度量と自由とかんばせ

 半裸の猪頭──伊之助は、壁に磔にされている晄夏を見ると、童磨を指差して嘲笑する。

「馬鹿だぜ、コイツ!! 上から二番目の癖に、仲間でやり合うのはご法度だって知らねぇんだ!」
「か、カナヲの……味方か!? 君! カナヲの刀を……!」
「あ!? 何だお前……ぬおっ!!」

 自分が人と鬼の気配を別の物として感じ取れなければ、あの猪頭は確実に鬼だと認識していた。晄夏は自分が鬼であるということを棚に上げて、そう思う。

 振り向いて怪我を負ったカナヲを見た伊之助は、両腕を振って「何してんだ!!」と抗議する。

「怪我したらお前アレだぞ、しのぶが怒るぞ!! すげー怒るからなアイツ!!」

 伊之助の言葉に、カナヲは何も言わなかった。ただ眉を寄せ、小さく唇を噛む。涙こそ流れてはいないものの、泣いているようなその顔が、全てを物語っていた。

「死んだのか? しのぶ」
「まさか! 死んでないよ。彼女は俺の中で永遠に生き続ける」

 カナヲの代わりに、会話を聞いていた童磨が笑顔で答えた。

「俺が喰った人は皆そうだよ、救われてる。もう苦しくない、つらくもない。俺の体の一部になって、幸せだよ」
「いい加減にしろ!! 何が幸せだ、何が救いだ! 何が、永遠に生きっ」

 ごぼっ、と晄夏は血を吐きだした。肩で息をしながら咳き込み、ギリギリと歯噛みをする。

 伊之助と晄夏は初対面だが、童磨に対して激しく怒る晄夏と、小さく震えるカナヲを見て、伊之助は理解した。

「咬み殺してやる、塵が」

 一直線に童磨へ向かう伊之助に、カナヲが冷気を吸わないでと警告する。
 獣の呼吸という聞き馴染みのない呼吸を使う伊之助は、何もかもが規格外だ。

 ひどく刃毀れした刀は手入れをしていないのかと疑いたくなるし、太刀筋も変則的──言ってしまえば滅茶苦茶だ。加えて身体がとても柔らかいらしい、考えられないような姿勢から攻撃を繰り出す。
 変わっているが、すごい子だ。そう晄夏が感心していると、伊之助が取り返した刀を受け取ったカナヲが氷を斬る。心配そうに傷を見るカナヲに、晄夏は「大丈夫だよ」と言い聞かせる。

「分かったぜ、ねず公みたいな奴だな!? 仕方ねェから俺の子分にしてやるぜ!!」

 言いながら伊之助は対峙する童磨めがけて腕を振るう。

 ──獣の呼吸・玖ノ牙 伸・うねり裂き!!

 右腕の関節を全て外して行われる斬撃は、間合いの遥か外から刃を届かせることが可能だった。だが一度外した関節はそう簡単に元に戻らない。……が、伊之助は舌打ちをしながら瞬時に関節を嵌め直した。新技の精度はイマイチだと悔しそうにして。

「い、伊之助君……だっけ? とんでもないな、色々……。というか、俺は鬼なんだけど、そんな背中向けて大丈夫か? 自分で言うのも、アレだけど」
「お前、人喰うのか?」
「……もう喰べないよ」
「なら子分だ。しのぶの知り合いなんだろ、俺のことは親分と呼べ!!」

 驚くほどに素直な子だ、そして鬼に対して寛容でもある。
 当然、晄夏は伊之助に危害を加えるつもりなど毛頭ないが、斬りかかられても仕方がないと思う。元鬼殺隊であろうと今は鬼だ。実際、伊之助は童磨に対して刃を向けることに躊躇がない。カナヲと協力出来ていたのは昔馴染みだからだと思っていた。
 どうやらねず公≠ニいう子が関係しているらしいが。

「あっはは! 飼い犬の次は子分だって、愉快だねぇ」

 しかもそんな猪の、と童磨は小馬鹿にしたように笑う。

「人間ってそう簡単に関節を戻せるものだっけ? 痛いとかないの? 随分滅茶苦茶な親分だね」

 永い時を生きる童磨ですら、伊之助のような人間は見たことがない。そのことを伝えれば、伊之助は得意気に鼻を鳴らした。

「そりゃあそうだろうぜ、この伊之助様。そこいらの有象無象とはわけが、ッぐぇ!」

 突如として伊之助は蹴飛ばされ、ごろごろと床を転がる。十分に加減されていたので怪我はなかったが、躱せなかったことは癪である。伊之助は「なんだァ!!」と叫びながら起き上がる。転がった拍子に猪頭が落ちていた。

「悪いな、伊之助君」

 伊之助の心臓がヒヤリと嫌な跳ね方をする。先程まで己がいた場所に、童磨と晄夏が立っていた。瞬きをしていた訳でもないのに、いつの間に移動したのか。童磨は伊之助に向かって手を伸ばしており、それを晄夏が押さえている。

「二度もやらせる訳ないだろうが、コソ泥め」
「俺は一応、攻撃するつもりはなかったんだぜ? 全く遊び心がないなあ」

 やれやれと息を吐いた童磨は後ろへ飛び退き、改めて伊之助の顔を見ると、ニタリと口角を上げた。

「あれー? 何か見覚えあるぞぉ、君の顔」