旋律で辿る記憶

「買っ……えぇ?」
「なによ、文句でもあるの?」
「いやないけど……」

 蝶屋敷に新しくやって来たカナヲという少女。晄夏がどこで会ったのかと問えば、しのぶがやけにつんけんした様子で「買ったのよ」と答える。困惑を隠せない晄夏に対しても当たりが強い。何も悪いことをしていないのに。

「しのぶがお金をばらまいて、その隙に連れてきちゃったのよねぇ」
「ああ、なるほどそういう……。だから買ったか」

 カナエから詳細を聞いてようやく納得する。売買が成立しているのかと言われれば、していないのだろう。けれど、まあ。

「可愛いから問題ないよなぁ」
「そうなの! カナヲは可愛いのよ〜」
「ちょっと! 晄夏さんまでそんな理屈になってないこと言うの!?」

 よしよし、と妹にするように、晄夏はカナヲの頭を撫でる。しのぶ自身、縄に縛られていたカナヲを無理矢理連れてきたことに関しては、全く悪いとは思っていない。けれど、可愛いから大丈夫、可愛いから問題ない。一体全体どうしてそうなるのか。そんな理屈を持たないしのぶは顰め面のまま、やや乱雑に筆を置いた。

 その日、晄夏が蝶屋敷に顔を出すと、ちょうどカナエ達がカナヲの苗字を決めようと話しているところだった。
 カナエやしのぶが決めた姓を名乗ることを、カナヲは決して厭わないだろう。しかし、少しでもカナヲに自分の意志で決めることを促したいと、候補をいくつか用意した上で選ばせることにしたのだ。

 しのぶがそれぞれ違う苗字が書かれた紙を、カナヲの前に並べる。

「え、新鎧も入れるのか」
「選択肢が多ければ、カナヲがより好きなのを選べるでしょう?」
「まあ、確かに……?」

 自分の姓が候補に含まれているとは思っていなかった晄夏は、片眉を上げて困ったような顔をする。しのぶはしてやったりと口角を上げた。

「こちらから……『胡蝶』『神崎』『栗花落』『新鎧』『久世』『本宮』と読みます。好きなのを自分で選びなさい」
「…………」
「これ、私はこれがいいと思う!」

 端から読み上げられた順に紙を見るカナヲ。横からアオイがひたすらに『神崎』を推す中で、カナヲは『栗花落』と書かれた紙を手に取った。

「これは? これじゃなくていいの? ほんとにいいの!?」

 アオイは自身と同じ『神崎』と書かれた紙を指し、何度もカナヲに確認するが、カナヲは『栗花落』の紙を手放すことはなかった。「ほんっとーにいいの!?」と問いかけ、カナヲが小さく頷くと、アオイは残念そうにしながらも「カナヲがいいなら……」と身を引いた。

「栗花落カナヲか、良い名前だ」

 しみじみと頷いた晄夏は、「良い名前ついでに」と、懐から一つの箱を取り出してカナヲに差し出した。カナヲの隣にいたアオイは興味津々といった様子で覗き込む。

「カナヲ、よく見てるんだぞ」

 寄木細工の秘密箱。鮮やかな模様があしらわれたそれは、正しい手順でなければ開くことができない。途中「あれ、違う……こっちか!」となりながらも、晄夏は箱を開けて見せた。

「さらにさらにだ! この箱はここからが凄い!」

 晄夏は、箱の中に入っていた細長い棒を、箱の側面に差し込む。すると、キリキリという螺子の巻かれる音がしたと思えば、箱の中で曲を奏で始めた。アオイは感嘆の声を上げ、カナヲは目を丸くした。そんな二人の様子に、晄夏は得意気だ。

「カナヲ。この箱に、カナヲの大切な物を、思い出と一緒にしまうといい。記憶はどうしても薄れてしまうけど、きっとこの曲が、思い出を鮮やかにしてくれるよ」

 カナヲだけの秘密箱だから。
 そう言って、組み立て直した箱をカナヲに握らせる。カナヲは、箱と晄夏を交互に見ると、小さな声で礼を述べた。

「……あ、ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
「良かったわね、カナヲ」

 カナエの言葉に頷くカナヲは、早速箱を開けると『栗花落』と書かれた紙を折りたたんでしまった。その様子を晄夏やカナエ、しのぶが微笑ましく見つめる。

「自鳴琴入りの寄木細工なんて凄いわね、どこで買ったの?」
「この前刀鍛冶の里に行ったときにな。絡繰技師の人と会って、温泉饅頭と交換でもらったんだ。いやあ、色々見せてもらったけど、凄かったよ」

 寄木細工の秘密箱から始まり、螺子を回すと歩き出す絡繰人形。発条がどうとか、この歯車が噛み合うことでこの部分が、と懇切丁寧な説明を受けたが、結局晄夏にはよく分からなかった。

「ああ、でも……どれも凄い作品ばかりだったのに、この程度じゃ駄目だとか……直せないとか動かせないとか、何とか。随分悩んでるみたいだったなぁ」
「そうなの……。あまり思い詰めなければいいけど、職人さんの道に終わりはないってことなのかしら」
「多分なあ」

 ひょっとこの仮面を被ったその人に想いを馳せる。晄夏が思い浮かべた途端、横から睫毛バサバサのひょっとこが割り込んできたので、すぐに考えるのをやめた。