますぅー」
「ぼうちょ……えっまってタイム。ガチ裁判ですかこれ」
「ほい、じゃあまず一つ目」
「無視されたっ!」

 そうして柴は……息子に向かってわたわたとお口にチャックのジェスチャーを繰り返し、喋ってないのに行動がうるさい国重をとりあえず全スルーしながら、頭を抱えた静姫に一つ一つ質問していった。
 家出か否か?……答えは「家出と言えなくもない」
 親は今どうしている?……答えは「父親は最初からいないし、母親は私を置いてどこか遠いところに行った」
 それはいつの話か?……答えは「五日前」
 その返答を聞くたびに、チヒロはいたたまれない気持ちになる。やはりこの子の家庭環境は良いものではなかったのだ、と再確認させられてしまう。国重の方はただじっと静かに静姫のつむじを見つめているだけだった。
 
「母はもう二度と私の元に帰って来ないみたいでしたので、これからどうしようかなと思って歩いていたらここに辿り着いてしまった感じ、です……」
「そうか。こんな山奥になぁ」
「……」

 静姫は柴の言葉にふいっと顔を背けた。それはなんだか、親に叱られた時の子供のような、やましいことをしているような……ばつの悪い、という表情でもあった。
 柴にとってその表情は彼女に対する猜疑心を煽るようなものであったはずだが、敢えてそれ以上その話題に触れることはなく「じゃあ、次いくで」と続けた。

「シズちゃん」
「……はい」
「母ちゃんのことはどう思うとる?」
「っ!」

 静姫はそこで深く傷ついた、というような表情を見せる。
 チヒロがあの食卓で「これは子供の自分が聞くことじゃない」と思っていた言葉を『大人』である柴は容赦なく彼女の小さな体に容赦なく降り注ぐ。
 静姫は服の裾をぎゅうっと握り「……どう、とは?」と返した。

「嫌いか?」
「なっ!嫌いなんかじゃ……!」
「自分をたった一人、家に残した薄情者をか?」
「そんな言い方……!」
「俺は事実しか言うてへんけどな」
「っ!でも、お母さんは私に酷いことなんかしてない……」
「ずいぶんボロボロな姿でまともな生活出来てへんようやったけどなぁ」
「それは……!それは……お金がなくて、それで!」

 静姫は声を荒げながら、母親の潔白を主張し始める。
 これはチヒロにとっては意外なことだった。外野から聞いている分にはどう考えても彼女の母親は自分の娘を捨てるような血も涙もないような人間にしか聞こえなかったからだ……当然、静姫も母親のことを嫌って当然だろうと。
 しかし、この剣幕を見た限りでは嫌いどころかまるで母親を愛してやまないと言いたげであった。
  
「嫌いではないねんな?」
「っはい……!絶対、絶対に!」
「じゃあなぁ……」

 自分の母親を酷評した柴を静姫は柳眉を逆立てながら睨みつける。そんな彼女の様子を目にしても柴はどこ吹く風と言ったように次の問いを続けた。

「憎んでるか?母ちゃんのこと」

 ……その質問こそが静姫を一等傷つけるものであると知りながら。
 静姫はその言葉を耳にした瞬間、まるで信じられないものを見るように目を見開きブルブルと身体を震わせ、目に涙を溜め始めた。
 その姿にチヒロは強い既視感を覚える……これは、六平の工房の入り口に立ち国重が刀を打っていた姿をその目に映した時と同じような、彼女の無音の叫びだった。

「そ、そんなこと……」
「嘘はつくなよ」
「っ……!」

 静姫は震える声で否定しようとするが、彼女が答え終わる前に柴はしっかりと釘を刺した。
 ……残念なことに、静姫のただならぬ状態を見れば柴でなくとも、その後に続く言葉は偽りの言葉だったのだろうと分かる。

「わ、私、は……」

 ついに、その目からボロリと大粒の雫が零れ落ち、我慢ならないと両手で強く自身の顔を覆った。

「私は?」
 
 それでも柴は容赦することはない。答えを急かすことはないが、答えるまで彼女を解放することはなかった。
 静姫は、カラカラに乾いた喉で搾り出すように次の言葉を紡いだ。

