火の息吹
・継子if炎柱・煉獄杏寿郎と合流する為に、無限列車に乗り込んだ炭治郎たちは、腹の底から発せられた空気を揺るがす声に思わず圧倒された。
「うまい!」
嬉々とした様子でそう言いながら、駅で買った物であろう弁当の蓋を開ける。甘辛い醤油味の牛肉が乗った米をひと口「うまい!」、嚥下して「うまい!」、添えられた香の物を食べ「うまい!」……とかく車両内にはただ一人の大声が響いていた。己が食べる弁当を「うまい!」と言っているだけなので、作り手冥利には尽きるだろうか。
炭治郎は、もちろん圧倒されはしたのだが、「うまい!」と連呼する張本人が煉獄だと気づき、無事合流できたことに安堵した。あの人が炎柱だと、同じ任務にあたる善逸と伊之助に説明をしてから近づくと、煉獄の斜向かいに見知らぬ隊士が座っていることに気づく。ヒィ、と思わず善逸がか細い悲鳴を上げるほど──その人物は苛立っている様子だった。煉獄のいる車両に入った時には、主に弁当の匂いや他の乗客の困惑した匂いに紛れて気がつかなかったが、非常に刺々しい匂いを纏っている。
どうしよう、話しかけたら怒られないかな……炭治郎は戸惑いながらも、勇気を振り絞って煉獄に声をかけた。
「うまい!」
「あの……すみません」
「うまい!」
「れ、煉獄さん」
ぐるりと煉獄の首が炭治郎の方を向く。そして、同じ言葉を発そうとしたのだろうが、突如立ち上がった朝焼け色の髪をした隊士に胸倉を掴まれ、結果的に「うもっ!?」というよく分からない言葉に変わった。
「杏寿郎……俺に何度“黙れ”と言わせる気だ……! 弁当がうまいのはもう十分わかった。声がでかい! うるさい! 他の乗客に迷惑がかかるだろうが、時と場所を弁えろこの馬鹿!!」
「すっ! ……すまん」
煉獄が声量を落とすと、朝焼け色の隊士は手を離して、座席に腰を下ろした。黙々と弁当を食べ続ける煉獄に代わって、髪と同色の目を炭治郎たちに向ける。
「蟲柱の鴉が言っていた隊士か?」
「はい! 階級癸、竈門炭治郎です! こっちは我妻善逸と、嘴平伊之助です」
炭治郎の背中から煉獄たちの様子を伺う善逸。伊之助は初めて乗る汽車に興味津々で、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見渡している。
「竈門……あぁ、例の隊士か。俺は燎晋之丞、階級は甲。……炎柱の継子という事になってる、一応な」
「一応とはなんだ、晋之丞」
「仕来りに則ってるだけだろ」
燎は溜息をついて、“これ以上議論を続けるつもりはない”と言外に告げる。煉獄は腑に落ちない様子で眉を寄せたが、すぐに口許に笑みを湛えて炭治郎に振り返った。
「俺に聞きたい事があるそうだな! とりあえず座るといい!」
「はい、えぇと……」
どこに座るべきか、と炭治郎は戸惑う。空いている席は煉獄の隣の窓際、燎の隣の通路側だ。禰豆子が入った箱を背負ったままでは座ることはできないので、どうしたものかと思っていると、煉獄は「晋之丞」と燎に声をかける。燎は狭いな、とぼやきながら煉獄の隣へ移動した。炭治郎は礼を述べながら、窓際に箱を置き、煉獄の前に座る。
「俺の父親のことなんですが……」
炭治郎は那田蜘蛛山でのこと、ヒノカミ神楽のことを話す。胡蝶が煉獄ならば何かわかることがあるかも、と言っていた通り、ヒノカミ神楽についての手がかりを掴めればと期待を込めた。
「うむ! そういうことか!」
話を聞き終えた煉獄は、そう頷いた。
「だが知らん! “ヒノカミ神楽”という言葉も初耳だ! 晋之丞はどうだ?」
「知らん」
「そうか! 君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが、これでこの話はお終いだな!!」
煉獄、燎共々、バッサリ「知らない」と切り捨てた。一考の猶予すらもない。
「ちょっと、もう少し……」
「俺の継子になるといい。面倒を見てやろう!」
「待ってください、そしてどこを見てるんですかッ!」
炭治郎の嘆きを遮るように、煉獄は呼吸の歴史について語り始める。
──そしてこれといった手がかりは得られないまま、列車は動き出す。無限の名を冠する列車に潜む鬼の魔の手が、すぐ傍に迫っていた。
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