彷徨う心に意志を穿つ

 あれほど鮮烈な色を主張していた紅葉もすっかり枯れ落ちて、火鉢や炬燵から離れたくなくなる季節である。内空閑邸にやって来る客人は減ったが、代わりに父はなんだか忙しそうで、よく家を留守にしている。帰ってきても目の下に隈をたたえているので、晄夏も妹たちも心配していた。

 新年に向けて「大掃除よ!」と張り切る母は、貴重な男手である晄夏を存分にこき使った。晄夏が何度「まだやるのかよぉ」とくたびれた声で言ったかを数える遊びを、千代子は密かに行っていたが、母は晄夏をこき使う代わりに夕飯に力を入れていたので、その手伝いで数える暇もなくなってしまった。

「はぁー、さすがに疲れた」
「ねぇー」

 八つ時になり、ようやく休憩だ。動いても動いてもやることが溢れてくるので、母はきっとこの家の全てを──瓦一枚の裏まで──磨き上げるつもりだと、思い始めたところだった。

「お兄ちゃんは来年、どんな年にするの?」
「うーん、そうだなぁ……」
「カナエちゃんに告白?」
「ごぶっぅ」

 きゃあ! と悲鳴を上げた千代子。飲んでいたお茶を盛大に吹き出した晄夏は急いで濡れた机や服を拭い、深呼吸を充分にしてから「……驚かすんじゃない」と神妙な声で告げた。

「しないの?」
「…………」

 片手は湯呑を力強く握り締め、妹から顔を逸らして黙り込む晄夏。不満げに口を尖らせる千代子は、カナエがいかに男子人気が高いかを話す。何丁目のあの人やら呉服屋の誰々やら。女子特有の情報網から仕入れるそれらは、晄夏を焦らせるためのものなのだろう。
 妹が女子の情報網を有しているなら、晄夏も然りである。内心では(聞いたことある。知ってる。定食屋の奴もそう……)と返答をしていた。少なくとも、同年代の男の子は大概カナエに想いを寄せているのだ。なにせ町一番の器量良し。

 たとえ妹に焦らされなくたって、しないのかと問われなくたって。晄夏とて男なので、告白の一つや二つ、考えた事は当然ある。もちろんある。カナエと話している時に(今告白しようか……)と思ったこともある。ただ、実行に移せていないのは。

「今のままでも、」
「意気地なし!」
「ぐぅ……ッ!」

 食い気味な千代子の言葉は、晄夏の胸に深く突き刺さった。いやはや全く持ってその通り。図星過ぎてなんの反論も出来ない。

「どうしてそうやって肝心なところで一歩踏み出せないの? 今のままでもいいとか、そんな事を考えるより先に、万が一振られた時に私たちとしのぶの関係の邪魔しちゃうとか、そんなくだらないこと考えてるんでしょ!」
「い、いや……」
「お兄ちゃんが振られても! 私としのぶは友達だし! 疎遠になったりしないから!」
「う……うん……」
「ていうか、失敗した時のこと考えて動かないなんて、絶対損だと思う」

 妹にここまで言われる兄──!
 晄夏はうじうじと後ろ向きに考える自分が心底恥ずかしくなった。千代子の言うことには「仰る通りです」としか返す事ができず、情けない兄ですまないと申し訳なく思うと同時に、こんなにしっかりとした考えを持つ子に育って嬉しいとこっそり感激していた。

 千代子は姿勢を正し、真っ直ぐに晄夏を見つめて問う。

「お兄ちゃん。カナエちゃんのこと、好き?」
「ああ、好きだよ」

 静かな声で堂々と。自身の問いに答えてみせた兄に、千代子は(その調子で告白すればいいのに……)と思わざるを得なかった。

 しのぶからカナエが兄のことをどう思っているか、情報はなかなか入って来ない。しのぶ自身も探りを入れるそうなのだが、いつもはぐらかされてしまうそうだ。だが二人が話しているところを見るに、悪い印象は持っていないどころか、他の男の子相手よりも好感はあるだろうと確信している。
 自慢の兄だ。いつも妹である自分たちのことを考えて、優先してくれる。勉強熱心で色んな事を知っているし、気性も穏やかで、運動神経だっていい。兄と同年代の女の子たちが色めき立っていたのだって、兄は気づいていなくとも、妹はバッチリ気づいている。どこに出したって恥ずかしくない──のに。

「なんでそれがカナエちゃん本人に言えないの? 意気地なし!」
「千代子やめてくれ、すごく心に刺さるから……」
「刺・し・て・る・の!」

 おやつを食べ終われば、再び大掃除に駆り出される。妹にあれだけ言われたとなれば、兄としても男としても、覚悟を決めなければならない。新年の目標として、晄夏はカナエに想いを伝えることを決意した。