「……言い、た、くない、ですっ……」

 ……それが何よりの答えだった。
 それはきっとはっきりと怨念の意味を表すよりも、もっともっと深い愛憎の言葉だ。
 柴はそんな静姫の姿を目にして、ゆっくりと目を閉じる。数秒間の沈黙の後、またその目を開いてしっかり彼女を視線で射抜いた。

「寂しいか?」
「……」
「それも言いたないか?」
「……さ、」
「おん」
「さみ、しい……寂しいです」
「そうか」
「……まだ、喧嘩さえしたことないんです。お母さんが、ごめんねって謝ってばっかりで、笑った顔だってどこか憂いがあって……それでも吹けば消えちゃうくらいの小さな幸せだけでも、二人で必死にかき集めて心を保つしかなくて……それが惨めで虚しくて……」

 ぽつりぽつり、と。柴が何かを聞き出そうとせずとも、静姫は母親のことを話し始めた。
 きっと、吐き出したかったのだろう。ずっと、ずっと前から、彼女自身も気付かないうちに体内に蓄積し続けていた怨嗟は、いつしか静姫の体を侵し続ける毒となっていた……毒は吐き出しておかなければ、いずれ死んでしまう。

「それに、それに私は、まだ……!あっちは言うだけ言って……私からは言いそびれたままなのに、どこかに行っちゃって……」
「……」
「私は、まだお母さんに……『大好き』も『愛してる』も言ったことがないんです。それなのに、もう二度と会えないんです。それが私は寂しくて……!悔やんでも悔やみきれなくて!ずっと苦しくて堪らないんです……!」

 強すぎる悔恨がその小さな身体では背負いきれなくなったのだろう。顔を押さえたまま静姫が震えながら体を折れば、滝のように流れる彼女の髪はザッと音を立てて畳に打ちつけられた。
 後悔したって仕方のないことだということなのは分かっている……もうどうしようもないのだから。
 失って初めて『大切だった』と気付けただなんて、陳腐な言葉でこの気持ちを言い表すつもりは静姫にはない。失う前からずっとずっと大切だと分かっていたのだから。
 静姫が後悔しているのはそんなものではなく、もっともっと呆れてしまうほど愚かなことだ。
 ……つまらない意地を張り「別に」だなんて、母親にとって何の旨みもない言葉だけを一つ置き続けるだけの日々だった。大切だと『分かっていた』のにその肝心の愛を母親に伝えなかった……そんな、ただの怠惰を彼女は絶望するほどに悔やんでいるのだ。タイムリミットはとうに過ぎ去っている。静姫は失って初めて『気持ちを伝えることのできる時間は有限である』と気付けた。気づいてしまったのだ。
 ……もしも、素直に伝えることができていたなら、何かが変わっていたのかもしれないのに。
 そんな風に考えても、いくら寂しがっても……静姫の身体を優しく包み込んでくれる心優しい母親は二度と彼女の前には現れない。

「それを俺達は背負わん。関係あらへんことや……その後悔は自分だけでしっかり抱え」

 柴は静姫にした質問の答えではない、胸の内の吐露を「関係ない」と切り捨てる。しかし、その冷たい言葉と裏腹に声色は突き放すようなものではなくどこか柔らかかった。
 深すぎる後悔を抱えた者にとっての他人の慰めの言葉は、時にその身を切りつける刃となり得る。
 俯いたままの静姫は柴のその言葉を聞き、奥歯を噛み締めながら小さくこくりと頷いた。
 
「ほな、最後の質問や。これに言いたないはナシやで」
「……はい」
 
 ここまでの尋問で四十万静姫という人間の為人を柴はある程度は理解したつもりだ。彼は彼女の生い立ち、六平家に来る直前の出来事を粗方引き出した後で本題を切り出すことにしていた。
 きっと静姫がこの家に来たのは本当に偶然なのだろう。結界を抜けて来られたのだって、普段から無意識のうちに『そういうこと』ができる才があったからだ…… そんなところだろうとは最初から分かっていた。

