HEARTBEAT SCREAM
NO.014:筋肉は裏切らないらしい

「昼休み、食堂の方は大変だったらしいね」
「いやホントな、スゲーことになってた。こっちは平気だったん?」
「まあ、流石にざわついたけど、みんな一年だし何があったかよく分かんなくてそのままって感じかな」

午後のHR。
委員決めの最中に、上鳴くんと耳郎さんのそんな会話が漏れ聞こえてくる。

学級委員長は緑谷くんの推薦で飯田くんに変更になった。
あの後突然校内に警報が鳴り響いて、避難しようと押し寄せた人並みがパニックを起こしかけたところを、飯田くんが見事に収束したのだ。

「交子は?」
「えっ?」
「食堂行くって言ってたじゃん、大丈夫だった?」

振り返りった耳郎さんがそう問いかけたので、私は軽く頷いて、昼休みを思い起こす。

飯田くんのよく通る声が「警報の正体はマスコミだから落ち着いて」と呼びかけているのを遠目に聞いた。
一年生ながらその場をまとめ上げた飯田くんは凄い。

ちなみに流れで一緒にいた轟くんは終始落ち着いていた。
私が人並みに押されて転ぶまいと踏ん張った拍子に、うっかり轟くんに派手に壁ドンしてしまったときも、顔色ひとつ変えなかった。
こっちは思い出すだけで羞恥心でいっぱいだというのに。
その冷静さを私も見習いたいものである。

そんなこんなで、午後は学級委員以外の委員決め。
私はここでも特に立候補はしなかったので、特に委員に選出されることはなくHRは終了する。
そのあとは2時限続けて座学のヒーロー基礎学。
要救助者を発見したときの確認項目や、出血箇所に応じた応急処置の仕方だとかの講義を受けて、午後の授業も無事終了だ。



──放課後。

「カラオケいかね?」
「この間のクレープ美味しかったよねぇ」
「バイトだりぃー!」

交子はひとり、授業から解放され浮き足立った生徒たちの間を擦り抜ける。

雄英の広大な敷地にはさまざまな環境でのヒーロー活動を想定した訓練用の施設が多く存在する。
入試の実技試験にもなった市街地を模した演習場などがその代表格であるが、これらはその広大さや安全性から、授業やイベント以外で利用する機会は少ない。

対してヒーロー科以外の専攻クラスを含む、雄英の全生徒が利用対象となっている施設も多数ある。
こちらは実習向けに建設された施設とは異なり、雄英生であれば誰でも気軽に使用することができる。
18時半まで申請不要で自由に利用できるトレーニングルームもそのひとつだ。

交子は放課後にここに立ち寄るのをルーティーンにしようと決めていた。
決めていた、というのは入学前に相澤からそういう施設があると聞いてそうしようと思っていたからで、実際はヒーロー基礎学の実習がある日はなかなかに慌ただしく、毎日は難しいと早々に痛感したからだ。

だから今日のような、午後の授業が座学のみの日限定にしよう、と交子は早々に目標を切り替えた。
目標を高く持つのは大事だが、高すぎて心が折れても仕方がない。

ウェアに着替えてトレーニングルームに足を踏み入れると、既に数人が利用していた。
大半がなんとなく他学年であろうことは予想がつく。
入学早々ここに来るのは少々生意気だったろうかと若干怯みつつ、交子が隅の方でストレッチを始めたところで、背後から声をかけられた。

「あれ、替場さんも来てたんだ」
「あ、尾白くん」

振り返った先にいたのはクラスメイトの尾白だ。
彼の持つ立派な尻尾がゆっくりと揺れる。
交子はそのまま尾白と軽く雑談を交わしながら、一緒に身体を温めていく。

「戦闘服のときも思ったけど、替場さんって、綺麗な身体してるよね」
「え」
「……いや!! 決してそういう意味じゃ!!! そういうってつまりその、いやらしい意味じゃなくて、っとにかくゴメン!!!」

尾白の何気ない呟きに交子の動きが一瞬停止したのを見て、彼は不味い言葉を選んでしまったと自らの発言を慌てて取り下げようとする。
あまりにも必死な様子に、交子は思わず笑ってしまい、それにつられて尾白も気恥ずかしそうに苦笑いを零した。

「えーっと、バランスいい筋肉の付き方してるって言ったらいいのかな。なんかスポーツやってた?」
「あー、いや、スポーツってわけじゃないけど、身体の使い方は教えてもらったかな。ほら、護身術的な」

まさに「いざというとき何かと役に立つ」と子供の頃に相澤から護身術を教わったのがきっかけだ。
そこから派生して、あらゆる対人格闘術はひととおり身に付けた。

交子も相澤も、“個性”自体は決して戦闘向きのそれではない。
が、相手の意表を突くという点では通じるものがある。
“個性”に頼るような戦い方は出来ない分、フィジカルは鍛えておくに越したことはないという相澤の意見には交子も深く共感する。
だからこそ筋力作りは大切にしてきた。

交子は女子の中では体格に恵まれている方だ。
背も高く、その分手足も長いので、平均的な背格好の人間と比較すればリーチの優位性はある。
しかしこの“個性”社会の中で、純粋な力比べで未知の能力の相手に勝つのは難しい。
だから素の力はすべて瞬発力と柔軟性に振り切る。
そのためにしなやかでバネのような筋肉を全身に纏う、それが交子の理想だ。
そしてそれが長いこと武術を嗜んできたという尾白に認められた。
これまで半ば自己満足の範疇だと思っていたトレーニングは無駄ではなかった、と交子は人知れず喜びを噛み締めた。

─ 筋肉は裏切らないらしい ─


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