第弐話


 晋之丞は燎家の次男として生を受けた。

 燎家は代々鬼殺を生業とする家系で、遥か昔から煉獄家と親交があった。人々の平穏を守る為、戦う為に剣を握ったその日から、双方の家は永久の友誼と惜しまぬ協力を誓約として掲げている。戦国時代の折に呼吸術が普及するより前、鬼殺に用いられていた炎の型。これは元々火の型と呼ばれ、煉獄の剣士と燎の剣士が二人揃って連携をとることで、初めて真の炎の型となる。

 鬼殺隊に階級制度が出来て以降、どの時代にも炎柱が存在しているのは、煉獄家と燎家が交互にその役を担っているからだ。尽きぬ火の二つを以て炎とする──時代の流れだろう、いつしか火の剣士は一人でも炎を名乗るようになった。元は剣を極めた者が息を合わせる事で更なる力を生み出す、という意味の“炎”だったが、二人揃ってようやく一人前という勘違いを受けたのか、燎家の人間が代々記した“炎柱の書”には、炎を火と呼ぶことも記すこともあってはならないと書かれている。

 煉獄の剣士が炎柱の際には燎はその継子に。燎の剣士が炎柱の際には煉獄はその継子に。
 そうして炎柱は継承を続けてきた。

 晋之丞は物心がつく前から、それこそ、正しい箸の持ち方を覚えるより先に刀の握り方を覚えていた。父は厳しかった。例に漏れず、父も鬼殺隊士であったが、柱ではなかった。だからだろうか、自分の様にならない為か自分がなれなかったからか。その指導は苛烈を極めていた。
 父は「そんな事では炎柱になれない」と口癖の様に言っていたし、母も母で、晋之丞が寝付けずにいる夜なんかは決まって子守唄代わりに「貴方は柱になるのよ」と囁いた。
 鬼殺隊に入ることも、極めるべき呼吸も、なるべき位も、全て決められていた。

 炎柱であった煉獄杏寿郎が死去した今、次の柱として白羽の矢が立っているのが晋之丞である。
 ずっとそうして紡いできた歴史があるから、というのもあるが、晋之丞の現在の階級は甲。既に鬼を五十体以上討伐した経験もあり、実力も十分であるのは隊士の中では周知の事実であった。

 晋之丞は杏寿郎の継子ではなかった。
 鬼殺隊に入隊したのが同時期且つ、階級が上がるタイミングにもそう差が無かったからだ。何より、炎柱に就任した当日、杏寿郎が晋之丞を継子にと誘った際、しきたりである事を知っていながら、晋之丞本人が断っていた。
 継子は大抵柱と共に行動するが、晋之丞はそれを厭ったのだ。ただでさえ煉獄と燎という姓だけで同じ任務に就かされる事が多いのに、これ以上コイツの傍にいていられるかと。

「伸びしろのある後進を育成した方が効率的だ」

 継子の誘いを晋之丞はそう言って断った。庚になった頃から考え始めた言い訳だった。
 その時点で炎柱の継承はある種途絶えたと言ってもいい。

 杏寿郎の死後、ひと月も経たない内に晋之丞は鬼殺隊当主・産屋敷耀哉と謁見し、その場で直々に炎柱就任を言い渡された。給与は自己申告制で好きなだけ、そう言われても晋之丞は今以上の給与を求めることはなかった。甲の時点でも十分どころか多すぎると思っていたところで、寧ろ減らしてほしいと告げた。
 耀哉は晋之丞の申し出に少し驚いたようだったが、穏やかに微笑んで言う。

「好きなだけ、というのは、多くても少なくても構わないんだ。晋之丞がそうしたいと望むなら、そうしよう」

 晋之丞は耀哉のことを人伝、それも杏寿郎からしか聞いたことがない。
 杏寿郎は大概他人を悪く言うことはないので、耀哉の人格について聞いても全く当てにしていなかった。けれどこうして顔を合わせ、その場で声を聴くと、杏寿郎の言っていたことは正しかったのだと思う。

