誰に言われたか、あまり所作が美しくない、と言われたことがある。
誰に言われたかも思い出せないのに、それはしっかりと脳裏にこびりついていて、呪いのように自身を蝕んでいる。
だからこそ二度と言われぬようにと徹底的に色々な作法や所作を直した過去がある自分に、「弟がいるんだけど」と切り出したのはその過去を知っているアルベドだった。
「少し、動作が不慣れなようなんだ。ボクがつきっきりになるわけにもいかないから、時々、教えるか、補佐をしてくれない?」
ドゥリンという弟のことは話を聞き及んでいて、それに快く頷いた。
後日、アルベドの紹介により初めて知り合った彼はひどく不安そうな顔でこちらを見ていた。
鮮やかな色合いの瞳と、柔らかな髪の青年は、アルベドが言った通り、動作が不慣れなようで、最も不慣れであったのが、食事だった。
スプーン、フォーク、ナイフ、その用途と食事作法を見た時、自分はとても驚いた。
彼の食器を持つ手付きは危うく、アルベドが気にかけてやって欲しいと告げた理由もわからなくはない。
四苦八苦している彼を可愛いと思い、そしてとても親近感を覚えた。
自分が、誰に言われたかもわからない、所作について言及された時、それは食事中であったからだ。
そして自分が最も直すのに苦労したのが食事の作法であり、直した今ですらコンプレックスで、今でも人と食事をする度に思い出す。
それ故に起こる、人に自分の所作を汚いものだと思われたくない緊張は、人と食事を取るときに、食事の味、人との会話を楽しむことを忘れさせ、いつだって自分を苦しめた。
呆れる程、単純な理由だったが、自分がドゥリンに対して親しみを覚えるには十分だった。
前以上に話しかけ構うようになったこちらに、ドゥリンはかなり困っているようだったが、拒絶されることもなかった。
約束をしている訳ではないが、昼食をぼんやり共にすることが増え、ドゥリンは自分が作った所作なんて気にしないで済む簡単なものをいつも喜んで食べてくれていたし、未だにうっすら手付きは危うく、自分は食事中に所作を気にする緊張感を忘れることが出来た。
そんな日が幾日続いた時、街中で食事をするアルベドとドゥリンを見つけた。
彼らは何かを話し合いながら、鹿狩りの今日のおすすめのメニューを食べている。
けれども、それ以上に自分の目を引いたのはドゥリンの手元だった。
それは自分なんてもう必要ないぐらい、その所作は完璧で綺麗だった。
■
何となく、騙されたような気分になり、あの時以降話しかけることが少なくなった。
自分の前で見せてくれていた手付きの危うさはなく、彼は他の動作は既に補助を必要としないレベルに到達している。
自分の存在は不要であり、彼の見せていたあの不慣れさは何だったのかよくわからなかった。
ドゥリンと食べることをやめた昼食は、前と同じようになってしまった。
彼と食べることは好きだった。気兼ねが無かったし、気にせず食べれる食事は楽しいものだと初めて知った。
自分が突然話しかけた時に拒絶しなかったのだから、突然離れても何も言わないだろうと思ったが、それは予想を反することになる。
「いた!」
昼食の時間、ぼんやりとテイクアウトの食事を持ちながら帰路についていた時、上から影が降ってきて、自分の目の前に落ちてくるように着地した。
急いでいたのか、かすかに息を荒げた彼が、驚きに目を見開いたこちらに素早い動きで歩み寄ってくる。
「ボク、何かした?」
真っ青な空の下には似つかわしくないほど、彼の顔は弱り切っていた。
眉は寄り、呆然としているこちらの手の中にある包み紙で覆われた食事を見て、更に眉を下げた。
直接自分を尋ねてくることは意外だった。けれど、弱り切った声と顔を見て、観念し、「実は」と切り出した。
食事の手付きの話をしたとき、ドゥリンは薄々察していたのだろう。
彼は慌てて「違うよ!」とおろおろと声を上げた。
「あのね、キミが嬉しそうにしてたから。キミがね、嬉しそうにするのが、嬉しかったんだ」
いつも訥々と話す彼がそう言葉を吐く。
食器をうまく使えない。意外なことで思いがけず親愛を向けられて、それ以降何となく食器の扱い方を意識するようになってしまった。
そう困った顔で、弱々しく零すドゥリンに、自分は本当に情けない気持ちになった。
とっくに綺麗に使えたのに、わざと変な持ち方をさせてしまっていた。
その責任の重さを理解してしまい、荒れ狂っていた幼稚な感情が方向性を失い霧散する。
「ごめんね。ごめん……」
自分の綺麗に持てなかった劣等感が、他人にそれを強制させた。
それは幼稚な押し付けであり、この純朴な青年に向けて良いものではなかった。
けれども、謝り、俯いたこちらに、ドゥリンは手を伸ばし、掴んだ。
「ボク、またキミと食事がしたいよ」
「……いいの?」
傷つけたのは間違いないだろう。突然避け始めた自分に対して、こうして直接話しかけに来るぐらいには彼に考えさせてしまったのは事実だった。
しかし、それにドゥリンが、柔らかな紫色の髪を揺らして頷く。
「うん」
「……ごめんね。傷つけて」
それに、彼は気にしなくていいとばかりに首を振る。
「また一緒に食べようよ」
柔らかく無垢に笑う、人の良い青年に、自分は泣きそうになりながら「うん」と頷いた。