『記録』

 ──記録 2018年9月。
 神奈川県川崎市、キネマシネマ。

 上映終了後、男子高校生3名の変死体を従業員が発見。
 死因:頭部変形による脳圧上昇、呼吸麻痺。

 呪霊、もしくは呪詛師の犯行であると推測し、七海一級術師と高専一年虎杖悠仁を派遣。

 残穢の追跡中、現場への立ち入りを禁止していた警察官4名が侵入。全員錯乱状態にあり、キネマシネマ屋上にて、上記被害者と同じ術式を受けた改造人間2体と接触し、死亡。改造人間2体はその後排除された。
 警察官4名は呪術による精神干渉を受け、錯乱したものとみられる。改造人間とは異なる術式であること、捜査の妨害目的で呪術を行使したと予測できる点から、呪霊・呪詛師が結託している可能性あり。


 ──記録 2018年9月。
 神奈川県川崎市、市立里桜高等学校。

 里桜高校2年、吉野順平による犯行。体育館に教員生徒らが揃う全校集会を狙った襲撃。全校生徒・教職員を合わせた716名の内、714名が式神に毒を注入されたことにより昏倒。数時間後に全快し、後遺症はみられなかった。

 本件で、吉野順平の幇助をしたと思われる未登録の特級呪霊1体を確認。
 ツギハギ顔が特徴で、人語を解し、高度な知能を獲得している。人間、及び自身の肉体を変形させる術式を保持。男子高校生3名の変死体と改造人間は、この呪霊の術式によるものである。
 また、後述の呪詛師と結託しているものと思われる。

 赤髪の呪詛師。本名不明。精神に干渉する術式を保持しており、警察官4名の錯乱はこの呪詛師によるものである。
 里桜高校においては、教員1名の死亡に関与。教員の死因は過度な興奮状態に陥ったことによる血圧上昇が引き起こした脳卒中である。呪詛師の術式はきっかけであり、直接の死因ではない。

 被害者である生徒1名は左腕を毒に侵されており、暴行を受けた形跡があった。これは吉野順平による犯行である。
 さらに全身の皮を剥がれているが、命に別状はない。呪詛師による犯行だと推測される。

 里桜高校での事件後、吉野順平の自宅から実母・吉野凪の遺体と剥き出しの宿儺の指(副左腕小指)が見つかる。
 宿儺の指に寄せられた呪霊に襲われたとみられる。吉野凪の遺体は腰から下が欠損していた。
 現場には目視で確認可能な血痕はなく、吉野凪の遺体は寝室に横たわっており、掛け布団をめくると、あるだけの保冷材と氷嚢が敷き詰められていた。





 虎杖が寝返りを打つと、ベッドのスプリングがにわかに軋む。聞こえるはずもない心の声が音になった様だ。
 瞼を下ろすだけで思い返されるのは、先の里桜高校での一件である。

 本当に──考えても仕方のないことであると、虎杖自身分かっている。だが考えずにはいられない。

 順平の嘆き。呪いの嘲笑。吉野凪を殺した元凶。取り返しのつかない人間。つくはずだった人間。
 あの日の自分が両面宿儺の指を飲み込まなければ、こんな事を考える必要はなかった。腹の底から己を嘲る呪いの嗤い声や言葉の数々が耳にへばりついている。頭の中をぐるぐると巡り、それに伴って湧き立つ感情が腹の底でぐるぐると蠢く。

 やり切れなかった。
 あの時こうしていれば、ああだったら、それとも──なんて考えが浮かんでは、既に通り過ぎた過去であると現実を突きつけられる。吉野凪、吉野順平は死に、無辜の一般人が幾人も死に、大勢の事件被害者がいた。事実だけが虎杖に重く圧し掛かる。

「……オェ」

 網膜に焼き付いた光景を再生され、虎杖は嘔吐く。そんな被害者ぶった反応をする資格などないと、他でもない自分自身が、虎杖を責め立てた。





 里桜高校に在籍する生徒の内、誰かが言った。

「外村殺したのってさぁ、吉野じゃね?」

 違うよ、と即座に否定する者は現れなかった。

 先日の全校集会にて、その時間体育館にいた全員が昏倒した事件。大半の生徒は無事であったが、教員一名の死亡が後日告げられた。「病で急死した」と聞かされてはいたが、勝手な憶測を繰り広げる。

「えー、でも吉野って引っ越したんじゃないの?」
「らしいけどさぁ、伊藤も入院してんじゃん」
「あーね」

 成績優秀で顔立ちもよく、そして何より実家が金持ち。伊藤翔太は「神は二物を与えないんじゃねーのかよ」なんて陰で囁かれる程度には恵まれた立場の人間だ。しかし──それ故と言うべきだろうか。俗に言う不良たちのリーダーとして君臨し、気弱であったり自分が気に喰わない人間を嬲る残酷な一面もあった。
 誰もが標的になることを恐れて、見て見ぬフリを貫いていた部分だ。吉野順平が標的になっていたことは、同学年であれば何となく知っていた。

「親が知り合いから聞いたらしいんだけど、なんか全身に包帯巻いてる? とか。顔とか特に酷くて、全身火傷してんじゃないかって」
「コワ。え、燃やされたってこと?」
「硫酸とかかけられたのかも」
「えーやば」

 伊藤翔太ほどの被害者になり得なかった者達は、勝手な想像を膨らませる。

「いじめの主犯と担任への復讐? 的な?」
「メンツ考えるとありそー……」
「でも吉野ってそんなんできるタイプ?」
「いや分かんねぇじゃん。キレたらヤバいみたいな」
「マジだったら引っ越しじゃなくて少年院行きとか? ヤッベー、将来潰れたじゃん」
「てかさぁ」

 一人が、実に軽々しい楽観的な声色で言った。

「伊藤の顔面戻んねぇなら、アイツこれからどうすんの?」
「確かに! しょーじき顔で押してた部分ある」
「ここまでされたらさすがに大人しくなるっしょ」
「態度変わんなかったら、逆に大物じゃん?」

 悲しみや恐怖が全く無い訳ではないけれど、過ぎたことで笑いを生み出せるだけの薄情さを持ち合わせ、少年少女は真実を知ることなく、今日の会話もいずれ忘れていくのだった。