
卑怯な大人に為す術なし
「わからんなぁ……」
「何がですかぁ……」
チヒロから予想外の妨害を受けた静姫は柳のように髪を垂れ下げさせたまま、柴の呟きにどういうことかと返事する。どうやら尋問の流れが抜け切っていないらしい。
なにせ、二人の会話らしい会話といえば先ほどまでの尋問が大半を占めている。びっくりするほどバッドコミュニケーション。
「シズちゃん聞いてええ?」
「は?尋問おかわりする気ですか?ワンモア裁判?四十万静姫絶対晒し首にするマン?」
「いやいやいや柴さんからの純粋な疑問やで」
「それに答える必要がありますか?」
「めっちゃ当たり強ない?何でや?」
「心当たりないんですか?」
「めっちゃあるぅ〜……」
和室の中心で、愛を叫んだ静姫であったが……その対象メンバーには柴は含まれていないし、なんなら好感度ゲージはマイナスに近いらしい。
よくよく考えてみるならば、彼女からの彼に対する初対面の印象は暴行罪未遂の幼女趣味のおじさんだ。うん、本当に最悪なイメージしかない。
そっと、引っ付くようにチヒロの背に隠れながら柴を窺い見る静姫は明らかに彼を警戒しきっていた……柴には彼女がここから心を開いてくれるルートがまったく思いつかずどうしたものか頭を悩ませてしまう。
「シズ、大丈夫だぞ。柴はあれで結構良い人だからな。出ておいで〜怖くないぞぉ〜?」
「いやです怖いです。国重さんは多分そんなに良い人じゃなくても良い人って言うタイプの底抜けに良い人だから信じられません」
「すまん柴っ……!俺がっ!俺がシズにめちゃくちゃ好かれた底抜けに良い人なばかりに……!」
「ちこっと腹立つな……」
フォローしてもらった手前で悪いがくっ……!と言いながら歯を食いしばる国重に若干の苛つきを覚えてしまう柴は静姫の言う通り、確かにそんなに良い人でもなかった。
このままでは話が進まないのでチヒロが「大丈夫だから」と言いながら静姫の背中を押してやると存外素直に彼女は彼の手に従った。静姫の中の判定ではチヒロは底のあるタイプの良い人だと思われているらしい。
「……何を聞きたいのか言ってください。十文字以内で」
「キツ」
本当に当たりが強い。
「えーと……『ふたりのどこがええの』?」
「初手失礼ですか?」
「いやこれ柴さんだいぶ頑張ったで!?」
「『ふたりのどこすきなん』とかあったでしょう」
「あっほんまや、最適解ありがとう」
しかし、確かに言葉は失礼そのものではあったが十文字以内という制限はしっかり守りきった柴はまあ頑張ったと言えるだろう。そんな彼を見た静姫は多少スッキリしたのか「すみません、ちょっとしたお返しです」と謝る。
どうやら彼女は先ほどまでの仕返しをしたくてあえてキツく当たっていたようだ…… 静姫自身、先ほどまでの尋問は必要なことだと思ってはいたらしい。
「でもそれに答える気はありません」
「どけちぃっ」
好感度自体は低めであることには変わりはないが。静姫は「どけちでいいですっ」と言いながらツーンッと顔を逸らした。
「なんであかんの?」
「いっや普通に考えて、当事者二人の好きなところを第三者の目の前で明かすとか恥ずかしすぎるでしょ……」
「おもてたより普通の理由やった」
どのあたりを好ましく思っているのか、ということよりも遥かに恥ずかしい特大の愛の告白を既にしているというのに不思議である。
嘘はついてはならない、言いたくないもダメという状況かつ感情のボルテージが上がりきっていたためだろうか。それを考えれば、ギアが完全に切り替わった今では恥ずかしいというのも納得である。
「えぇ〜俺は聞きたいぞ?」
「ぐ」
と、思っていたのに。まさかの真横から援護射撃。
完全に不意をつかれた静姫は瞬時に身体を強張らせビタリと固まってしまう。柴はこれを好機と見做し、身体を少し前に倒した。
「ほら大好きな国重さんもこう言ってんねやで〜?」
「ちょっなんでニヤニヤしてるんですか……!」
「チヒロくんも聞きたいよなぁ?なっ!」
「え?」
「外堀を埋めようとしないでくださいちょっと!」
明らかに狼狽え始めた静姫の羞恥をなし崩すかのように柴はチヒロにも話題をふる。
ここで彼まで「聞きたい」と言い出してしまえば、完全に静姫は四面楚歌となる。
お願いお願い聞きたいと言わないで、という祈りを目で訴える彼女を横目で見たチヒロは口を開く。
「別に俺は聞かなくてもいいですけど……」
「チヒロくんマジで大好きだよ」
「うん」
どうやら祈りは通じたらしい。やはり神はいたのだ、と静姫は胸をほっと撫で下ろす。
「ほな、言いたない一票、聞かんでもいい一票、聞きたい二票ということで」
「エ゛ーーーッ!?」
しかし、その神を殺すのが汚い大人というものである。
「反対と賛成が同票やったら分かるんやけど、どちらでもないがあるんならなぁ……」
