HEARTBEAT SCREAM
NO.002:抱け、希望

「お前、面談当日まで先生にも志望校伝えてないってどういうことだ」
「スミマセン」

雨粒が絶え間なく窓を打ち付ける音が響く。
生憎の天気に対して、俺は静かに、しかし沸々と怒りの火を灯していた。

「雄英ナメてんのか」
「ナメてません」
「だったら俺の納得できる理由くらい説明できるよな」

テーブルを挟んで小さくなっている交子に説教を垂れているのは、交子に頼まれて参加した三者面談が散々だったからだ。

交子の第一志望は俺の母校でもあり、職場でもある雄英高校のヒーロー科だという。
俺はいい。
なにかと言い出しづらい面もあったろう。
しかし現担任ですら初耳とはどういうことか。

すぐにでも理由を問い詰めたかったが、進路は最終的に本人とその家族の問題だ。
先生を巻き込むのは合理的じゃないと、その時はぐっと怒りを堪えたが。

まさかの志望校に戸惑いを隠しきれない大人二人の心情はいざ知らず、本人はあっけらかんとした様子で個人的に受けた筆記模試のA判定という結果を提示してきたもんだから、更に驚かされる。

「勉強だけできれば受かるほどヒーロー科は甘くないぞ」
「知ってるよ……毎年テレビで体育祭見てるし」
「だったら尚更、なんで一人で決めた」

まただ。
核心に迫るとすぐに言葉を濁す。
こんなやり取りが何度か続いて、俺が苛々し始めたことを察したのか、交子はようやく自ら口を開いた。

「だって……いいのかなって」
「なにが」
「私みたいなのが、夢見ても」

そう言われて、今度は俺が言葉を詰まらせる番だった。

時に人は、それが相手を傷つけると自覚しないまま言葉を紡ぐ。
ヴィラン犯罪の被害者、孤児、施設育ち。
そんな境遇が大人たちの同情を買う。
或いは“同世代の普通の子ども”から卑下される。

様々な色眼鏡で見られて、時に心無い言葉を容赦なく浴びせられ。
背負った痛みの分だけ心を切り刻んで、欠片を手放していくような。
そんな悲しい道を、ずっと一人で歩んできたのかと。

「……ほんとはね、記念受験のつもりだったの。でも試しに受けた模試でA判定もらって、そしたらなんか、希望みたいなもの感じちゃって、もしかしたら、私でもヒーローになれるのかもって」

ごめんなさい、と呟くように言った交子。
それは黙っていたことへの謝罪なのか、はたまた夢見たこと・・・・・への謝罪なのか。
交子はどうも、自己肯定感が欠如しているらしい。

「……お前、そんなマイナス思考じゃプロは愚か学生生活もままならんぞ」
「私なんかが受かるはずないのに、馬鹿だよね」
「そうじゃないだろ」

交子は疑問の色を浮かべる。

「雄英の校訓、知ってるか」
「……更に向こうへプルスウルトラ
「壁は越えてけ。才能がないと思うならそれに見合う努力をすればいい。それが出来るやつは生き残るし、そうじゃないやつは蹴落とされる。雄英はそういう場所だ」

交子は俺の言わんとすることがまだ理解出来ていない様子だ。
わし、と頭を撫でてやる。
俺は思わずニィ、と口の端を持ち上げた。

「夢を見る権利は誰でも平等に持ってるもんだ。大事なのは、叶えるためにこれから何をするかってことさ」

─ 抱け、希望 ─


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