徒の行く末を拾うか否か
鬼は老いることもなく、どんな外傷もたちどころに治る。日光に当たるか、特殊な刀で頸を斬ることでしか、死は訪れない。
春黎は鬼狩りに会いたくないという、漠然とした嫌悪感故に、四年余り一歩も外に出ることはなかった。当然怪我をすることもなく、鬼故に肉体の成長もない。
すっかり引きこもってしまっていたが、寺院にいれば退屈することはなかった。食料たる人間は定期的に与えられたし、数はそう多くないものの、子どもの相手をしていれば随分気が紛れた。以前は感じていた頭痛や幻視も、時が経つにつれてすっかり無くなった。代わりと言ってはなんだが、満たされない飢えが悪化した様な、そんな気もする。
「童磨、最近めっきり外に出ないが、鬼狩りにでも見つかったのか?」
「俺が頸を斬られるって、春黎はそう思う? そんなに弱く見える?」
食事中、ふと気になったことを問う。質問を質問で返されたことに、春黎はやや不機嫌そうな顔をしながら「いいや」と首を振って否定した。
「あの方から数字も頂いているお前が、弱い鬼である訳がないことくらい分かる。ただ……何事にも終わりはあるから、いつかお前も死ぬんじゃないか?」
春黎は至って真面目に返答したというのに、童磨は「春黎は馬鹿だなぁ」と可笑しそうに笑う。春黎は元々寄っていた眉間の皺を更に寄せ、苛立ちのままに骨を噛み砕いた。
「永遠を生きる俺だから、こうして信者の皆を救ってやれるんじゃないか。鬼は死なないよ」
「頸を斬られたら死ぬんだろう。斬られそうになったことはないのか」
「え? うーん……」
童磨がここ数年にわたり接した限り、春黎に人間だった頃の記憶はない。
斬られそうになったと言えば、ちょうど春黎と同じ髪色をした柱を思い出すが、わざわざ本人に「お前が斬ろうとしたんだよ」などと教えてやる必要はあるだろうか。いや、無い。
せっかく自分と同じ鬼という立場にして、少しは賢くなっただろうに、まさか己に敵うと考える様な愚かさを取り戻させるのは可哀想だ。春黎は童磨が飼ってやっているのだし、きちんと躾けてやるのは飼い主の責務だろう。
「斬ろうとした人間はいるよ。可哀想にね、斬れないことも分からないくらい、馬鹿だったけど」
「そうか。で? 出かけなくなった理由はなんだ。まだ俺の質問に答えていないぞ」
「待機してるんだよ。産屋敷を見つけ次第、鬼狩りを全員殺すんだって」
自分から聞いた割に、晄夏は興味無さげに「そうか」と返事をすると、その後は黙々と食事を続けた。
産屋敷とは鬼狩りの頭だったろうか。あの方がわざわざ探すくらいなら、相当邪魔なのだろう。鬼狩りがいなくなれば、晄夏も大手を振って外を歩けるというものだ。
鬼狩りを全員殺す、その為に童磨が待機している。春黎は、恐らく自分も鬼狩り殺しに参加しなければならないのだろうと思う。もちろん、あの方の為であるなら、春黎は誠心誠意尽くすつもりだ。いくら自分が鬼狩りに会いたくなかろうと、その私情を優先したりはしない。
どれほどの鬼狩りが来るだろう。数が多ければ、その場で殺して喰って、腹を満たせる。この際限の無い飢えも、いつかは気のせいだったと思える日が、きっと。
「……駄目だな、喰い足りない。童磨、その余った足を寄こせ」
「こらこら、主人の食事を取ろうとするのはよくないぜ? ここは一等肉付きが良いから、最後に喰べてやるんだ」
春黎が舌打ちを零すと、童磨は、さも良いことを思い付いたといった様子で、手を鳴らす。
「春黎が可愛がっている目の悪い子どもがいたろう。あの子を喰べてあげたらいい。どうせ大人になっても碌な働きはできないんだから、今のうちに救済してやるのが、優しさってものだぜ」
「あれは……あの子の目は、医者に診せれば治る。未来ある子どもを喰う気にはならない」
突然、童磨が両目から大粒の涙を流し始めた。
他人と話している際に童磨が泣き出すのは、ままあることだが、この時ばかりは春黎も目を見張る。
「俺は悲しいよ。ここ数年で、春黎はうんと賢くなれたと思ったのに……!」
「…………は?」
「ちゃんと教えてやらないと可哀想だよね。人間に未来なんて、あってないようなものなんだよ。鬼と違ってすぐ死ぬのに、一体何を成せると思う? 大したことも出来ずに、ただ極楽や地獄を妄想して、死んでいくだけなんだよ」
でも、安心していい。童磨は泣きながら春黎に笑いかけた。
「春黎は俺が鬼にしてやったから、少しくらいは頭の悪い人間を救ってやれる資格があるんだよ。どうせ人間は、生きていたって意味も価値も無いんだから、春黎が血肉としてやった方が余程救われる。だから、どんな人間でも、好きに喰べていいんだよ」
慈愛に満ちた、穏やかな微笑み。そんな表情を浮かべて見せる童磨に、春黎は一言。
「お前……心が無いんじゃないのか」