「シズちゃん」

 それなのに静姫の精神を追い立ててまで今までの尋問を続けていたのは全てこの問いの真意を掴む為だ。

「きみがこの家にこだわる理由はなんや」
「……」

 静姫は三人の前で既に明かしてしまっていた。胸の内の母親への未練を、洗いざらい全て。
 この六平家は優しい温もりに溢れている……仕事熱心だが少しおとぼけ気味の父親とそんな父の元で弟子として日々鍛錬に勤しむしっかり者の息子。そんな穏やかな家庭を肉親を失ったばかりの寂しがりな少女が目の当たりにしたその時、何を思うだろう。
 何故私はこのような家庭で生きていけなかったのか、と嫉妬に狂い逆恨みの念を抱くだろうか。
 それか、或いは……

「……いなくなったお母さんの代わりを、この家にしてもらいたいから」

 ……心臓に空いた寂しさという穴をこの家に埋めてもらおうと考えるのか。
 チヒロは静姫の言葉を聞いて、少しばかりの衝撃を受けつつも彼女の今までの行動を思い返す。
 先程から行われている柴からの尋問に対して、静姫ははっきりとした受け答えを続けている。この五日間の国重やチヒロに対する甘え方は微塵も見られない。
 しかし、今この瞬間の柴に対する静姫はこの数日間の付き合いだったとしても、いつもの彼女とは違うと思わせるようなことばかりだった。
 その違和感の要因はまさか、自分や父を通して母親の虚像を見ようとしているせいなのだろうか?
 チヒロがその仮説を脳内に浮かばせると同時に「それは嫌だな」と眉を顰めた。チヒロは静姫の母などではない。少しの世話だってしてもいいと思うが、それを別の誰かの代用品として利用されていたとしたなら……あまり良い気分とは言い難い。同情はするが、自分達にそれを求めるのはお門違いだろう。
 国重の方はそれをどう思っているのかチヒロには分からなかったが、少なくとも柴は彼と同じことを考えているらしく渋った表情をしている。
 このまま六平家に母親の代わりを担わせ続ける生活を容認することはできないと考えた柴は静姫を嗜めるために「あんな、シズちゃん……」と声をかけた、その時だ。

「とでも言うと思いましたか……?」
「!」

 柴の声を遮るように、静姫は先程の台詞の続きを言葉にした。
 静姫には分かっていた。柴がそのような邪推をしているのだ、この尋問はそれを確かめるためのものだったのだ……そんな風に自分を侮っているのだ、と。

「馬鹿に、しないでください……」

 静姫は屈ませていた体をゆっくりと起こし、面を食らったと言わんばかりの顔をした柴の目をしっかりと見る。
 その表情は曇ったままだが……どうやらもうすでに雨は上がっていたらしい。静姫は頬に残った雫を手首で拭いながら口を開く。
 
「……母の代わりになれる人なんていません」
  
 母親を失った静姫の心の穴を埋められるのは、愚かで弱々しくも美しい心を失うことなく娘を愛し、彼女の綺麗な手を守り続けた四十万紗凪だけだ。
 たとえどんなに紗凪に容姿が瓜二つの女性がいたとして、その人が紗凪よりも美しい心を持っていて……そして紗凪よりも深く静姫を愛したとしても、その者は彼女の代わりにはなれない。

「だって私の愛している『四十万紗凪』はこの世に一人しかいないから」

 あの掃き溜めのようなボロボロの家で十年間も静姫の心の拠り所にしていた四十万紗凪は……四十万紗凪以外には存在し得ない。

「それに、もしも私が無理してでも国重さんやチヒロくんを母の代わりにしようとしたら、きっと私は苦しみ続けます」

 母ではない存在にその影を重ねようとしても、ぴたりと当てはまるはずがない。
 それでもその違いに気付かないふりをし続けても、どうやったって生じるその人と母との乖離に静姫は笑いながら……ひっそりと心臓に爪を立てて掻き毟るような苦しみを味わい続けるのだ。
 そしてその苦しみから逃げるために、その人に合わせようと思い出の中の母を削ぎ落としたり付け足したりと形を整えてしまったら、もう目も当てられないだろう。
 その行為にはもしかすると、まるでパズルのピースがかちりと合わせるような爽快感を得ることができるかもしれない……ただしそれにはとてつもなく大きな代償を払う必要がある。

