交点に見る募った想い
──朝日に照らされる仲間たちの遺体。か細い呼吸を続けている友人は、晄夏の腕の中で、その体温を失おうとしている。呼吸で止血をするんだ、生きる事を諦めないでくれ。そんな言葉を投げかけるも、友人は薄く笑うだけだ。自分の事は自分が一番分かっている。もうすぐ死ぬんだ、弟たちの所へ行くんだ。
友人は言った。お前は努力家だから、きっと柱にもなれる。お前は俺の自慢だよ。
こんな時に何でそんな事を言うんだ。いつも自分の方が先に柱になるのだと宣言していたくせに。晄夏は歯を食いしばる。鬼の頸を斬る為だ、生き残る為だ。誰もが努力をしている。誰だって努力をしている。だってそうしなければ生き残れない。討つべき仇を前にして、犬死してしまう。
友人は言った。どうか、伝えてはくれないだろうか。
最後の力を振り絞って、懐から血に塗れた手紙を取り出す友人。鬼の攻撃で真っ二つに引き裂かれ、もう読むことはできないだろう。もうすぐ師範の誕生日だから、日ごろの感謝を伝えたかった。それはこの手紙だ。でも送れないから、代わりにお前が伝えてはくれないか。
どうして友人の頼みを断ることが出来るだろう。晄夏は手紙ごと、強く友人の手を握りしめた。
友人は言った。貴方に会えてよかった。貴方が助けてくれたから、俺には居場所ができた。顔を突き合わせると恥ずかしくなってしまって言えなかったけど、本当に感謝している。ありがとう。
本来ならば手紙の末尾に書いてあることなのだろう。そんな短い言葉を残し、友人は息を引き取った。生きている内に伝えたかった。その言葉が、晄夏の心に重く圧し掛かった。
昨日笑いあった人が、明日にはいなくなっているかもしれない。当たり前の日常を約束してくれる存在はいない。たとえ神様だろうが、あの人は明日もきちんと生きているよだなんて、教えてはくれない。
「──……様、晄夏様!」
溌溂とした声で、晄夏は目を覚ます。胃の腑が重くなるような、けれど大切で懐かしい夢を見ていたように思う。いつの間に寝てしまったのだろう、と大きな欠伸をひとつ。
「おはよう、アオイ」
「おはようございます。もう昼過ぎですが。お休みになられるなら、ちゃんと寝台で横になってください」
「いやあ、ここが日当たり良くて気持ちいいんだよ」
「貴方は肘が千切れかけているんですからね!!」
分かってるよ、と笑う晄夏に、アオイは溜息を吐く。
腹が破けて腸が零れそうになっていた。傷口は縫われていたけれど、それは応急処置に過ぎず。血は止まっていたからまだよかった。「大丈夫だよ。それより他のみんなは」と、話す度に口から血を溢れさせながら言う姿が恐ろしかった。──アオイは晄夏が死んでしまうのではないかと、本当に肝を冷やした。
「カナエは戻って来たかな」
「ええ、お呼びしましょうか」
「いや俺の方から……」
「いけません! 絶対安静です!」
絶対に動かないでくださいね! 絶対ですよ!! と釘を刺し、アオイは早足に去って行く。傷を癒す事が何よりも優先すべきであるというのは分かっているが、体力が有り余って仕方がない。素振りでもしようものなら、きっとアオイは髪の毛を逆立てて怒るのだろう。そんな様が容易に想像できて、思わず笑いが零れる。
カナエが管理する蝶屋敷は鬼殺隊士の病院も兼ねている。出来て間もないこの場所だが、既に多くの隊士が利用しているように思う。それだけ怪我をする隊士が多いという事実もあるが、やはり藤の家紋の家で医者を待つよりも、ここに入院した方が確実だという意識があるからだろう。蝶屋敷である程度機能回復を行い、完治した後に鳴屋敷へという流れも出来つつあった。
晄夏はアオイに言われた通りに大人しくカナエを待っていた。少しして、心配そうな表情のカナエがやって来る。
「晄夏君、身体の具合はどう?」
「ああ、問題ないよ。腹の傷はもう塞がったし、一週間もすれば腕もすっかり治るさ」
「そう……。なら、いいんだけれど」
俺は元気だよ、と怪我をしていない方の腕で力こぶを作ってみせれば、ようやくカナエは笑みを浮かべた。晄夏は饅頭やチョコレートやおかき、いつの間にか傍に置かれていたそれらを、半分に割ってカナエに差し出す。なほ、すみ、きよの三人がくれたのだろうと予想し、誰がどれをくれたのかをカナエと話しながら、世間話に花を咲かせた。
カナエと話すのは楽しい。話題に尽きる事もない。だが、一端会話が途切れたところで、晄夏は食べていたチョコレートを飲み込むと、改めて真剣な声音でカナエの名を呼んだ。
「昔、一度だけ伝えたこと、覚えてるかな」
春に。桜の木の下で。
覚えてなくてもいいと晄夏が言うより先に、カナエは静かに頷いた。瞬間、晄夏の心臓が大きく跳ねる。
「あの時から、俺の気持ちは変わらない。寧ろ、カナエに会う度に、想う度に……、……好きになるんだ」
意を決して口に出した言葉。自分は今、どんな顔をしているだろう。鬼を狩る為に視野を広く持つ様、普段から意識しているはずだが、今この時ばかりはカナエしか見えない。
「それで、遅れたけど柱就任祝いと一緒に……これを」
大切に持ち歩いていたそれを取り出す。絹の手布を掌の上に乗せ、親指を使って器用に開く。
そこには先日、宇髄に助言をもらって選んだ櫛があった。
「あ、あれっ?」
──あるはずだった。
ぽっきりと折れてしまっている櫛。晄夏は記憶を辿り、思い出す。先の任務で吹き飛ばされた隊士を受け止めた時……それとも血鬼術を躱したあの時……。懐にこれがあるからと、庇って動いていたはずだ。
「嘘だろ……。ご、ごめん、カナエ……これは、あの、また買い直して……」
「これ、貰ってもいい?」
「え?」
晄夏の手から手布ごと折れてしまっている櫛を受け取り、カナエは胸元で大切そうに握る。
「ありがとう、晄夏君。昔言いそびれてしまったけど、私も晄夏君と同じ気持ちなのよ」
「!! カ、カナエ……」
片腕が動かせないことがもどかしい。晄夏はカナエの手を握り、笑って言う。
「幸せだ、すごく」
「私もよ」
「また日を改めて、伝えさせてくれるか?」
「うん、待ってる」