第参話


 竈門炭治郎は思い出す。あの日、朝日に照らされた煉獄杏寿郎の顔を。短い言葉の中に思いの丈を詰め込んで、己に託した遺言を。

「俺の跡を継ぎ、炎柱になる男がいる。燎晋之丞という名だ。朝焼け色の髪をしているから、すぐに分かるだろう。彼に、……俺の朋友には──」

 杏寿郎が言っていた通り、ひと月と経たない内に新たに柱となった隊士がいると耳にした。情報源は炭治郎の同期である善逸で、彼は噂好きらしく耳が早い。その時は「煉獄さんと同じ炎柱なんだってさ」と、ベッドに横たわる炭治郎に話し聞かせてくれた。本当はすぐにでも会いに行って遺言を伝えたかったが、先の任務で負った傷がまともに癒えない内に煉獄家へ行った炭治郎は、しのぶに大目玉を食らっていたので大人しくする他なかった。

 どいつもこいつもですよ、と額に青筋を浮かべながら微笑むしのぶは、勝手に蝶屋敷を抜け出した炭治郎に大層ご立腹で、二度と抜け出さないようにとベッドに縛り付ける勢いだった。必死に謝ったので幸いそれには至らなかったが。
 煉獄家では杏寿郎の父である槇寿郎と一悶着起こし、蝶屋敷に戻れば刀を紛失した事に激怒した鋼鐵塚に一晩中追いかけ回され、しのぶはシュッシュッと拳を振る。踏んだり蹴ったりであった。ちなみにこの中で一番恐ろしいのはしのぶである。

 ヒノカミ神楽について、煉獄家へ赴いたことで謎が解けたかと言えばそうではない。“日の呼吸”なる始まりの呼吸の存在を、槇寿郎の罵声と共に知ったが、その事について記されているらしい炎柱の書は見るも無惨に破かれていた。
 杏寿郎の弟・千寿郎が修復をしてくれるとは言ったものの、新たに増えた情報を前に謎は深まるばかり。ううん……と思わず唸った炭治郎に、燎家にも炎柱の書があると教えてくれたのは千寿郎だ。

「煉獄家の物と燎家の物は違いますが、何か分かるかも……」

 炎柱の書を見せてもらえないか、手紙を出してみます。そう言った千寿郎に、炭治郎は何度も「ありがとう」と礼を告げた。

 千寿郎とは煉獄家へ行って以降、手紙のやり取りをしているが、無事に許可が頂けたと書かれていたのは二人の間を鎹鴉が二往復程した時のことだった。
 ヒノカミ神楽について何か分かるかもしれないという期待、杏寿郎の遺言を伝えなければという使命感。炭治郎は出来れば早い内に燎家へ案内して欲しいと返事を書こうとしたが、千寿郎からの手紙には「炭治郎の怪我が完治したら」という旨が少なくとも五回は書かれていた。千寿郎はしっかり者である。

 しのぶの口から「完治」という言葉が出たその日、炭治郎は予め書いていた手紙を鎹鴉に持たせ、なるべく早く千寿郎に届けてもらう様頼んだ。鎹鴉は急かされたことに腹を立てたのか、炭治郎の頭を何度かつついてから、いつもより力強く飛んで行った。

 予定を合わせ、煉獄家の門前で千寿郎と待ち合わせをし、炭治郎は燎家へ向かう。その道すがら、何気なく隣を歩く千寿郎に問いかける。

「燎晋之丞さんって、どんな人?」
「真面目な方ですよ。少し気難しいところはありますが、優しくて……晋之丞さんにも兄がいらっしゃるので、何となく、共感できる部分が多いというか。幼い頃から良くしてもらいました」

 煉獄家と燎家は昔から仲が良いのだと、簡単に関係性を説明した千寿郎は、思い出を語る。晋之丞の話をする千寿郎が楽しそうなので、柱合会議であまりにも濃い柱の面々を見ていた炭治郎は、少し安心する。

