第伍話
怨嗟を煮詰めた断末魔、今しがた頸を斬った鬼にそのようなものを向けられるのは、晋之丞にとって日常茶飯事であった。刀身に付いた血を振り払いながら、鬼の消滅を確認する。人間を多く喰った鬼、生命力が強い鬼というのは、頸を斬ってもしばらく生きていることが多い。殺されたことを認識した瞬間に激昂し、鬼狩りへ一矢報いることを狙う鬼もいる。鼬の最後っ屁というやつだ。
火事場の馬鹿力が発揮されでもしているのだろうか。頸を斬った安心感も相俟って、最後の最後で道連れにされる隊士も少なくはないのだ。
鬼の体がすっかり塵と化し、風に攫われるのを見届けると、晋之丞は刀を鞘に納める。夜の闇に負けない輝きを持つ赫き炎刀こそが、晋之丞の日輪刀だった。
「あ、ありがとうございます! 柱って、やっぱり凄いですね……!」
晋之丞が応援に駆け付けた女性隊士が言う。唯一の武器である刀は折れ、体のあちこちに裂傷が出来ていた。
「怪我の応急処置はしているのか? それと、他の隊士は?」
「止血はしてます! 他の……子、は……」
──女性隊士に来た指令は、自分よりも階級の低い隊士と隊を組んで、とある雑木林に住み着いていると噂の鬼の調査並びに討伐をすること。女性隊士の階級は
まず雑木林の周りを三人と二人に分かれて半周し、外から様子を伺う。組み分けは己の三人、女性隊士と庚の隊士の二人だ。鬼の気配に注意しながら半周し、雑木林の裏手で落ち合う手筈だった。
女性隊士が庚の隊士と共に半周してしばらく、雑木林の中から叫び声が聞こえてきた。己の三人が鬼と接敵したのだと理解するよりも早く、木々がまるで鞭のように撓り始める。女性隊士は庚の隊士に応援を呼ぶように指示を出し、意を決して雑木林の中へ飛び込んだ。
通常ではありえない歪み方をしながら襲い来る木々を退け、女性隊士は鬼を発見する。自身と別れた己の隊士三人は、木々に四肢を絡め取られ、その内の一人に至っては鬼に指をかじられていた。女性隊士が鬼の頸を斬ろうと動き出すと、磔にされた隊士達が行く手を阻む。味方を斬りつける訳にはいかず、女性隊士は攻めあぐねた。
何本もの木が寄り集まって、女性隊士を攻撃する。刀で斬れる強度だと分かると、木々は糸のようにねじれ、束になって襲いかかってきた。しばらく戦っていると、女性隊士は磔にされていた隊士が一人減っていることに気づく。
踏み出そうとした足場、枯れ葉の下に大きな穴があった。女性隊士の目の前で仲間が一人、穴に放り込まれていく。鬼は言った。この雑木林全てが自身の胃袋なのだと。仲間が落ちていった穴はすぐに塞がり、枯れ葉で覆い隠されてしまった。
絶対に頸を斬る。そう決意したその時、追い打ちをかけるように女性隊士の目の前に腕が落ちてきた。思わず上を見れば、磔にされていた隊士の腕が溶かされていた。刻一刻と状況は悪くなる一方で、女性隊士は焦っていた。
任務で仲間が殺されるところを見るのは初めてではなかったが、慣れるはずもない。それに、今回の任務についている仲間は皆女性隊士の後輩だ。守らなければいけないのに。
女性隊士は必死で刀を振り、鬼の頸を捉えかけた。刃が頸に触れる、その刹那、血鬼術で阻まれ、刀は真っ二つに折れてしまった。
戦えない、頸を斬れない。そう悟りながらも奮戦していたところ、応援要請を受けた晋之丞が到着し、鬼の頸を斬った。
「隊士は土の中か? 息があるかは……」
「私……人より少し、耳が良いんですけど……」
女性隊士は聞いていた。計三回、骨が砕かれる音を。だから余計に焦っていたのだ。頸を斬る──仇を討たなければと。
「こんなこと言っても、仕方ないって分かってるんですけど……。もっと、私が強かったら……皆、生きて帰れたのかなって……」
「…………」
「炎の呼吸を使っていたから、炎柱様ですよね。凄いなあ……同じ呼吸を使ってるとは、思えないくらい」
女性隊士は現・恋柱がまだ“恋の呼吸”を編み出していなかった頃に命を救われていた。家族を鬼に惨殺され、生き残れたのは自分だけ。自分と同じ女性が、強く、たくましく、そして可憐に、人の命を救っている姿に憧れを抱いた。
「でも私は……あの人みたいに……!」
なれない、そう女性隊士が口にするより早く、晋之丞は傷に触れないよう気をつけながら女性隊士を抱え上げる。そのまま足早に雑木林を出て、応援要請を出した庚の隊士と合流させた。
「せっ先輩生ぎでる! ずびばぜん、おでっ、なにぼでぎなぐでえええ!」
庚の隊士は女性隊士と晋之丞が来る前から泣いていたが、女性隊士の顔を見るとまたさらに泣き出した。滝のような涙だ。
「ぜんばいがっ、ごんなにボロボロなのは、敵が十二鬼月だがらでずがっ? へ、変な血鬼術、づがっで」
「あの鬼は十二鬼月じゃない」
「じゃあなんでぜんばいがあああ」
「私が弱かったから……」
「ぜんばいはよわぐないもん!」
随分と女性隊士に懐いているらしい庚の隊士は、女性隊士のどこがすごいのかを泣きじゃくりながら説明する。
その喧しい声を聞き流しながら、晋之丞は十二鬼月の討伐記録は四ヶ月前から無くなっているな、と思う。
無限列車に現れた下弦の壱。その前は那田蜘蛛山の下弦の伍。隊士が柱になる為の条件の一つに“十二鬼月の討伐”というものがある。数多くいる鬼の中で、たった十二体しかいないのだとしても、条件として成立する程度には遭遇する相手だ。そも、十二鬼月に名を連ねるほどの鬼はそれだけ人を喰っている。いかに身を隠そうとも、尻尾を掴むことは可能なのだ。
しかし下弦の鬼ですら姿を見せていないのは妙だった。偶然か、それとも……。
「ぎいでるんでずが!」
「ちょ、ちょっと! この方は炎柱様なんだから失礼は……」
「は、はじら!? 俺! 柱呼んだんでずが!?」
庚の隊士は晋之丞がちらりと目を向けると、情けない声を上げて女性隊士の背後に回る。
「直に隠が来る。それまで止血を怠るな。己の隊士も探すように伝えろ。それと……」
「はい」
「……諸悪の根源は鬼だ」
女性隊士は息を飲み、目を瞬かせる。
その時だ。晋之丞の鎹鴉が慌てた様子で飛んできて、高らかに叫ぶ。
「上弦! 上弦! 遊郭ニテ上弦ノ陸出現! 応援求ム! 繰リ返ス──」
晋之丞はうなじの毛がぞわりと逆立つのを感じる。女性隊士と庚の隊士は顔を青ざめさせた。
「じょ、上弦って……。今まで討伐されてるのって、確か、下弦だけじゃ……っていない! 柱いないです、先輩!」
ようやく声の調子が戻った庚の隊士は、瞬きの間に晋之丞がいなくなっていることに驚く。女性隊士が指をさした遥か先、その派手な髪色がちらりと見えた気がした。
「は、柱怖いです先輩……。上弦、勝てるんでしょうか……」
「それは……分からないけど。きっと……」