「本人の意思を尊重しようとは思いませんか!?」
「やって、この国は民主主義やで?」
「チヒロくん反対だよねっ!?別に聞きたくないよね!?」
「いや、シズが言いたくないって言うなら別にいいってだけで。聞きたいか聞きたくないかって言われたらそりゃ……」
「わー!わー!ストーーーップ!」
「むぐっ」
賛成派と反対派を同数にしようと画策した静姫はチヒロに再び助け舟を求めたのだが……その思いとは裏腹にチヒロは彼女の望んだ船着場ではない方向へと舵を切り始め、それを察した静姫は慌てて彼の口を両手で塞ぐ。
チヒロだってどちらかと言えば聞きたいに決まっている。神はとうに死んだようなので仕方ないね。
「シズちゃん諦めえ。さもないと柴さんがチヒロくんに誘導尋問仕掛けて賛成派を三票にするで」
「げっ下郎め……!」
「俺は目玉のおやじやない」
「何の話ですか?」
行方不明となった最愛の妻を探し出すために哭倉村の闇について解き明かす、かの有名な大ヒット映画のことはひとまず置いておき……。
柴には不思議でならないのだ。静姫は確かに二人のことが好きなのだろう。それに嘘は見られない……しかし、彼女は母親のことも相当に愛している。それこそ今までの十年を生きていた中で唯一の心の支えと言ってもいいくらいのはず。
そんな母親へ同等の愛を、たった五日の付き合いで獲得できるだけの何かが果たしてこの六平家にあるというのだろうか……無い話ではないが、そう簡単に納得できるものでもない。
「……好きだから好きなんですけど」
「せやから、なんでそんな激重感情拵えるような事態になってんのかいって話や。出会って五日やろまだ」
「大切なのは時間じゃなくて密度だと思うんですぅ……」
「その密度の内容知りたいねん」
「ああ言えばこう言う……」
「こっちの台詞や」
とりあえず、柴はこの質問から引く気はないらしい…… 静姫は顔を覆いつつも指の隙間からちらりと国重の顔を窺った。
「うわぁあ……」
そして後悔し、とっさに目を逸らす。彼は期待に満ち溢れた爛々とした目で静姫のことを見つめ続けていたのだ。
それは言い表すとすれば、サンタさんが来るのが楽しみすぎてクリスマスの夜当日に、目をガン開きにしてワクワクしながら会ったこともない白髭のおじさんを待ち続ける男児のような表情。現在の静姫は寝ようとしない子供の様子を窺いながら冷や汗をかく親の気持ちのような心境であった。
そんな目で見ないでほしい……あまりにキラキラしているもので彼女にとってはこちらの目が潰れるかと思ってしまうほどの煌めきだったのだ。
とにかく……とにかく、この期待を裏切ってはならない。覚悟を決めた静姫は深呼吸を繰り返し心の準備を整える。
「……えとぉ」
「うんうんっ」
「うぁっ」
「父さん」
勇気を振り絞り、つんつんといじましく指を突き合わせながら弱々しい声で話し始める静姫だったのだが、そんな彼女の幼気な心を隣の大きすぎる男児は悪気なく殴りつける。
ずずいっと静姫に顔を寄せる国重に驚いた彼女は顔を真っ赤にしながらたじろぎ、その薄い背中をチヒロの肩に軽く当てることとなった。「ごっごめんチヒロくん」と謝る静姫に彼は大丈夫だと伝える。
とりあえず、静姫のメンタルを保つためにチヒロは彼の裾をキュッと握った彼女の背中を撫でつつ、もう片方の手のひらを父の前へ突き出す。ここから先は立ち入り禁止、と言わんばかりだ。
国重はしゅんとしながら体を引っ込める。まるで待てをくらった大型犬のようである。
「チヒロくん、なんかお兄ちゃんみたいやなぁ」
「ありがとうお兄ちゃん……」
「……うん」
チヒロは静姫の一つ下なのだが。そんな彼女からお兄ちゃんと呼ばれても。
チヒロ達は先ほどの「四十万静姫、十歳です!」という謎の自己紹介で彼女の年齢を知ったのだが、静姫は彼の年齢をまだ知らない。
とにかく、背中に伝わる温もりによりメンタルケアを終えた静姫はもじもじしながら再び口を開いた。
「……あのぉ……私がぁ、二人のこと好きになったきっかけっていうのが、なんていうか……えとぉ……」
チラチラと国重とチヒロを交互に目をやりながら、頬を染めながらも辿々しく言葉を紡ぐ静姫。
そんな彼女の話に柴は「おん」と簡単に相槌を打つと、彼女はそこで柴の方にも視線を移す。眉を八の字にしてすごく恥ずかし気であった。
「工房……?に入って、その時に見たんですけどぉ……」
「おん」
「それでその、か」
と、まで続けた静姫は不自然にそこで言葉を切った……いや、不自然なのは言葉だけではない。
柴の顔を見ながら何かに気付いたらしい彼女は、ハッと目を見開いて赤かった顔をみるみるうちに青ざめさせていく。
かと思えば、背にあったチヒロの手を弾き飛ばす勢いで背筋をしゃきんっと伸ばし、瞬きを忘れたような乾いた目で柴に向き直った。
