沁みいる涙
同級生の喧嘩の仲裁に入って殴られた時よりも、妹を庇って大人に噛みついた時よりも。
比にならない怪我を、晄夏は負った。
医者によれば全治四ヶ月。治癒力が高かったり、決して無茶をしたりしなければ、もう少し早く治るかもしれない。それでも、十全に機能回復を行ったとしても、多少後遺症が残るかもしれないとのことだった。
日常生活には支障がない。恐らく。余程のことがない限り。恐らく。ただ長時間歩き続けたり、立ち続けたり、足に負荷をかけ続ければ痛みが生じるだろう。同じ場所をもう一度折れば、立ち上がれなくなる可能性もある。疲労は溜まりやすく、少しの力で罅ができる。火事場の馬鹿力みたいなもので、思い切り走ったりなんかした時には、骨の周りにある筋肉そのものが骨を折ってしまうだろう。
前向きなことには「恐らく」と、およそ確定的ではない言葉を添え、後ろ向きなことはほぼほぼ確信を持って告げてみせるのだから、医者というものは大変なのだなと、晄夏は同情した。
患者は前向きなことだけ聞いていたいだろう。自分だって、医者からは「何の問題もない」という言葉を求めている。けれど現実は問題だらけだし、不安要素を伝えておかなければならない。それが医者の仕事だから。
歩けないのは不便だ。眠っている時に足が痛んで目が覚めるなんてこともあるし、怪我なんてしない方がいいに決まっていると痛感させられた。それでも晄夏は、怪我をしたことよりも自分が負った怪我を妹が負わなくてよかったと、心底そう思った。
末の妹を庇い、馬車に轢かれた。あの馬たちは責任を負わされていないだろうか。御者の人が気に病んではいないだろうか。もっと足が速ければ、誰も傷つかずに済んだかもしれないのに。
自宅の縁側で空を見上げながら、そんなことを考える。
「お兄ちゃん、お客さんだよ」
「俺に?」
妹の声に振り返ると、そこに立っていたのはカナエだった。「隣、座ってもいい?」と控えめに尋ねてくるので、晄夏は近くにあった座布団を掴んで、自身の隣に置いた。
「晄夏君、大丈夫?」
「安静にしてればその内治るって。大丈夫だよ」
ゆかりが無事だったし、と妹の名前を口にしたとき、カナエの目から涙が一粒零れ落ちた。晄夏はぎょっと目をむいて慌てふためく。
「あのね晄夏君。晄夏君が家族想いなのは、知ってるのよ。人の為に動くことも、ゆかりちゃんを助けたことだって、決して責めたりはしないわ。でも、でもね……」
カナエは晄夏の手を握る。小さな震えが伝わってきた。
「晄夏君が大怪我をしたって聞いた時、すごく不安だったし悲しかったの。誰かの為に動くことは、とても尊いけれど、晄夏君が傷ついていい理由にはならないから……。もっと自分を大事にしてほしいわ」
自分が庇った妹自身が、父が、母が、同じ場所にいた祖父が。晄夏が大怪我を負ったことで心を痛めているのには気づいていた。でも自分は長男で、兄妹の中では一番身体が大きくて、丈夫だ。もしも末の妹があのまま馬車に轢かれていたら、死んでいたかもしれない。だから、自分の行動は間違っていないと思っている。
怪我はいつか治るから──そう言った時、母はカナエと同じ様に、悲しそうな顔をしていた。
妹の分まで傷つくことは辛くない。友達も、好きな子でも。自分は平気だと、そう。
「……ありがとう、カナエちゃん」
大丈夫。だから、泣かないで。