第弐拾参話
信念を胸に刀を振るうも、限界が定められている人間は動きが鈍くなる。
躱しきれない無惨の攻撃を喰らった瞬間、その血が流れ込んでくる。酷い痛みと脈の狂いに、視界が霞がかり、足が止まりそうになる。
(戦え! 動き続けなければどうせ死ぬ!)
晋之丞は何度も己に言い聞かせる。
足を止めさえしなければ、
「まだ動けるか。柱……痣のある者は即死しないな」
悔やむでも焦るでもなく、無惨は淡々と事実を口にする。
毒により一瞬体が硬直した甘露寺が地に倒れ込み、無惨の凶刃が留めを刺さんと向いたその時、巨大な鉄球がそれを阻んだ。
「遅れてすまない」
悲鳴嶼が合流し、それに意識を向けている隙を突いた不死川が無惨を一刀両断する。油を浴びせ、炎で焼かれる無惨は青筋を浮かべて憤る。
「甘露寺、無事か!?」
「大丈夫。晋之丞さん、私まだ戦えるから!」
鬼気迫る甘露寺の返事に、晋之丞は無言で頷いた。
新たに柱が二人、戦力は増えたものの無惨の攻撃は速度を増した。
呼吸で巡りは遅らせているものの、着実に体を蝕んでいく毒。猗窩座戦で受けた傷の内、縫合処置で済ませたものはこの激しい戦闘で既に開いている。ままならない回復で騙し続けていた疲労が高く積み重なっていく。
(抜ける訳にはいかない、こんなところで……)
管と腕による攻撃を弾き、掻い潜り、ようやく一刀入れる。
──炎の呼吸・壱ノ型 不知火
晋之丞の攻撃に合わせ、不死川が刃の通った無惨の足を蹴り飛ばした。すると塞がろうとしていた肉が離れ、ほんの僅かな時間でも無惨は体勢を崩す。ただの刀傷が切断に変われば、再生する為の時間を作ることができた。あまりにもささやかなそれでも、無いよりはよほどいい。
その時、晋之丞の髪が風に流される。明らかに不自然なそれに警戒心を抱くのとほぼ同時、無惨の背後に回っていた甘露寺が避けたはずの攻撃で傷つけられた。
「甘……! ッ伊黒!!」
留めを刺そうと向けられた無惨の攻撃から甘露寺を守り、その隙に伊黒が甘露寺を抱えて離れた場所へ向かう。
伊黒が戻ってくる間をやり過ごし、離脱した甘露寺一人分の戦力を五人で分け合い食らいつく。夜明けまでは一時間以上、確かにその時は近づいてこそいるものの、昇り来る太陽よりも余程足早に死は迫っていた。
無惨の毒により細胞が破壊され、戦いの最中口から溢れさせた血液が、顎と首を伝って服を汚す。
(どうにか、もう少し無惨に有効な攻撃を与えられないか)
晋之丞がそう思考しながら、頭上を通り過ぎる無惨の攻撃を躱した時、左肩にささやかな痛みが走った。何かと思い顔を向ければ、かがんだ晋之丞の背を足場に跳び上がる猫が一匹。戦闘の渦中に迷いなく飛び込んだその猫が背負う機械から、四本の注射器が放たれてそれぞれの体に突き刺さった。
猫が刺したものなのか、晋之丞が左肩に感じた痛みは注射器によるものだったらしい。刺さったそばから中身の液体が入っていく。
(何だ? 毒? 薬? あの猫は一体──)
狙ったように──実際に狙っていたのだろう、その場にいた柱全員に注射器を刺した猫は、忌々しげな顔をした無惨に切り裂かれた。
薬の効果はすぐに現れた。不気味に腫れあがっていた患部からは赤みが引き、全身を苛んでいた痛みも治まり、呼吸が劇的に楽になった。猫がどういう存在かは分からないものの、晋之丞は感謝を募らせる。
