HEARTBEAT SCREAM
NO.019:記憶の果ての赤い空

「それじゃあ生徒さん方は、一度教室に戻ってください。制服に着替えてもらって大丈夫です。少ししたら、順番にお話しさせてください」

トラ柄の猫の姿をした警察官に言われて、A組の面々はぞろぞろと歩き出す。

「ありがとう切島くん、もう平気」
「あ、お、おう……」

ずっと私を支えてくれていた切島くんに礼を言って離れると、彼は何か言いたげに曖昧に頷いた。
そのまま男女に分かれて更衣室に入り、教室へ戻ると程なくして女性の警官がやって来て、ワープゲートに飛ばされたエリア毎に詳しい話を聞きたいから、順番に空き教室まで来て欲しい、と説明した。

「じゃあまずは、オールマイトさんの近くで主犯格3名と相対した子たちはこっちに。長くなるかもしれないから、先にお話聞かせてね」

その言葉を聞いて、爆豪くん、轟くん、切島くんと私の4人は立ち上がって、女性警官を先頭に教室を移動する。

「さっきの刑事さん、知り合いか?」
「ん……まあ」

先程の塚内さんのやり取りをすぐ横で聞いていたであろう切島くんが当然の疑問を投げかける。

「5年前……っつーと、俺ら小5か」

あーこれ、話さなきゃいけないやつかな。
そりゃそうか、気になるよね。
だけど本当のこと知られてまた腫れ物扱いされるのは、嫌だな。

そんな思考を巡らせながら、あー、とか、えー、とか言い淀んでいると切島くんが「言いたくねえなら無理強いしねえよ」と気を遣ってくれて、反射的に否定してしまう。

「違うよそうじゃなくて! あっ……と、その、5年前ね、ちょっと事件に巻き込まれたことがあって、その捜査のときに少し話した以来だから、知り合いかっていうとそうでもないなーとか……」
「そうだったのか。けどそれ以来にしちゃ、あの刑事さん親しげだったよな」
「あー、分かんないけど、もしかしたら消太くんとは仕事柄よく会ってるからかな?」

そう答えると、私と警察のお姉さん以外の男子3人が同時にピタ、と足を止める。
予想外の動きに、私の目の前を歩いていた轟くんの背中に激突してしまった。

「わっと、轟くんごめん。え、ど、どうしたの3人とも」
「……たしか相澤先生、消太って名前だったよな」

恐る恐る、と言った風に轟くんが振り返ってそう私に問う。
なんで今そんなこと聞くんだろう、と一瞬考えて漸く、うっかり相澤先生を名前で呼んでしまったことに気がついた。

「あら、それじゃああなたが噂のイレイザー・ヘッド・ジュニアなのね」

一番先頭を歩いていた警察のお姉さんが振り返ってそう言い放つ。
全員の視線がお姉さんに向けられたところで「ジュニアなんて呼ばれてるからてっきり男の子なのかと思ってたわ」なんて呑気に笑っている。
えっなにその呼称、私も初耳なんですが……!

「替場、お前……相澤先生の隠し子かなんかか」
「いやそんなわけないでしょ冷静になって轟くん、ただの従兄だから!!」
「コネ入学かよ」
「そんなわけないでしょ爆豪くん、たしかに合格するとは思わなかったしまさか従兄が担任になるとは微塵も思ってなかったけど」

真面目な顔でトンデモ発言をする轟くん。
本気で勘違いしてそうだったので強めに否定してしまう。
さすがに爆豪くんは冗談のようで安心した。

「サイドキックすら構えない個人活動主義のあのイレイザー・ヘッドが、時折子どもと行動してるのを見かけるって、私たち警察の間ではちょっとした都市伝説だったわ」
「そ、そうなんですか……お騒がせしてすみません、多分というか確実にそれ私だと思います」

子どものころはよく相澤先生について回って、ヒーロー活動の合間に相手をしてもらっていたので心当たりがありすぎる。
今考えると確かに、教師になる前は一人で活動することの多かった相澤先生が子どもを連れていたら物珍しいだろうと思うが、噂されているなんて思いもしなかった。




