万殊の心の語らい

 鬼殺隊の黒い隊服に身を包み、日輪刀を腰に佩き、想い人は晄夏の目の前に現れた。
 記憶の中の彼女よりも、さらに美しくなって。

 現実は受け止めなければならない。晄夏は努めて冷静に、落ち着いて、鳴柱としてカナエを歓迎した。

「ようこそ、鳴屋敷へ。稽古場の設備は階級関係なく、好きなのを使っていい。勿論、俺も稽古をつけるから、存分に身体を鍛えてくれ」
「……はい、ありがとうございます。鳴柱様。胸をお借りします」

 鬼殺隊士としての会話の後、二人は黙り込む。聞きたいことは山ほどあった。だが、どう切り出したものか。毎夜鬼を狩り続けたのは、彼女の平穏を守る為だった。

「…………ここは花が綺麗だろう?」

 晄夏は縁側に二枚の座布団を並べた。

「話そうか、時間が許すだけ」
「ええ……そうね。昔みたいに」


◇◆◇



 カナエとの再会を果たした数日後、晄夏は岩柱・悲鳴嶼行冥の家へ訪れていた。

「カナエとしのぶを助けてくださり、ありがとうございました」

 悲鳴嶼と顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに頭を下げた晄夏に、悲鳴嶼は困惑した。額を地面に擦り付けんばかりの勢いの晄夏を客間に招き入れ、「知り合いだったのか」と問う。

「はい。大切な幼馴染みなんです。悲鳴嶼さんがいなかったら、俺は知らないうちに彼女たちを失っていたところです」

 カナエとしのぶの両親を悼みながらも、晄夏は決して悲鳴嶼を責めることはしなかった。幼い時分に親交があったのなら、どうしてもっと早く駆けつけてくれなかったのかと、当事者でないからこそ責めてもおかしくはないのではないか。悲鳴嶼が黙っていると、晄夏は鎹鴉を呼び寄せる。

「俺ね、鬼殺隊に入ってから、故郷と妹たちがいる場所の情報はずっと集めてたんです。どこにいても、鬼が出たのならすぐに斬れるように……。あちこち飛び回ったおかげで鎹鴉の胸筋が物凄く育っちゃって」
「胸が……」

 悲鳴嶼の手に鎹鴉の胸が触れる。優しく撫でれば、確かに立派な筋肉がそこにはあり、悲鳴嶼は本当に鴉なのかと疑わしくなった。鳩の間違いでは? と言いたくなるほどの鳩胸が出来上がっていた。

「一週間しか経ってません。俺が情報を聞いてから。俺のあずかり知らぬ所でおじさんとおばさんは亡くなった。カナエとしのぶは鬼殺隊に入った」
「……新鎧」
「俺はいつも間に合わない。母さんが首を吊った時も、俺は藤襲山にいた。何も知らずに」

 鎹鴉は再び飛び立っていく。目の見えない悲鳴嶼には、晄夏が今どんな表情をしているかは分からないが、彼がひたすらに自分を責め続けているのは分かった。

「鬼の存在なんて御伽噺だと思って、ずっとずっと、幸せに生きていて欲しかった。そう願うことは、特別なことですか? 許されないことですか?」

 晄夏の目から零れた涙が、強く握り締めた拳に落ちる。

「悲鳴嶼さん、二人を助けてくれて、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」

 悲鳴嶼は思う。晄夏の胸を占めるのは悔恨と罪悪感なのだろうと。
 自分がもっと短い期間で情報収集をしていたら。もっと早く気づいていたら。もっと強ければ。──人がたった一人で成せることなど少ないものだ。晄夏が悔しさに喘ぐ、『出来なかった事』を誰も責めたりはしない。

「……新鎧、カナエの願いは聞いたか」
「はい」
「お前は、どう思う」

 鬼にさえ同情する心優しき──やさしすぎる少女。悲鳴嶼は「鬼も救いたい」というカナエの願いを聞いた時、彼女に向かって「正気の沙汰ではない」とさえ言った。目の前で両親を殺されているのに、そんな願いを抱くのだ。

「……鬼は、元人間だというのなら、人間の汚点を表に出したような生き物だと、そう思います。人を喰らって嗤っている。娯楽目的で傷つける。意地汚らしい、醜い生き物だ」

 悲鳴嶼は頷いた。鬼殺隊においては、カナエが異質なのだ。ほとんどの隊士は鬼を憎み、軽蔑し、その滅殺を望んでいる。「ですが」晄夏が言葉を続けた。

「俺は彼女の意志を尊重します。鬼を斬らずに済むのなら、そんな未来があるのなら……争いは起きない方がいいですから」
「……そうか」

 悲鳴嶼が再度口を開くより先に、晄夏の鎹鴉が高らかに鳴いた。晄夏はいそいそと立ち上がる。

「すみません、急にお邪魔して」
「いや構わない」
「また米を持って来ますね」
「ああ」

 去り際、晄夏は思い出したかのように悲鳴嶼に振り返って言った。

「悲鳴嶼さんがいてくれてよかった。それを伝えに来たんです。じゃあまた、柱合会議で!」