未だ届かぬ手を鳴らす
「そういえば、晄夏君のお家はどこにあるの?」
「西の方に川があるだろ? そこを越えて、ちょっと歩いて……桜と紅葉が植えてある家。分かるかな」
初めての出会いから暫く、晄夏も妹二人を紹介したりして、胡蝶姉妹と内空閑兄妹は頻繁に遊ぶようになっていた。今日も散歩がてら晄夏は妹二人を連れて、胡蝶家に遊びに来ていた。真ん中の妹──千代子はしのぶと同い歳で、庭で花を摘んだりしながら遊んでいる。カナエと晄夏はそんな妹を見ながら、縁側に座って談笑していた。末の妹はまだ幼いので晄夏の膝の上だ。
晄夏から自宅の場所を聞き、頭の中に地図を思い浮かべるカナエ。川の向こうには何度もおつかいであったり、友達と遊ぶ為であったり、行ったことがある。その割に、晄夏の姿は一度も見た事がなかった。桜と紅葉のあるお家……と、一軒思い当たる家があった。
「もしかして、大きなお家?」
「まあ、うん。引っ越してきて、結構間もないんだ。前は小石川区の方に住んでて……」
父の「もう少し人が少ない土地に住みたい」という要望で引っ越した事、妹にちゃんと新しい友達ができるか少し不安だったので、カナエとしのぶには感謝している事。──照れ臭そうに、晄夏はカナエに「ありがとう」と告げた。
「やっぱり、仲の良い友達と離れるのは寂しいから」
「そう……」
「ああでも、会いに行けない距離じゃないし、こうしてカナエちゃんとも仲良くなれたし。良い事もちゃんとあるよ」
そう言って晄夏は最近あった楽しい事や嬉しい事を、身振り手振りを添えてカナエに話す。内容は実に何気ないことではあったが、晄夏が面白おかしく話してみせるので、カナエはころころと笑いながら耳を傾けた。晄夏の膝の上にいる末の妹も楽しそうに声を上げ、離れたところにいたしのぶと千代子も駆け寄って来て、五人分の笑い声が響き渡る。
鬼遊びをしよう、と言い出したのは誰だったか。晄夏は男だからという理由で末の妹を背負ったまま、じゃんけんに負けて一番最初の鬼になった。
悔し気な顔を見せたのも一瞬のことで、背負った妹を気遣いながらも走り出した晄夏は速かった。カナエとしのぶは彼の足の速さに目をむいて、千代子は「お兄ちゃん、男の子の中でも一番足が速いの!」と必死に叫んで逃げ回る。
「しのぶちゃん、捕まえた!」
「あーもう!」
晄夏がしのぶの肩に触れ、鬼役が代わる。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
「むぅ……絶対捕まえてやるんだから!」
負けず嫌いなしのぶに火がつき、最初こそ晄夏を追いかけていたが、「鬼さんこちら!」と煽られると、すぐに方向転換をしてカナエと千代子を追いかけた。
同年代の女の子と比べてもしのぶは小柄だ。同い歳の千代子だって、そう高い身長をしている訳ではないが、それでもしのぶよりは大きい。身長が高ければ、その分一歩だって大きい訳だから、しのぶは千代子にも、カナエにも晄夏にもなかなか追いつけない。
遊びとはいえ、だんだん悔しさがこみ上げて、疲れてきた足を、しのぶは意志の力で前に出し続けた。
結果、一歩の大きさは違っていても、粘り強さはしのぶの方が勝ったらしい。肩で息をしながら、千代子が「捕まっちゃったぁ」とへたり込んだ。
「ちょっと、諦めるのが早いんじゃないの?」
「違うよ。しのぶがすっごくしつ……粘るだけだよ」
「聞こえてるわよ、しつこいって!」
「言ってないよ! 言い切ってないもん!」
言ったのも一緒! 言ってない! そんな問答を繰り返す妹たちに、カナエと晄夏は顔を見合わせ、困った様に眉尻を下げて笑った。妹たちは、決して本気で口喧嘩をしている訳ではないだろう。ともすれば次の瞬間には、揃って笑い転げてしまうような、そんな可愛らしい喧嘩だ。
まあ、それが分かってはいても、兄として姉としては、放っておくわけにもいかず。
「二人とも、そんなに怖い顔をしないで?」
「そうだぞ。女の子なんだから、笑ってた方が可愛いだろ」
二人が近づくと、しのぶと千代子は顔を見合わせて、立ち上がった千代子がぱっと素早い動きでカナエの手に触れた。
「カナエちゃん、捕まえた!」
「えっ?」
「えっ」
「あ、晄夏君捕まえた!」
「えっ!」
全く持って予想外の事態である。しのぶと千代子は口喧嘩をしていたのではなかっただろうか。二人してカナエの手を引いて、「あはは、また晄夏君が鬼!」と笑っている。
「は、謀ったな!? くそー……こうなったら三人まとめて捕まえてやる!」
末の妹を背負い直し、晄夏は足に力を込める。
「鬼の居ぬ間に洗濯しーましょ!」
「鬼さんこちら!」
「手の鳴る方へ!」