 耀哉の顔は上半分が病の進行によって爛れ、目も見えていない。初対面でありながら、ほんの少し言葉を交わしたばかりの晋之丞でも、ひどく心が痛んだ。

 耀哉は晋之丞に何かを強要するような口振りをしなかった。昔から、燎家に生まれたからには炎柱となれ、剣を磨けと言われ続けた晋之丞にとって、それがどれだけ新鮮でやさしいものに感じたか。
 晋之丞には晋之丞の立場があり、炎柱就任は断りたくとも断れるものではない。けれど、その決定権を持つ耀哉は晋之丞に願うのだ。命じるのではない。

「どうか、炎柱として鬼殺隊を支えて欲しい。君の力が必要だ」

 そこには慈愛があった。胸が熱くなるようだった。
 晋之丞の育った環境を知った上での言い回しではないと分かる。燎に生まれてしまったばかりに。自身の姓に諦めさえ抱いていた晋之丞は、この時、この瞬間だけは、“燎晋之丞”という人間として生まれたことを誇らしく思えた気がした。

 給与や担当地区、その他諸々の業務的な話が終わると、耀哉は「晋之丞」と改めて名を呼んだ。晋之丞は顔を上げて真っ直ぐ耀哉を見る。

「隊を組んで任務にあたる時、晋之丞がいるといつも私の剣士こどもたちが多く生き残れる。もしかしたら失っていたかもしれない命を、他でもない晋之丞が、繋ぎ止めてくれているんだね」

 晋之丞は言葉を失った。すぐにそんな事はないと否定しようとしたが、それより先に、耀哉は「謙遜しないでおくれ」と言う。

「晋之丞は素晴らしい剣士だよ。確かに杏寿郎も強い子だったけれど、晋之丞も同じくらい、強い子だ」

 杏寿郎は、その極めた呼吸の様に、熱く燃え上がっていた。杏寿郎が振るう刃は、鬼を骨まで焼き尽くす熱を持っていた。どこまでも高く燃えて、その生き様や在り方で他人を鼓舞する奴だった。──その炎刀は上弦の鬼を焼くには足らず、燃えて燃えて、燃え上がった末に、自分自身を焼いてしまったのだと、晋之丞は知っている。
 そして、そこまでの炎を自分が持てないことも。

「強さとは一つではない。杏寿郎には杏寿郎の、晋之丞には晋之丞だけの強さがある」
「……買い被りです」

 今度こそ晋之丞は耀哉の言葉を否定した。
 他に柱に至れる人間がいないから、煉獄家と燎家のしきたりがあるから、晋之丞は炎柱に任命された。鬼を斬る為でなく、いっそ柱になる為に鍛錬を受けさせられていたようなものなのだ。

 ある程度剣技を身につけると、自然と力量差というものが分かってくる。自分には才がなく、杏寿郎にはその身を焼く程の才がある。晋之丞が甲からこうして柱になれたのは、他の者よりも剣を握る時間が長かったからだ。それは偏に生まれた環境の違いによるもの。十を過ぎた頃に初めて剣を握っていたのなら、晋之丞は柱になどなれない。そういう自覚があった。
 他人に影響を与えられるだけの炎を自分は持たない。炎の呼吸を使いこなせても極めるには至らない。杏寿郎と比べれば、その炎はあまりにも小さく、弱々しく、そしてぬるかった。到底、強さなどと呼べるはずもない。

 晋之丞の否定に耀哉は気分を害すでもなく、ただ「そう……」と頷いた。悲しげな声だ。しまった、と思うも弁解の言葉は晋之丞の口から出てこない。

「晋之丞。今まで一生懸命努力した君を、他でもない君自身がまずは認めてあげなさい。心のままに在れば、晋之丞だけの強さがきっと見えるはずだよ」

 耀哉の言葉が全て本心からのものだと感じるからこそ、晋之丞は途中から満足に耀哉の顔を見る事ができなくなっていた。違う、俺は貴方のようにやさしく慈悲深い人に、そこまで言って頂けるだけの人間ではない。
 剣士としての力量も、人間としての人格も。

誇りの灰を恐れていた

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