あずかり知らぬ誓い

 柱となった晄夏が求めたのは、屋敷と『妹たちが向こう五十年困らないだけの金』である。
 給料は自己申告で、当主である産屋敷耀哉から「好きなだけ言っていい」と言われ、晄夏はすぐにそう言った。耀哉は快く了承し、晄夏は心の底から感謝した。これで自分が死んでも、妹たちが路頭に迷うことは決してないのだと。

 晄夏が管理する通称『鳴屋敷』は、生活拠点と隊士たちの稽古場を兼ねている。継子を持たない代わりに、鳴屋敷にやって来た隊士は晄夏が稽古を施す。たとえ晄夏が留守でも、隊士同士で鍛えられる。少しでも鬼殺隊士の生存率を上げる為だった。


「お兄ちゃん、お昼出来てるよ」
「ああ、もうそんな時間か。ありがとう」

 ──再会した妹は鳴屋敷で女中のようなことをしている。
 鬼殺隊には絶対に関わらせまいとしていたのだが、妹は晄夏が無理矢理家に帰した後、事後処理にやって来た隠を見つけて鳴屋敷までやって来たのだ。

 事情を知らなかった隠に罪はない。結局晄夏が根負けする形で、『今後何があっても鬼殺隊には入らない』という約束をして一緒に住んでいる。上の妹は貰い手が決まり、家を出たそうなので寂しかったのだろうか。

(優柔不断……優柔不断……)

 晄夏の刀を打った刀鍛冶・鐵艸かなくさに、かつて言われたことを思い出す。
 鳴屋敷に突撃されたのだとしても、きちんと意志を貫くならば横浜に追い返すべきだった。だが迷ってしまった。妹の涙に心が揺らいだ。徹底して突き放すことができなかった。

 鐵艸は『悪鬼滅殺』の文字を刻む時に大層喜んでいたが、その際にも「前を向きなさい」と念を押すように言っていた。鐵艸は変な人だが──本当に変な人だが──その言葉は、間違っていない。

(遠くで幸せになってくれと思っていたけど……まあ、いつか晴れ姿を見られると思えば……)

 鳴屋敷の近所に住む農家の方々と協力して食事を作ってくれる末の妹は、それはもう良い嫁になることだろう。数年経てばきっと美しい娘になるに違いない。その未来を守らなければ、他でもない自分が。

「鳴屋敷ニモウ一人、隊士ガ向カッテルゾ! 女性隊士ィ!」
「女性? 珍しいなぁ……。分かった、妹にも伝えておいてくれ」
「ハァイ!」

 年々胸筋が成長している晄夏の鎹鴉である。
 隊士たちと一緒に俺も休憩しよう。長く息を吐いて、肩を回しながら縁側へ向かう。屋敷の大広間からは「美味い!」「最高!」「おかわり!」という声が聞こえてきた。そうだろうそうだろう、と一人頷く。

 柱である自分がいると緊張してしまう隊士もいるので、食事はいつも別の場所で摂っている。食事と風呂と睡眠の間は心を休めて欲しい。任務に出たら常に気を張らなければならないのだし。

 鳴屋敷の庭は晄夏の自慢だ。庭を眺めながら縁側で握り飯を食べる。ささやかな幸せだ。──以前会った隊士には「地味だな!」と言われたが、幸せの価値観は人それぞれである。その際は桜が満開になった頃に呼びつけて、握り飯と緑茶を与えて黙らせた。
 桜もあれば、松、梅、紅葉に牡丹、紫陽花、朝顔──春夏秋冬、鳴屋敷で花が咲いていない日はない。

「鳴柱様?」

 胸を高鳴らせる、澄んだ鈴の音が背後から聴こえた。湯呑を持とうとしていた手が止まる。

「本日よりお世話になります」

 ──人の記憶は、声から失われていくそうだ。どれだけ大切に想っていても、その内に心の中でさえ話してくれなくなる。けれど、思い出せないだけで、無くなってなどいないのだろう。晄夏はそう確信せざるを得なかった。

 なにせ、もう何年も聴いていないはずの声を、たった一言で思い出せたのだから。

「胡蝶、」
「カナエちゃん……?」

 意を決して振り向く。お互いの顔を認識し、カナエは目を丸くした。晄夏は、泣きたくなった。


 強く、強く、心の底から望めば、それが叶うだなんて。一体誰が言い出したのだろう。