心に深く根付いていた
僕たち何処かで会ったよね?
そう確信めいて言う童磨が語ったのは、伊之助の母の話だ。
たった一人の我が子を連れて家を飛び出した彼女を保護し、寿命が尽きるまで傍に置くつもりが、信者を喰っているところを見られた為に殺した。
童磨は自分が人間を喰うことを善行だと、信じて疑っていない。
人間であった時はもちろんのこと、鬼となった後でも、晄夏はその価値観を理解できなかった。理解できなくてよかったとも思う。
同情しているような声色で、他者を見下しながら。童磨は伊之助の母・琴葉のことを「何の意味もない人生だった」とまで言い放った。
母の笑顔、手の温もり、柔らかな声音。一緒にいられて幸せだねぇ。
朧気な記憶だが、心に残っていた。
「謝意を述べるぜ、思い出させてくれたこと! ただ頸を斬るだけじゃ足りねぇ!! テメェには地獄を見せてやる!!」
伊之助のような子どもは一人ではないのだろう。鬼と戦う道を選んだか否か、教祖である童磨を信じ込んでいる者もいるに違いない。
晄夏は思い出す。母が帰って来ないのだと心配そうにしていた子ども。適当な嘘を吐いて誤魔化し、翌日には何事も無かったかのように遊び相手になった。──あの子の母を喰ったのは、他でもない自分だった。
もし、あの子が今この場で、晄夏を憎んで刀を握ってくれたなら。
きっと救われる。自分だけが。
「猪に育てられたというのに、よく言葉を知ってるね。だけど間違ったことも覚えたみたいだ」
童磨は言う。この世には天国も地獄も存在しないのだと。
普段は教祖として、縋りつく信者たちに、きっと極楽へ行けると言っている癖に。
天国も地獄も、精神の弱い人間たちが救済を求めて描く空想でしかないのだと。善人は報われ、悪人は罰を受ける。そう信じたいだけ。
「つくづく思う。人間って気の毒だよねえ」
「地獄がねぇなら俺が作ってや゙る゙ァ゙ア!! ごちゃくそうるせぇんだ、テメェはァァ!! 俺の母親を、不幸みたいに言うなボケェ!!」
──血鬼術・凍て曇
──獣の呼吸・拾ノ牙 円転旋牙
伊之助に向かって血鬼術を繰り出す童磨。広範囲のその技に対し、伊之助は二振りの刀を旋回させることで退ける。
「いいねぇ、面白いねぇ。できることならこうしてずっと遊んでいたいね、飽きるまで」
そう言いながらも、童磨は背後に迫るカナヲを扇を振り抜くことで水の中に落とす。顎下に迫っていた、晄夏が振るう刃は、仰け反りながら天井まで飛び上がることで回避した。
「おりて来い、てめぇこら゙ァ!! ビビッてんのかゴラァ!!」
「ごめんねぇ。猗窩座殿がやられちゃって時間もないから──」
──君たちの相手はこの子にして貰うよ。
そう言って童磨が扇を重ね合わせて作り出した氷の人形に、晄夏は「油断するな!!」と声を張る。
童磨自身の姿を模した人形は、小さいながらも恐るべき戦闘能力を誇る。あれを作らせてはいけない。晄夏は床を強く蹴って天井まで飛び上がり、童磨の身体を支える蔓蓮華≠掴むと、刀をこめかみに突き立てる。
童磨は晄夏の攻撃を扇で防いだが結晶ノ御子≠ヘ二体目まで完成していた。
「懐かしいね、御子を出したらあっという間に傷だらけ。あの子たちもそうなるよ」
「そんなことさせる訳がないだろ……! 逃がさないぞ、お前の頸を、もう二度と逃してたまるか」
鬼気迫る様子の晄夏を、童磨は蔓蓮華≠動かして振り下ろす。
童磨と同程度の技を出せる結晶ノ御子≠ェ、床に降りた晄夏に散り蓮華≠放つ。それを凌ぐ間に、童磨がもう一体御子を作り出せば、一人につき一体、御子を相手しなければならなくなる。
「あとは任せるね」
ひらりと手を振った童磨は、扉へ向かう途中に「あ」と足を止める。
「春黎、お前は鬼なんだから、俺と来てもいいんだよ? ここに残って、その子たちを御子と一緒に殺してもいいけど」
「いつまで経っても馬鹿にしやがるな、お前は!!」
絶え間なく繰り出される攻撃をいなし、カナヲと伊之助にも意識を向ける。怪我を負ってはいないか、まだ動けるか。
晄夏にとっては二人こそが希望だ。彼らが童磨を斬る為の要だ。こんな人形にかまけず、二人を守らなければ。
「カナヲ!! 伊之助君!!」
二人に童磨の頸を斬りに行けるほどの余裕はない。このまま戦い続けていてもジリ貧になるだけだろう。
(だが、何か! 何かあるはずなんだ! しのぶ、そうだろう……!?)
いっそ縋るように義妹を想う。
童磨はまた新たに結晶ノ御子≠作り出していた。あれが無限城内にばら撒かれれば甚大な被害を負うのは必至。
「ッ童磨ァ!! 逃げるなァア!!!」
真正面から御子に突っ込み、晄夏は御子を踏み台にして童磨に向かって走る。失血のせいか、一瞬視界がブレた。だが逃がさないという一心のみで走った。背後から放たれる技のせいで、身体が端から凍っていく。
(カナヲ、伊之助君、どうか持ちこたえてくれ!)
童磨が扉に手をかける。晄夏は手を伸ばし、肩を掴む。
次の瞬間、どろりと童磨の顔が溶け始めた。