明日の風来たる

 ──雷の呼吸・弐ノ型 稲魂
 ──風の呼吸・参ノ型 晴嵐風樹

 五回続けて行われる斬撃の内、不死川が辛うじて受け止められたのは四撃目のみだった。初動が凄まじく速い。受け止めようと思った時には既に攻撃が叩き込まれている。
 不死川は歯を食いしばり、木刀を強く握り締めた。

 ──風の呼吸・陸ノ型 黒風烟嵐
 ──雷の呼吸・伍ノ型 熱界雷

 下方から上方へ。不死川の放った斬撃はいなされ、もう次の瞬間には相手は次の型を繰り出そうとしていた。

 ──雷の呼吸・参ノ型 聚蚊成雷

 床に倒れ伏す。一度動くのを止めてしまうと、途端に激しい疲労が襲い、全身から汗が噴き出した。
 前に来た時もこうだった。不死川はそんなことを思いながら、少しだけ顔を上げて相手を見る。全くの無傷で息を切らすこともなく動き続けていた相手が、今回は不死川程ではないにしろ肩で息をし、何より羽織の端が少し破けている。やってやった、そんな思いで僅かに口角を上げた。

「お、まだ余裕がありそうだなぁ。もう一本やろうか?」
「あァ……!? 本気で、言ってンのかァ……!」
「避けた方がいい!」

 ──雷の呼吸・肆ノ型 遠雷

 横に転がることで何とか回避する不死川。「避けた方がいい」とは言いつつも、当てる気満々の攻撃に冷や汗を流す。

「ははっ。ほらな、まだ余裕がある」
「正気かァ、テメェ……」
「テメェじゃないだろ、一応先輩だしな。気絶したら止めるさ」


◇◆◇



 結論から言えば、不死川はボコボコにされた。木刀が折れた拍子に受けた攻撃で顔面は腫れ上がったし、本当に気絶した。次に目を覚ますと自身に毛布がかけられていたので、気遣いする場所が違うと抗議したくなった。

「お兄ちゃんが、すみません……」
「……いや……」

 疲労から、立ち上がることすら出来なくなった不死川が歩けるようになるまで二刻程。大広間ではなく客間に通された後は、彼の妹が申し訳なさそうに不死川の手当てをしてくれた。

 先の柱合会議が終わった後、人好きのする笑みで「ちょっと鳴屋敷に来い。なっ!」と圧をかけてきた鳴柱・新鎧晄夏。不死川が鳴屋敷に来たのは実に二度目のことだが、一度目は本当に手加減をしていたのだろう。ここで行われたのはちゃんとした稽古だった。先程のは鬱憤を晴らすとか、矯正とか、そんなである。
 とはいえ、『お館様に失礼な態度をとったから』という理由はあることだし、不死川もその点については深く反省した。岩柱の悲鳴嶼に至ってはお祓いを薦めてきたので、それに比べたらまだマシなのかもしれない。

「御食事を持って来ますね」
「おぉ」
「不死川ー、手当終わったか?」

 妹が出て行こうとした時、晄夏がお盆を持って現れる。お盆には良い匂いを漂わせる料理が、どれも大盛りで乗せられていたが、晄夏は妹に「勝手に台所入って!」と怒られていた。

「え、ご、ごめん……」
「お客さん用の箸はこれじゃないでしょ! もう!」

 妹に叱られて落ち込むその姿を見て、一体誰が不死川をボコボコにした張本人だと思うだろうか。不死川は笑いを堪える為に、血の味がするまで頬の肉を噛まなければならなかった。

 やがて箸も揃い、二人は食事をし始める。不死川は何故コイツと一緒に、と思わないでもなかったが、特に言及すべきことでもないので黙々と食べていた。

鳴屋敷ウチの料理は美味いだろ?」
「? そうだなァ」
「たくさん隊士が来るし、日本中から良い食材を集めてるんだ。料理は近所の方々にも手伝ってもらって……今やゆかりが台所の主だよ。勝手に入ると、さっきみたいに怒られるし」

 ゆかりというのは妹の名前か。眉を下げて笑う晄夏は、怒られると言う割にどこか誇らしげだ。

「美味い飯が身体を作る。健康な身体が心を支える。強い心が業を生む。──隊士たちには、もう一度ここの飯が食べたいって思ってもらわないとな」
「…………」
「もちろん不死川にもな。頼もしい柱が増えたんだ」
「こんなにしといてかァ」

 そう言いながら不死川はパンパンに腫れた自身の顔を指す。

「お館様にあの態度はない!」

 あっけらかんと言った晄夏に、不死川は言い返す事ができなかった。お館様へのあの態度。それに関しては本当に、何の申し開きもない。

「とは言え、別にボコボコにしたくて連れて来た訳じゃない。前に来た時より格段に強くなっていたけど、その分傷も増えていたのが気になってな」
「! 覚えてんのか、まさか、ここに来た奴全員?」
「いやあ流石にそれは……。ただ背中に『殺』って書いてある奴は不死川以外見ないよ」

 鬼どもを必ず滅殺するという意志の込められた不死川の羽織。それもそうか、と納得する。

「お節介かもしれないけど、あまり生き急いでくれるな。不死川は俺よりもずっと強い柱になるだろうから」

 そう言って眉を下げる晄夏に、不死川は一瞬言葉を詰まらせながらも、「どの口が言ってんだァ?」と返した。晄夏がボコボコにしたせいで、不死川は料理を片頬だけで少しずつしか食べる事ができていない。不死川は確かに柱になったばかりだが、こうも違うものだろうか。

「そんな気がするよ。言うなれば……勘、かな」
「勘だァ? ふわっとしてんな、新鎧さんよォ」
「不死川は律儀だな! さっきはああ言ったけど、敬称なんていらないよ」

 晄夏は早々に食事を終えると、不死川には「ゆっくりしてってくれ」と言って出て行く。腹は減っているのに、ゆっくりとしか食べられない不死川はその言葉に甘える。

 晄夏が出て行ってしばらく、竹刀や木刀を打ち合う音と隊士たちの声が、不死川がいる客間にも届いた。