HEARTBEAT SCREAM
NO.001:向かうところ敵なし

中国で「発光する赤児」が発見されて以来、今や世界総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持つ超人社会。

生まれ持った特異能力で、ある者は人々を助け、ある者は悪と戦う。
所謂“ヒーロー”という職業が脚光を浴びる時代。

裏を返せば、ヒーロー達が活躍する一方で、日陰では“個性”を悪用した凶悪犯罪が日々発生していた。
そんな時代に生まれた私は、ヴィランの手によって幼い頃に両親を失い、孤児院で育った身だ。

大人達は私達のような子供を時代の被害者だと比喩したけれど。
どの時代にも形は違えどそういう子供はきっと数え切れないほどいて、今世ではたまたま私がそうだっただけで、見ず知らずの人に同情される謂れはないと思うのは、強がりだろうか。



季節は冬。
人気のない小さな公園のブランコに腰かける二つの影は、頭身よりもう随分細長くなっていた。

「……三者面談」

私が差し出した紙切れを無表情でじっと見つめる男の名は相澤消太という。
ボサボサの髪と無精髭の所為で随分見窄らしい見た目をしているが、彼はれっきとしたプロヒーロー兼教師だ。

「そ。もしかして『あの小さかった交子もいつの間にか受験生か』……とか、感傷に浸ってる?」
「いや……まあ確かに感慨深いが、それより頼まれると思ってなかったからな……」
「だって4月からはエツコ先生とは他人だし」

エツコ先生とは私の育った孤児院の先生だ。
私は昔からエツコ先生がなんとなく苦手で、10年以上面倒を見てもらった割に大して思い出もない。

中学卒業後は、18歳まで施設に残るか、後見人を立てて自立するかを選択できる。
後見人とはつまり、簡単に言えば保護者みたいなものだ。

私は即決で自立を希望した。
そこで後見人になってもらえないかと、消太くんに相談して、快諾を得たところだ。
その流れで、間も無く実施される最終進路相談のための三者面談について切り出したのだ。

「でも忙しいでしょ、無理なら平気だから」

消太くんは私の従兄にあたる。
私が2歳の時に、突如住宅街に現れたヴィランによって私の実家は半壊にされたうえ、併発した火災で全焼。
両親はその日たまたま遊びに来ていた、当時高校生の消太くんに幼い私を託し、ヴィランと応戦。
しかしプロヒーロー到着時には二人とも既に息絶えていたらしい。
らしい、というのは私に当時の記憶がほとんど残っていないからだ。
身を呈して我が子を守ったという両親のことは尊敬しているが、面影すら覚えていない私はとんだ親不孝者だと自分でも思う。

「……いや、行くよ」
「え、いいの?」
「まあ、俺はお前の“保護者”だからな」

自分でお願いしておいてなんだが、改めてそう言われるとむず痒い。
普段は淡白に見えるが、その実優しくて面倒見が良い。
私は消太くんのそういうところにいつも救われているのだ。

「で、第一志望は?」
「え」

突然教師の顔を出した消太くんに、思わず間抜け面を晒してしまう。
もしかしてまだ決めてないのか、と呆れたように言った。

いやいやさすがにそれはない。
ないけれど。

私の通う中学校は、それはそれは平々凡々な公立校で、数多くの有名ヒーローを輩出した名門・国立雄英高校が第一志望、なんて無謀な挑戦をするのは恐らく私だけだ。
しかも、消太くんはそんな名門高校の先生なのだから、余計に切り出しにくい。

あー、とか、うー、とか適当に誤魔化していたら、消太くんは溜め息混じりに立ち上がって「面談の日までにちゃんと考えとけよ」と私の頭を乱暴に撫でて去って行く。
消太くんの後ろ姿を見送りながら、私の心に湧き上がるこの感情をなんと呼べばいいのか言葉に出来ずにいた。

育った施設を出ることはこれっぽっちも寂しいとは思わなかった。
里親に引き取られることもなく、この年まで施設に残った子供はそう多くない。
まだ手のかかる小さな子供たちがたくさんいて、施設の先生は年を重ねる毎に、私への関心は薄れていった。

けれどこれからは消太くんがいる。
信頼できる大人を頼れることがどんなに心強いか。

消太くんにしてみれば相当重い荷物だと思う。
それでも快く私を受け入れてくれた。
人生でこんなに嬉しいことはそうないだろう。

この喜びに比べたら、高校受験の不安なんて掻き消せてしまう。
そう、それが例え、受験率30倍の超難関校のヒーロー科だとしても。

─ 向かうところ敵なし ─


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