交子は高まる鼓動を鎮められないまま、雄英の門をくぐる。
四月。いよいよ高校生活のスタートだ。
クラス割を確認すると1年A組に交子の名前があった。
合格という結果がなにかの間違いじゃなければいい、と日に何度も願う毎日とはこれでやっとおさらばできる。
相澤に半強制的に結果を聞かされた後、施設に帰ってから封筒の中身も確認した。
文書ではなく、タブレットのようなものから映し出された小動物系の校長から「合格だよ!」と発表されてもなお、実は手の込んだドッキリなんじゃないかと疑って何度も再生した。
夢でもドッキリでも間違いでもなかった。
交子は今日から、正真正銘あの名門・雄英高校の生徒なのだ。
下駄箱にローファーを入れ、上履きに履き替えようとしたところでやってきた人影になんとなく目を向ける。
「あ、爆発くん」
「ア?」
不機嫌そうに歪められた表情で、やっと心の声が漏れてしまったことに気付いた。
「誰だテメェ」
「あー、えっと、替場交子です。入試のときに見かけたから、つい」
彼は交子をひと睨みして自分の下駄箱を探す。
横目で交子の様子を探るように盗み見た後に、何も言わずに靴を履き替える。
「……えっと、A組なんだよね? よろしく」
「見りゃ分かんだろ、どけモブ」
交子は一度ならず二度までもモブ扱いされたことに多少なりとショックを受けつつ、仰る通り、と慌てて通路を空けた。
廊下の貼り紙を頼りに1年A組までなんとかたどり着くと、教室にはなんとも言えない緊張感が漂っていた。
「おはよう! 俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
飯田と名乗った背の高い彼の自己紹介に若干気圧されながら、交子も挨拶を返すと、その背後から「あっ!」と女子の声が上がった。
「あ、入試のときの」
「同じクラスだったんだ、よかったよ会えて。あのあと、ちゃんとお礼言えないままだったからさ」
声をかけたのはショートカットの女子だ。
実技試験のときに、交子に助けられたことを気にしていたらしい。
「ウチは耳郎響香。よろしくね」
「私替場交子。よろしく」
しばらく耳郎とあれやこれやと話していると、廊下の方からふと耳に入った聞き覚えのある低い声。
「友達ごっこしたいなら他所へ行け」
まさか。
いや、そんなまさか。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
─ たぶんきっと校長の悪戯 ─
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