見知らぬ契機
「何?」
「貴方の口から出る言葉は全部、でまかせだってわかってる。悲しくなんてないんでしょ? 少しも」
カナヲに指摘されたその瞬間から、童磨の涙は止まっていた。
曰く、一番の友人≠ェ死んだのに顔色が変わっていない。血の気が引くこともなければ、頬が紅潮することもない。口元に扇を当てて、ただ薄っすらと微笑んでいる。
「それは俺が鬼だからだよ」
「違う。だって現に、晄夏さんは首まで赤くなっていたもの。とても怒っていたから」
「…………」
「鬼は常に瞳が潤い続けるから瞬きしないけど、人間と同じく血は巡ってるから、顔色は変化する。貴方のことを気の毒だと、死の間際にカナエさんが言っていた」
カナヲ、と呼び掛けようとし、晄夏は口を噤む。
「この世に生まれてきた人たちが、当たり前に感じている喜び。悲しみや怒り、体が震えるような感動を、貴方は理解できないんでしょ? でも貴方は頭が良かったから、嘘を吐いて取り繕った。自分の心に感覚がないってばれないよう、楽しいふり悲しいふり」
単に挑発したいだけで、こんな言葉が出てくるのか? 晄夏は記憶にあるカナヲとの齟齬に困惑する。
誰かに指示されないと、銅貨を使わないと何も決められなかったカナヲが。
「貴方には嬉しいことも、楽しいことも、苦しいことも、つらいことも。本当は空っぽで何にもないのに。滑稽だね、馬鹿みたい」
きっかけを得たのだろうか。カナエが言っていた、心が花開くきっかけを。
「貴方、何のために生まれてきたの?」
こんな状況なのでとても口にはできなかったが、(怖いぞ、カナヲ。誰に似たんだ)と晄夏は思った。しのぶ……しのぶかなぁ……。
顔からすとんと表情が抜け落ちた童磨から、ビリビリと肌が粟立つような殺気が送られる。
「君みたいな意地の悪い子、初めてだよ。何でそんな酷いこと言うのかな?」
「わからないの? 貴方のこと嫌いだから。一刻も早く頸を斬り落として、地獄へ送りたいから」
カナヲの言葉には全て棘があった。頭良くないみたい、さっさと死んだ方がいいよ、そんな辛辣な言葉が笑顔で告げられる。何も感じないから、童磨の心が傷つくことはないが、それでも不快に思うことくらいは多少なりとも存在する。
「貴方が生きてることには何の意味もないから」
その言葉を合図に童磨は動いた。背後からカナヲの首を斬らんと扇を振るう。
晄夏は童磨の腕を押さえ、カナヲは体勢を低くして童磨の腹を切り裂いた。扇から放たれる粉凍り≠吸うより早くカナヲは距離を取り、晄夏は渾身の力で童磨を投げ飛ばした。着地の衝撃で、童磨の腹からは腸が零れ出る。
全く持って晄夏が邪魔だ。童磨はどうしたものかと考える。
直接的な攻撃はしてこない、というよりする手段がない。だがその代わりに、童磨の攻撃を尽く妨害する。中途半端な長さの日輪刀で童磨の血鬼術を裂き、鬼だからこそ怪我を厭うことなく身代わりになる。
カナヲも最初の方こそ晄夏を気にしていたが、すぐに晄夏ごと斬る勢いで型を繰り出す様になった。それでもカナヲの攻撃で晄夏は傷を負っていないのだから、どのタイミングでどの型を出すか、読んでいるのだろう。
一応は柱だった訳だし、まあ面倒に思いこそすれ、童磨に驚きはない。
柱と言えば、カナヲだ。思考の切り替えの早さ、剣術、反応速度。粉凍り≠吸うなと、晄夏は警告していたが、それが出来るか否かはまた別の話だ。今に至るまで、カナヲは一切吸っていない。
(この娘、ややもすると、今喰った柱の娘より実力があるのかもしれない)
鬼同士の戦いは不毛だとはよく言ったもので、晄夏が童磨に致命傷を与えることもできなければ、その逆もまた然りだった。
いくら血鬼術で怪我を負わせたところで治ってしまう。ただそれにしても、妙だった。
(そろそろ理性を失ってもおかしくないはずなんだけど……)
血を失い続ければ、防衛本能として人間の血肉を求めるようになるはずだ。特に「腹が減った」と口癖の如く言っていた春黎だから、今にもカナヲに喰らいついてもおかしくはない。今のところその様子が一切見られないのが不思議だ。
邪魔になるからと、蔓蓮華≠竍冬ざれ氷柱≠駆使して押さえ込もうとするも、固定された傍からカナヲが斬ってしまう。
それならそれで、刀を奪ってしまえばいいだけだが。
「ほらぁ、しっかり持ってないからとられちゃった」
カナヲから武器を奪えば、晄夏は童磨の妨害ではなく、カナヲを守るために動く。足の速い晄夏に攻撃を当てるのは難しいが、カナヲを庇わせればいいのだ。
瞬時に近づき、扇を振るう勢いで壁に向かって投げ飛ばす。適当な場所に氷柱を刺して固定し、氷柱から生えた蓮の花から粉凍り≠顔面に吹き付ければ、動きが鈍くなる。
うんうん、と満足気に頷いた童磨はカナヲの刀を置き、扇を振り上げる。
「早くとりにおいで!」
──血鬼術・散り蓮華
無数の氷で出来た花弁がカナヲへ迫る。大量の刃か、凍る血鬼術か。攻撃を見極めようとカナヲは目を凝らし、花弁が顔に触れた瞬間。
「どぉありゃアアア!!! 天空より出でし、伊之助様のお通りじゃあアアア!!」
猪頭の人間が、天井を突き破って現れた。