「たっ……魂が、共鳴したんです」
「は?」
「ソウルがメイトした二人と出会いハートがバーニングしワンダホーだったんです」
「何やおまえ日本語喋れ」
「日本語チョット分カラナイ」
「裁判と民主主義知っとる奴がなんかほざいとる」
明らかに何かを誤魔化している。誤魔化しているということを隠す気がない勢いで誤魔化している。ここまでお手本のような片言はそうそう見られない……誤魔化すの下手すぎだろう。
「どういう意味だ?よく分からないぞ」
「話すなら話すではっきりしてよシズ」
「ひぇえ思ったより糾弾されている!」
先ほどまである程度味方してくれていたチヒロまでもが静姫の要領の得ぬ話に異議を唱える。ふざけているわけではないのは分かっているのだが、話す気があるならちゃんと話してほしいものだ。チヒロだって普通に暮らしていただけの自分達の何が静姫の心の支えになっているのか不思議なのだから。
「やだよやっぱり言いたくないですっ!っていうか、柴さんには聞かれたくない!」
「俺?」
「やっぱり、柴さんに聞かれるのが恥ずかしいってこと?」
確かにそれもあるのだろう。静姫は羞恥から途切れ途切れに話していたのだから……しかし、今の彼女の状態が羞恥からくるものとは考え難い。
だってなんか血の気が引いてるものお顔真っ青だもの。
「二人には後で話すから!とにかく柴さんは嫌だ!」
「何でやねん仲間外れとは寂しいの」
「孤独を抱いて震えててください!」
「そこまではせん」
何が理由かは分からないが、何にせよ静姫の考えでは「柴に知られたら絶対にまずいこと」がそこにあるということは明白だ。これにはますます柴の興味を唆る話となった。
……少し汚い手を使うか、と柴は膝をポンと叩いた。
「まあ、言いたないってんなら仕方ないわな。ほんなら話はこれでしまいにしたる」
「……え?」
静姫はあっさりと引き下がった柴が意外だったようで呆気に取られる。こんな露骨な拒否をしたのなら逆に無理に聞き出すだろうと思っていたのだから。
しかし、違和感は拭いきれないものの「話を終わりにしてくれるならそれはそれでありがたいな……」と静姫が安心していた、その時だ。
柴は「どっこいせ」と言いながら立ち上がり、正座していた身体を楽にするため少し背伸びをした後に静姫の方へと手を差し出した。
「ほんじゃ、行くで」
「はい?」
「今から連行する」
「え゛」
「ええから大人しくお縄につき」
「エ゛ェ゛ーーーーッ!?」
流れ変わったな、これ。
「ちょちょちょ!聞いてた話と違う!」
「んー?」
「だって尋問終わったって言ってたじゃん!嘘つかなかったら逮捕しないんでしょ!?私は別に嘘ついてないじゃん!」
「聞こえんなぁあー?」
「いやだこの人めっちゃ怖いまじでいやだ!」
完全に対話を放棄しゆらりと身体を揺らしてちょっとずつ近寄ってくる柴に言い表せないほどの恐怖を覚え、静姫はそのままザカザカザカッ!と壁際まで退き全力で彼から距離を取った。
流石にチヒロもこの柴の横行に黙っていられないようで、焦ったように静姫と柴の間に割って入り「待ってください柴さん!」と彼女を庇おうとするが……
「よっと」
「えっ?」
「キャァアーーーーーーーッ!?」
彼が人差し指と中指を揃えるように立てたかと思えば、立ち上がったチヒロと腰を抜かしたように座り込んだ静姫の間へと瞬間移動した……柴の妖術である。
チヒロは彼がまさか妖術まで使ってくるとは思わず、驚いて後ろを振り返ればそこには静姫の傍まで迫り上から覗き込むように彼女を見下ろしている柴の姿が目に映る。ついでに顔面蒼白でガタガタと震え怯えきった静姫までばっちり見た。かわいそう。
「待ってください今完全に人智の及ばぬ謎の力が働いていましたけど何ですかアレ何なんですか!?」
「さ、行くで」
「お願いします会話してください今私は人語の通じぬ熊と対峙しているような恐怖を覚えています!」
「やって、シズちゃんが柴さんとお喋りしたないっていうからお話は終わりやなぁってぇー?」
「分かりました分かりましたから!私が悪かったですお話しますから一旦ストップストップ!」
静姫が命乞いをするかのような勢いで白状すると言った瞬間に、チヒロの目の前から二人が消える。
「……」
「ほんなら話してもらおかっ!」
「……もうこの人本当に怖いぃ」
「柴、お前汚いなー!」
白けたような顔のチヒロが再び後ろを振り返ると、そこには恐怖の塊な妖術をあっさり自分にも使われて半泣きの静姫と、そんな彼女を座布団に座らせ肩をポンポンと叩くご機嫌そうな柴の顔。そして先ほどの茶番を終始呑気な顔で眺めていた国重の姿。
こんな卑怯な大人にはなりたくないな……と思いながらチヒロは自分の座布団に座り直したのだった。