第捌話


 耀哉自身が柱全員の揃うタイミングを見計らったのか、最後にやって来た水柱の冨岡が時間ギリギリだったのか。その時、時計を持っていなかった晋之丞には分からない。初対面の冨岡とはまともに挨拶する間もなく、柱合会議は始まった。
 会議自体は特に問題もなく、主に十二鬼月──上弦の鬼に関することを話し合い、終了した。

 ──そしてふた月と経たない内に、緊急柱合会議が行われることとなった。

 鬼殺隊が用いる鬼を滅殺する為の武器である日輪刀。それを打つ刀鍛冶たちが住む里が、上弦の鬼による襲撃を受けた。現れたのは上弦の肆と伍。二体は、恋柱・甘露寺蜜璃、霞柱・時透無一郎、竈門炭治郎、不死川玄弥の四名の隊士と、炭治郎の妹であり人を喰わない鬼・禰豆子により、討伐された。

「あーあァ。羨ましいことだぜぇ。なんで俺は上弦に遭遇しねえのかねえ」

 頬杖をつきながら、不死川が不満げにぼやく。

「ある意味運が良いんだろう……だが気持ちは分かる、俺は上弦どころか下弦すらも見たことがない」

 眉を寄せ、皮の厚くなった左手の親指と人差し指を何気なく擦り合わせながら、晋之丞は同意を示す。

「こればかりはな。遭わない者はとんとない」

 伊黒は言いながら、目を甘露寺と時透へ向けて体の調子を聞く。

「あっうん! ありがとう、随分よくなったよ」

 まろい頬を色付かせ、甘露寺は伊黒の気遣いにときめく。

「僕も……。まだ本調子じゃないですけど……」

 刀鍛冶の里から帰還し、随分と雰囲気の変わった時透が答えた。

「これ以上柱が欠ければ鬼殺隊が危うい……死なずに上弦二体を倒したのは尊いことだ」

 数珠を付けた両手を合わせ、涙を流しながら悲鳴嶼が言う。

「今回のお二人ですが、傷の治りが異常に早い。何があったんですか?」

 蝶屋敷にて実際に二人の手当てをしたしのぶが問う。だが二人よりも先に、冨岡が口を開く。

「その件も含めて、お館様からお話があるだろう」

 柱達が集う部屋に、耀哉の妻である産屋敷あまねと、息子と娘が一人ずつ現れる。全員が居住まいを正し、あまねと対面する。

「本日の柱合会議。産屋敷耀哉の代理を、産屋敷あまねが務めさせていただきます。そして当主の耀哉が病状の悪化により、今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨、心よりお詫び申し上げます」

 先日の柱合会議で現れた耀哉は病の進行が著しく、もう余命幾許もないことは誰しもが悟らざるを得ないことだった。産屋敷家の男児は“呪い”により三十まで生きられない。生まれた頃より課せられていた刻限が、耀哉の目前にまで迫っていた。
 柱達はあまねの言葉を聞くと一斉に頭を下げる。

「承知……。お館様が一日でも長くその命の灯火、燃やしてくださることを祈り申し上げる……。あまね様も御心強く持たれますよう……」

 悲鳴嶼の言葉を受け、あまねは静かに柱への感謝を述べた。

 そして柱合会議は本題へと移る。
 刀鍛冶の里で起きた上弦の肆・伍の襲撃の折、禰豆子は鬼の身でありながら太陽を克服した。鬼の首魁である鬼舞辻無惨ですら成し得ていない事だ。無惨がこれから禰豆子を狙うことは明白で、仮に無惨が禰豆子を取り込むことで太陽を克服した場合、いよいよもって鬼殺隊は成す術が無くなってしまう。
 故に、鬼殺隊は無惨に禰豆子を渡す訳にはいかない。「大規模な総力戦が近づいています」とあまねは言った。

「上弦の肆・伍との戦いで、甘露寺様、時透様の御二人に独特な紋様の痣が発現したという報告が上がっております。御二人には痣の発現の条件を御教示願いたく存じます」

 自覚がなかったのだろう、当事者である二人は驚き、甘露寺は「痣?」とあまねの言葉を反芻する。

「戦国の時代。鬼舞辻無惨をあと一歩という所まで追い詰めた、始まりの呼吸の剣士たち。彼らは全員に鬼の紋様に似た痣が発現していたそうです」

 始まりの呼吸の剣士と聞き、晋之丞は実家にある“炎柱の書”の記述を思い出す。

 ──呼吸術により、鬼の高い身体能力とも渡り合えるようになった。そしてそれを更に高めていくと、人間のまま鬼よりも強くなれる。誰も勝てない。誰も追いつけない。誰も渡り合えない。そんな剣士が一人。額には、燃える刺青。

 あの記述には続きがあった。書物が酷く劣化していたので読み解くことはできなかったが。

「伝え聞くなどして、御存じの方は御存じです」
「俺は初耳です。何故伏せられていたのです?」
「痣が発現しない為、思い詰めてしまう方が随分いらっしゃいました。それ故に」

 あまねは言う。痣についての伝承は曖昧な部分が多いのだと。その理由は、当時痣が重要視されていなかったせいかもしれないし、鬼殺隊が何度も壊滅させられかけた過程で継承が途絶えたからかもしれない。

 ただ一つ、はっきりと記し残されていること。

「“痣の者が一人現れると、共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる”」

 あまねの話を聞くに、先祖が刺青と書いていたものこそが“痣”なのだろうと晋之丞は考える。読めなかった部分にもそう正しく書いてあるはずだ。しかし、何故読めなくなっていたのかは分からない。保存状態は気を遣っていたはずなのだ。その証拠に炎の呼吸や型については事細かに記載されていて、書を読み込むことで身に付けられたのだから。

「今、この世代で最初に痣が現れた方」

 柱の階級ではありませんでしたが、とあまねは前置きをする。

「竈門炭治郎様。彼が最初の痣の者」

 あまねは当然、炭治郎にも痣が発現した際のことを聞いたのだという。しかし炭治郎の説明が要領を得ない……本人にも痣の発現方法は分からないと判断し、柱である甘露寺と時透に聞くことを決めた。

「御教示願います。甘露寺様、時透様」
「はっはい! あの時はですね、確かに凄く体が軽かったです! えーっと、えーっと」

 甘露寺はぎゅっと拳を握り締め、元気よく言う。

「ぐあああ〜〜ってきました! グッてしてぐぁーって! 心臓とかがばくんばくんして、耳もキーンてして、メキメキメキイッて!!」

 あまねは目を丸くする。冨岡も、胡蝶も、時透も。伊黒に至っては頭を抱えた。

「…………は?」
「申し訳ありません。穴があったら入りたいです」

 何一つ伝わらなかった説明に困惑した晋之丞が思わず零した声がとどめとなった。甘露寺はその場に突っ伏する。

「痣というものに自覚はありませんでしたが」

 そう言って、時透は記憶を辿るように話し始める。

「あの時の戦闘を思い返してみた時に、思い当たること、いつもと違うことがいくつかありました。その条件を満たせば恐らく、みんな痣が浮き出す。今からその方法を御伝えします」

迫り、浮かび、燃ゆる刻限

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