今の自分にできることはすべてやったつもりだ。
しかし正直なところ、実技試験では合格を確信できるほどのポイントは稼げていない。
私は一人長い長い息を吐いた。
合格発表は郵送されて来るはずなのだが、いつ届くのかと気になってずっとそわそわしっぱなしだ。
「交子ちゃん、相澤くんよー!」
落ち着かない気持ちを引っ越しの準備で紛らわしていると、エツコ先生が玄関の方から声を張ってそう知らせた。
「はぁい」と間延びした返事を返して玄関へ向かうと、ラフな格好の消太くんが「よ」と軽く手を挙げる。
今日は一緒に新居の契約に行くのだ。
雄英に受かろうが落ちようが、
施設を出ることには変わりない。
消太くんが用意してくれた車の助手席に乗り込むと、彼は運転席から、からかうように私の表情を伺ってくる。
「合格発表が気になって仕方ない、って顔だな」
「だって、到底自信ないもん」
「筆記の自己採点は」
「そっちは合格圏内、問題は実技」
「だろうな」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて運転する消太くんに、交子は思わず眉を寄せる。
くそう、こっちの気も知らないで。
「ホレ」
「なに、……!?」
「気になって仕方ないんだろ?」
運転席から渡されたのは白い封筒。
よく見ると封蝋には雄英の校章が入っている。
「ちょうど届いてたんでな。エツコさんから代わりに受け取ってきた。俺がいた方が落ち込まんで済むだろってな」
「落ちる前提……まあ分かってますけど」
項垂れながら鞄に封筒を仕舞おうとすると、消太くんは意外そうに眉を上げる。
「なんだ、見ないのか?」
「後でゆっくり落ち込むからいいんですー」
「ちなみに受かってるから安心しろ」
さらりと告げられたその言葉で、私はしばらく思考が停止する。
空耳? はたまた幻聴か?
信号が赤になり車がゆっくり停車するのと同じく消太くんを盗み見る。
「はじめから落ち込むが必要ないなら、先に知らせた方が合理的だろ?」
「……ほんとに、そういうとこだよ消太くん」
人が気にしていることを合理化するためにあっさり告げるなんて。
しかも絶対に私の反応を楽しんでいる。
「まったく配慮に欠けるよね、先生としてどうなの」
「今はまだただのイトコだろう。隣でうじうじされるこっちの身にもなってみろ、面倒くさい」
「ひどい」
親しき中にも礼儀ありという言葉を知らないのかこの人は。
……まあ、消太くんが壁を作らないでいてくれるおかげで、私は気兼ねなく話せるのも事実だけど。
「ま、まずは一歩。夢に近付けたんじゃないか。本当に大変なのはこれからだが、とりあえず合格おめでとう」
「……うん、ありがとう」
改めてそう言われると、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
合格通知は改めてゆっくり確認することにした。
未だ未開封のままの封筒を眺めていると、込み上げてくる笑みを堪えきれなかったようで。
消太くんから「……なにニヤついてんだ、着いたぞ」と呆れたように言われるまで、駐車場に入ったことすら気付かなかった。
「交子」
名前を呼ばれて顔を上げると、先程より幾分か真剣な表情の消太くんに、こちらも少し身構える。
「これはお前が自分自身の実力で勝ち取った合格だ。胸張って喜べ」
消太くんの腕がすっと伸びたかと思うと、私の頭を雑に撫でてくる。
「もっと自分に自信を持っていい。お前は強くて優しい子だから、必ずいいヒーローになるよ。プロの俺が保証してやる」
ああ。
この人はいつもそうだ。
私が欲しい言葉をちゃんとくれる。
思わず溢れてしまいそうになる涙を、零すまいと必死に堪えた。
さっきまで散々からかってきてたくせに、急に真面目な顔でそんな言葉を並べるなんて。
─ ずるい ─
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