永きに遺る物故

 店先で唸る謎の男。もう一刻は居座っているし、悩んでいるのは何となく分かるがひたすらに怪しい。店員はそろそろ警官を呼ぼうか悩んでいた。

帽子を目深に被った怪しい男──もとい、新鎧晄夏は、ほとほと困り果てていた。

 先日、鎹鴉が持ってきた手紙に、カナエが花柱に就任するという旨が書かれていた。同じ柱として喜ばしい反面、より危険な任務に赴くこととなれば祝福しきれない。そんな複雑な気持ちを抱きながら、しかし祝うと決めたのだ。
 そこで何か贈り物をしようと考え、様々な装飾品が並ぶ店にやって来たのだが、どれがいいのかさっぱり分からない。どれも似合いそうだが、結局カナエの美しさを引き立てるには至らないのでは。そう思えて仕方がない。

 カナエは綺麗だ。昔から綺麗だったが、年を経てさらに磨きがかかった。幼い時分に蝶の妖精だと見紛ったのも無理はないというもの。今は女神とか、そんなだろうか。

「これは……いや、こちらも……」
「よーォ! 地味に悩んでるじゃねーか」

 突然、背中を強めに叩かれる。好奇心に満ちた顔を向けているのは、音柱の宇髄天元だ。

「なんだ、宇髄か。奇遇だなぁ」
「なんだとはなんだ。天下の鳴柱様がなーに悩んでんだ?」
「いやあ……」

 本人からわざわざ聞かずとも、女絡みであるということは店を見れば分かる。あまり女っ気の無い奴だと思っていたが……、宇髄はニヤリと口角を上げる。

「仕っ方ねぇなァ! ここは祭りの神であるこの天元様が、一つ脱いでやるか!」
「……あぁ、そういえば宇髄は奥方が三人もいたんだったか。うん、なら、御教授願うよ」

 奥方が三人ってなに? 派手な男の登場に戸惑う店員はさらに困惑した。

 晄夏は「何を贈ればいいか分からなくて」と切り出し、店先に置かれている物を指す。

「普段使いできる物が良いと思うんだが、ハンケチーフとか巾着とか。でも櫛や簪も綺麗で似合うと思うんだ。帯締めなんかもいいんじゃないかと……」
「ほーん? 候補はあんのか?」
「そうだなぁ……髪飾りならこれかこれ……」

 晄夏が手に取ったのは、どちらも蝶の意匠が施された物だ。宇髄に言わせてみれば、少々派手さに欠けるが、今回は宇髄が物を贈る訳ではないので口は出さない。致命的な感性をしているようであれば止めるつもりだったが。

「まあ悪くねェんじゃねーの? どっちも贈っちまえよ」
「こういうのは一つだから良いんじゃないのか!?」
「ンじゃあ、この二つを比べた時に、相手が付けてるのをより鮮明に想像できるのはどっちだ?」

 宇髄の言葉を聞き、晄夏は目を閉じて考え込んだ。

 どちらも似合うことは確かだ。だがどちらを付けているかを想像するとなると……。
 自分が贈った髪飾りを付けるカナエを想像する。青空を背景に佇むカナエ。その艶やかな黒髪に添えられた髪飾り。己が呼びかけると、振り返って笑顔を向けてくれる──……。なんて幸せな光景だろう。いやそうじゃなくて。脳裏に思い浮かべたカナエが付けているのは。

「……こっちだな。これを贈ろう。ありがとう、宇髄。助かった」
「礼なんかいンだよ。あーだが美味ェふぐ刺しでも食いてェ気分だなあ」
「悪い宇髄。俺、釣りはしたことないんだ」
「そうじゃねぇだろ。わざとか?」

 至って真剣な顔をしている晄夏。宇髄が頭を小突けば、「鳴屋敷ウチで食べたいんじゃないのか?」と返される。

「違ぇよ! 奢れって意味だよ、言わせんじゃねぇ!」
「あー……なるほどな! 良いぞ。美味い店を探しておく。奥方も一緒にな」
「おぉ……派手に太っ腹だな」

 店員を呼び、ハンケチーフも付けて会計を頼む晄夏。宇髄は、鳴屋敷近辺の農家が晄夏にお見合いを申し込んでいるという話を思い出し、バンバンと晄夏の肩を叩く。

「いやー、しっかしお前に恋人がいたとはなァ! 見合いの話を断るのもそれでか!」
「ん? 何の話だ?」
「あ? ……いやだから、それ、女に贈るんだろ?」
「ああ。幼馴染みに」
「…………ハァ!?」

 突如大きな声を上げた宇髄に、晄夏と店員は目を丸くする。通行人も、宇髄の声がよく通るので訝しげに、或いは不思議そうにそちらを見た。

「付き合ってねぇのか!」
「ないな」
「じゃあやめとけ!」
「えっどうして……」

 ガシッと肩を組み、顔を近づけた宇髄はこっそりと囁く。

「櫛はな、求婚する時に贈るモンなんだよ」
「…………!!?」
「後は『あなたの髪を乱したい』とかいう意味もな……」
「………………!!!!!」
「手巾もなァ、響きが良くねぇ」

 黙り込んでしまった晄夏を、宇髄は「本気なら問題ねェよ、な!」と励ます。まさか知らないとは思わなかったのだ。

「きゅ、きっ、求婚か……」

 晄夏は、幼い時にもカナエに櫛を贈ろうとしていたことを思い出す。事故の拍子で粉々になってしまった為に贈ることは叶わなかったが、求婚の意味があったとは。

「宇髄は……奥方を遺して、死んでしまうことは……考えたことあるか?」
「そりゃあな。だが地味にンな事考えてたって仕方ねェだろ。生きて帰りゃいい」
「そう……そうだな。宇髄の言う通りだ」

 伊達男は言うことが違う、と晄夏は冗談めかして言いながら、深く頷く。

「……よし! 俺も男だ、腹を括る! 前だ、前を向け、新鎧晄夏!!」

 両頬を強く叩いて自分を叱咤する晄夏。

「求婚の意味があるなら寧ろ好都合! ありがとう、宇髄!」
「まぁお前なら余程大丈夫だろうけどよ、フラれてもしつこくすんなよ」
「女性に対してしつこく結婚を迫るなんて、そんなことする訳ないだろ。というか、そんな男いるか?」
「さぁ? いるとこにはいるかもな」