霧はらい駆ける前途
母の葬儀が終わり、刀が届くまでの間、晄夏が修行を休むことはなかった。甘田が無理をするなと声をかけても、晄夏は「大丈夫です」の一点張りだ。
この世から鬼を滅殺しなければいけない。大事な人々の平穏を脅かす存在などあってはならない。速くならなければ、速くなければ間に合わない。
そしてやたら睫毛が長いひょっとこの面を付けた刀鍛冶──
「
「あの、刀を……」
「おやおや、ウフフ。神秘に興味がおありですか、そうでしょうね、そうでしょうとも。私、刀を見れば遣い手の全てを見通してしまうのです、ええ」
鐵艸はびっくりする程人の話を聞かなかった。自分が打った刀を包みから出すでもなく、挨拶をしたかと思えば一人でずっと喋っている。その上、勝手に晄夏が最終選別で使用した刀を、家中漁って見つけ出し、その長い睫毛を切り落としたいのかと思う程に顔を近づけて観察した。
よく、分からない人が来た。晄夏は困り果てて甘田を見たが、甘田も困り果てていた。
「貴方、長男でしょう」
「!」
刀から目を離すことなく、鐵艸は言う。晄夏も甘田も驚いて顔を見合わせたが、すぐに偶然だろうと思い直す。
そんな師弟を気にとめず、鐵艸は「ホホホーウ」と続ける。
「責任感が強い。勇気もある。けれど、肝心な時に迷いますね? 失敗を恐れて一歩及ばない。フムフム、良く言えば慎重。悪く言えば……アー、女々しい臆病者の意気地無しの優柔不断野郎ですか」
「お前! よくも儂の弟子にそんなことを!!」
「私に分からぬ事は無いのですよ、ええ」
自分を肯定する様に頷く鐵艸。晄夏が最終選別で使った刀は元々甘田の物である。握ったのは一度きりなのに、そこまで分かるのかと晄夏は大層驚いた。同時に物凄く罵倒されたので傷つきもした。
「悔やんでいますねぇ、悔みますねぇ。最終選別で死体を見て、助けられればよかった、ですか。ホホ。無理な事は無理なのです。無数の事を成すなど無理な話なのです。私が無限の刀を打てぬ様に。過去ばかり振り返っても仕方がないのですよ。若造」
「…………」
「優柔不断、後ろ向き、フーム……では貴方に進呈する刀は此方です。折ったら殺します。勿論です、当然です」
鐵艸は包みを解き、刀を一振り晄夏の前に差し出した。最終選別後に晄夏が選んだ玉鋼は一つだけだったが、何故か鐵艸は三振りの刀を用意していた。
「サァ! サァ! 刀を抜いて! 早く早く!」
「え? は、はぁ……」
不思議と手に馴染むその刀。鞘から抜くと、刀身に根元から青白い稲妻が奔る。鐵艸は「ホーウ!」と甲高い梟のような声を上げた。
「美しい雷! 好い物を見ました! ではでは。地を穿つ天雷の如く、迷いを断ち切る刀を、貴方に」
ぺこりと丁寧に頭を下げた鐵艸。晄夏もすぐ様それに倣って礼を述べる。
「ありがとうございます、鐵艸さん」
「良いのです! その刀に刻みますよ、私は。悪鬼滅殺と。ええ。その刀に刻むのです。その、刀に」
折ったら殺す。
最後にそう告げた鐵艸は、軽い足取りで踊るように歩きながら帰って行った。嵐みたいな人だ、タチが悪い……。晄夏はしみじみとそう思った。
晄夏に与えられた鎹鴉が高らかに任務を告げる。隊服に着替えれば、今この時から晄夏は正式に鬼殺隊士だ。
「晄夏」
「はい」
玄関に立ち、今まさに発とうとしている晄夏に、甘田は何と言うべきか分からなくなった。何かを言わねばと思って名を呼んだものの、振り返った晄夏はもう充分立派で、──同時に迷子のような幼さを幻視する。
思い詰めなくていい。いつでも帰って来ていい。……違う、師として言うべき言葉はこれじゃない。
「新鎧晄夏。その呼吸に恥じぬ躍進をしなさい」
「はい、師範。本当にお世話になりました」
深く頭を下げる晄夏。妹たちと同じ姓を捨て、他人としてこれからの人生を歩むことを決断した。甘田は晄夏の意志を知っていたし、師弟関係であると言えども口を挟むことはしなかった。だが、本当にいいのか、寂しくはないか。そう問いかけたくなる時がある。
「カァー! 南南西ー! 南南西ヘ迎エェー!!」
鎹鴉が急かすように晄夏の肩の上で羽ばたく。ベシベシと頑丈な羽根が頬に叩きつけられた。
「それじゃあ、行って来ます」
「ああ、行ってらっしゃい」
最後にもう一度甘田に向かって頭を下げ、晄夏は走り出した。