 やがて小高い丘が現れ、その頂上に屋敷が立っていた。千寿郎はその家を指し、燎家であると炭治郎に教える。家の周りは高い塀がぐるりと一周しており、威圧感を覚える。敷地内には物見櫓のようなものが建っているらしく、ひょっこりと屋根よりも高い。
 その時、炭治郎の鼻を嗅ぎ慣れない匂いが掠めた。夏の明朝を思わせる爽やかな匂いだ。千寿郎が「あ……」と声を上げる。見れば、門の前に着流しを着た若い男が立っていた。その髪は朝焼けの空の色をしている。彼が煉獄さんの言っていた人だろうか、一度はそう思った炭治郎だが、どうにもその男からは強い匂い、柱になれるほど鍛え抜いた匂いがしなかった。

「やあ。いらっしゃい、千寿郎君」
「明之丞さん、わざわざお出迎えをして下さって、ありがとうございます」
「今日は体が軽くてね……」

 名前が違う。じゃあこの人がお兄さんか。炭治郎がまじまじと見つめていると、明之丞は静かに炭治郎へ笑いかける。

「君が……炎柱の書を見たいっていう……」
「はい! 竈門炭治郎と言います!」
「そう、炭治郎君。どういう理由か、僕には判りかねるが……うん、ゆっくりしていってくれ。何か、君の身になるといいが」
「ありがとうございます!」

 穏やかな人だ、と炭治郎が感想を抱いていると、明之丞は徐ろに炭治郎の頭を撫でる。

「きちんとお礼が言えて、偉いね。良い子だ」
「いえ、そんな……」
「弟は……随分前から、頭を撫でさせてくれない……。それどころか、物凄い顔で睨むものだから、君の様な素直さが……少し、恋しい」

 落ち込んだ様子の明之丞だが、一頻り炭治郎の頭を撫でて満足したらしく、自宅に二人を招き入れる。玄関から伸びる廊下が、つるりと磨かれていて眩しかった。

「あの、晋之丞さんはいらっしゃいますか? 煉獄杏寿郎さんから……遺言を預かっているんです」

 明之丞に着いて廊下を歩きながら言うと、明之丞は足を止めて驚いたように炭治郎に振り返る。

「君が……?」
「はい。あの日、俺と同期がもう二人……煉獄さんと同じ任務に就いていたんです」
「そう……。そうなのか……」

 眉根を寄せて目を閉じ、何度か深い呼吸を繰り返す。明之丞が口を開き、再び歩き始めるのに少しの時間を要した。

「柱になると、屋敷が与えられる。晋之丞は……二週間程前にこの家を出て行ってしまったんだが……」
「そうですか……」
「いや……炭治郎君は、良い時に来たよ。君達が来る少し前に、荷物を取りに来たから……部屋にいる」

 炭治郎と千寿郎が通された客間の机には、何冊かの炎柱の書が置かれていた。明之丞は晋之丞を呼んでくると言って部屋を出て行く。

「良かったですね、炭治郎さん」
「千寿郎君がお願いしてくれたからだよ」

 燎家で保管されている炎柱の書は、内容を損なわない様、新しい紙に書き写しているらしく、驚くほど綺麗な状態だったが、当然内容は遡れば遡るほどに古めかしい。本当に書かれていることをそのまま写しているのだろう、すぐには読めないものもある。
 わざわざ用意をしてくれたことに感謝しながら、手分けして“日の呼吸”“ヒノカミ神楽”について探そう、と炭治郎は千寿郎と共に炎柱の書を読み始めた。

 しばらくして、炭治郎は不意に顔を上げる。

「何だろう、焦げ臭い……?」
「焦げ臭い、ですか? 厨で何か焦がしてしまったのでしょうか」

 千寿郎は焦げた匂いなど感じないため、首を傾げる。
 炭治郎が感じた匂いは、食べ物が焦げる匂いとは違っていた。竹や薪などの植物を燃やす匂いにも似ているが、それにしては妙に鼻の粘膜を突く。痛い、そう感じた。

「……って、待ってくれ! なあ、お前の客人だぞ」

 明之丞の焦った声が聞こえた。

有明を辿る日

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