***





「──ほら交子、消太お兄ちゃんだよ」

どこか遠くで、声が聞こえた気がする。
小さな掌が、俺の小指を掴んで離さない。

「未来のヒーローに遊んでもらって、よかったなあ交子!」
「交子ったら、本当に消太くんが好きね」


そこはいつも幸せそうな笑い声に満ちたりていた。
小さな両手で制服の裾を掴んで駄々を捏ねるその子を抱き上げてやれば、キャッキャと嬉しそうに生え揃ったばかりの歯を見せる。

正直子供は苦手だった。
思うように意思の疎通が取れないし、いつ癇癪を起こすか分からないし、どう接するのが正解なのかいつも迷う。
それでも頼りない足取りで必死に俺の後をついて来る姿は、とても愛らしくて。
膝を折って視線を合わせてやれば、いつでも花が咲いたように笑うその子だけは、とても特別な存在に思えた。

「消太くん、交子を頼む」

俺の両肩を掴む手に力を込めて、その人は真っ直ぐにそう言った。

「君はヒーローだろ」

「この子を守れるのは君だけだ」

「頼んだよ、イレイザー・ヘッド」


その人はそう言い遺して俺の前から姿を消した。
交子の父親の最期の言葉だった。



相澤はゆっくりと意識が浮上して行く感覚を覚えて、夢を見ていたことに気付いた。
──昔の夢、なんて。
らしくない。
歳を取った証拠だろうか。

ゆっくりと目を開けようとして、これまでにないくらい目蓋が重いことに気がついた。
ほんの僅かな筋肉を動かすだけでもビリビリと電気が走るように全身に痛みを感じて、相澤は思わず長く細い息を吐く。
その痛みは意識を失う前の記憶を手繰り寄せ、それは相澤をひどく焦燥させた。

「消太くん、分かる? 目、覚めた?」
「……交子……」

枕元から囁くような声が聞こえて、安心したような、後ろめたいような、なんとも形容し難い気持ちになった。

──守ると約束したのだ。
ちゃんと、守れたのだろうか。

相澤の瞳は未だ上手く焦点を合わせることが出来ずに宙を彷徨っていた。
ぼんやりと左側に人影を見つけて、彼はそれが交子だと理解する。

相澤が包帯でぐるぐる巻きの腕を頼りなく持ち上げたので、交子はそっとその手を取った。
彼はもそもそと口元を動かして、そこから酷く掠れた声が漏れる。

「……が、は」
「……え?」
「怪我は、してないか」

交子ははっと息を飲んだ。
怪我人が言う台詞だろうか。
こんなにボロボロになっても。

「……してないよ」
「そうか……」
「クラスのみんなも、無事だから安心して。消太くんのお陰で、みんな助かったから」

相澤は頷く代わりに少しだけ左手に力を込める。
僅かに指が動いただけだったが、交子が握り返してきたということは、恐らくちゃんと伝わったのだろう、と一人安心する。

「先生呼ぶね」

交子はじわりと迫り上がる涙を隠すように明るく言って、病室を出た。
気持ちを落ち着かせるために深く呼吸をして、それでもやっぱり堪えきれなくて、大粒の雫が何度も交子の頬を伝っていく。

集中治療室でたくさんの管に繋がれて、全身包帯だらけの状態でベッドに横たわる相澤を目の当たりにしたときは、胸を抉られるような気分だった。
一命は取り留めたと聞いていたし、リカバリーガールの治癒が終わるころには容体も随分安定していたが、それでも「もしかしたら少し目を離した隙に急変してしまうのではないか」とか、ついいろいろと余計なことを考えてしまって、相澤が意識を取り戻すまでずっと気を張りっぱなしだった。生きた心地がしない、というのはきっとこういう感情を言うのだろう。

私は消太くんに助けられてばかりの人生だ。
医師の診察が終わるのを待ちながら、交子は思う。

消太くんは両親のいない私を気にかけてしょっちゅう施設に顔を出してくれた。
5年前の事件のショックで学校に通えなくなった私を支えてくれたのも消太くんだ。
ヒーローになりたいなんて子どもじみた我儘を、馬鹿な夢だと笑わず応援してくれたのも。

そして。私の中の一番古い記憶の中で、私を抱き締めながら声を殺して泣いていたのも、消太くんだった。

消太くんは命の恩人で、心の支えで、私の憧れだ。

──消太くんが、生きててよかった。
今は、ただそれだけで頭がいっぱいで、しばらくはそこから動くことすらままならなかった。

─ 記憶の果ての赤い空 ─


- 1 -
prevnext

章一覧しおり挿入main