「無駄な足掻きをするな!! 潔く死ね、亡者共!!」
無惨の苛烈な攻撃で地面は抉れ、いくつものクレーターが出来上がる。開いてしまった額の傷から流れる血が、晋之丞の右目から一瞬視界を奪った。勘と、距離感が掴みにくい分は先程よりも大きく体を動かすことによって補う。すぐに服の袖で拭い視界は戻ったが、その僅かな時間で貴重な体力を消耗したことに、内心舌を打つ。
「伊黒ーーーーっ!!」
不死川の叫びに晋之丞が視線を走らせると、日輪刀を赫く染めた伊黒が、その場に硬直していた。炎の呼吸を扱う己と似た色合い、それよりも鮮やかな赫だ。伊黒の刀は赫くはないはず──そんな思考は二の次だった。目ざとくも、無惨は動きを止めた伊黒に手を伸ばしている。
咄嗟に冨岡と晋之丞が助けに入ったが、刀が届くよりも早く無惨の凶刃が届いた。間に合わなかった、そう二人が思った刹那、地面が陰る。空を見上げれば、動けなくなっていたはずの伊黒が宙に投げ出されていた。明らかに挙動がおかしい。無惨の追撃も、伊黒は身動きが取れないはずの空中で、真横に避けてみせた。
何が起きたのかは分からないが、助かったのならばそれでいいと、晋之丞は地面に降り、再度無惨へ向かう伊黒を確認する。
姿の見えない何者かがいる。それを察したのは無惨も同じことだった。広範囲に向けて無惨が腕と管を振るうと、その何者からが姿を現した。カナヲ、善逸、伊之助の三人だ。
「いだァァ!! やだァァもォォ!!」
こんな状況かでも普段と変わらない様子で叫ぶ善逸には安堵すら覚える。何より単純に、戦力が増えたことはありがたかった。
偶然晋之丞の足下に流れてきた、謎の模様が描かれた紙。それを拾い上げ、先程カナヲたちがそうしていたように、額に付ける。
(これは、無惨に俺の姿が見えてないのか?)
幾分か容易く無惨の背後へ回り、その体を斬りつける。攻撃を行えば存在自体は知覚されるが、やはり姿を捉えられてはいないようだった。自身の体を斬った人間を殺そうと無惨は動くも、晋之丞のすぐ後に伊黒が赫刀で両腕を斬り落とした。
ただの日輪刀では満足に切断すらできなかった無惨だが、赫刀を用いた攻撃を受けると目に見えて再生速度が落ちていた。
伊黒はどうやって刀を赫く染めたのか。戦力が増えたことでより深い呼吸ができるようになった晋之丞は考える。鎹鴉からの報告で、上弦の壱と戦っていた時透が、死の間際に刀を赫く染めたとは聞いていた。
戦いの中で、伊黒が何か特殊なことをしていたかと言えば否だろう。そんなことをする余裕はなかった。
悲鳴嶼は鉄球と斧をぶつけることで、不死川と冨岡は互いの日輪刀を打ち付けることで。それぞれ刃を赫く染めた。
鋼がぶつかり合うことが赫刀の条件ではないことは伊黒が証明している。つまり必要なのは、赫く染まるに足る衝撃か。時透、そして伊黒があの時できたことと言えば──。
──炎の呼吸・伍ノ型 炎虎
晋之丞は可能な限り歯を食い縛り、柄を握る両手にこれでもかと力を込めた。左頬の痣が僅かに濃くなったが、この夜闇の中で気づく者はいない。
炎の呼吸が持つ高い攻撃力と赫刀は見事に合致した。体の大部分を抉られた無惨は額に青筋を浮かべる。元々晋之丞の日輪刀は炎の呼吸に対する適性を表す赤色で、見た目上の違いは何も分からなかったが、刃を赫く染めたのだと証明したのは、他ならない無惨だった。