「私に母の代わりを宛てがわせて、そしてその人が大好きになったとして。将来、私が本当に大好きだった母のことを思い出せなくなってしまったとしたら……私はそれがとても恐ろしい」

 だったら最初から母の代わりはいらない。静姫の心の穴を埋める存在なんていらない。
 静姫の周りにいる存在は全て本物であらなくてはならない。

「どのみち苦しむことになるのなら、私は死ぬまで寂しいままでいい。心に空いた穴から吹き抜ける冷たい風に震えながら、その寒さが確かに母が存在した証として冬を愛しながら死にます」

 そこで静姫は一度言葉を切ってから「……そして同時に」と続けた。
 そんな彼女の表情は既に曇っていたものから凛とした引き締まったものと変わっていた……まるで絶対に譲れぬ固く決意したものがあると言いたげに。

「母の代わりじゃない……誰の代わりでもない『六平国重』と『六平千鉱』の傍にずっといて、優しい温もりで暖を取り白い息を吐きながら生きるんです」

 そこまで静姫が言い切ると、その一室には静寂が降りかかった……この場にいる皆が皆、彼女の並々ならぬ覚悟に圧倒され言葉を失ったのだ。
 この二人とともに生きるということに残りの人生の全てをかける気でいる、四十万静姫という存在に。

「何故、この家にこだわるのか……と聞きましたか」

 そして、その静寂を断ち切るのも静姫だった。

「そんなの、そんなの……!」

 静姫は胸を張りながら、両隣に座っている国重とチヒロの服をぎゅうっと摘み……

「この二人のことが大好きだからに決まってるじゃないですか!」

 目をぎゅっと閉じて腹の底から力の限りそう叫んだ。
 何一つ嘘偽りのないその言葉を、母に言えなかったその言葉を……もう二度と同じ後悔をしないために、と。
 四十万静姫にとって六平家の二人は母の代わりではないが、愛してやまない母と同等に大切な存在であるのだ、と全員が強く理解させられた。

「……無粋やったな」
「まったくです」
「反省します」

 柴は目を閉じて「尋問は終わりや」と静姫を解放した……尋問終了ということは、国重もチヒロも彼女に言葉をかけてもいいということだ。
 国重がすぐに静姫の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でると、彼女はハッとして彼を見上げた。
 そこにはニカっと快晴のように笑う国重の顔がある。

「俺もシズのことが大好きだぞ」

 国重に頭を撫でられながら、そう言われた静姫は目を見開いてサッと下を向く。
 彼女の頬はじわっとたちまちのうちに赤らんでいき、その小さくて愛らしい唇はもにょもにょと波立たされていた……至極、とてつもなく嬉しそうである。

「……確かに、これは可愛いな」
「なっ!言っただろ?」
「もう、もうやめてください……」

 そして、そんな静姫を自慢するかのように、国重は「ぱぱらーん!」と言いながらまるで発表会のように両手を広げてひらひらとさせる。それは酷なことに、彼女の羞恥心を増大させるだけであった。
 そんな国重に対して勘弁してくれ、とでも言うように静姫は摘んでいた服から手を放し、両手で顔を隠そうとする。

「っ!」
 
 しかし、全部は隠しきれなかった……もう片方の手はチヒロにパッと取られてしまったからだ。
 静姫は困惑しながらも弱々しくか細い声で「放して、放して……」とチヒロに懇願するが、彼はその手を緩めるどころかさらにぎゅうっと強く握る。

「放さないよ」

 そのチヒロの言葉に柴はひゅうっと口笛を吹いた。静姫といえばもう耐えきれないようで「なんでさぁ〜……!」と嘆きながらさらに下を向いて手の代わりに髪で顔を隠す。
 それでも、髪の隙間から覗く桃のように染まった頬や耳は隠しきれない。

「……」

 チヒロは確かに、静姫の母の代わりは嫌だと思った。それは今も変わっていない。
 しかし、暖めることはできても彼女の心の穴を埋めてやることができないのは……。

「(少し、寂しいかもしれない……)」
 
 ……何故か、そう思いはじめていた。