かくして人理は焼却された。全てが焼き尽くされた世界の中、辛うじて存在を許されているカルデアが2017年以降の未来を取り戻そうなどという決意をするには、保有する戦力があまりにも心許ない。
サーヴァントが二騎、デミ・サーヴァントが一騎、マスターが二人──内、レイシフト可能なのは一人── レフ・ライノールが起こしたカルデア爆破事件により生存者はたったの二十数名だ。
無謀である。
しかし人類、ひいてはカルデアは立ち上がらなければならない。人理の保障はアニムスフィアの使命であり、何もしないま偶発的に免れた焼失を待つことを誰も望みはしないからだ。
人類最後のマスター──藤丸立香の双肩に、人理は託された。少女は過去に遡り、数多の特異点を修復し、聖杯を探索・収集……そして、人理焼却の元凶・魔術王ソロモンに立ち向かう。
……そのつかの間、食堂でささやかなお茶会を開く藤丸は、ケーキを頬張るロマニに問いかけた。
「ドクターと千尋さんって仲良しですよね。いつからなんですか?」
「あ、それはわたしも気になります」
藤丸の隣に座るマシュが同意を示す。フォークを咥えたまま目を瞬かせるロマニは、記憶を探るように視線を彷徨わせる。
「あれはいつ頃だったかなぁ……。出会ったのは、結構前でね」
「10年以上前だろ、俺が日本に戻ってた時だから」
突然、背後から現れた千尋に、藤丸とマシュは声を揃えて「千尋さん!」と驚いてみせる。千尋は「仲良いな」と微笑ましそうに二人の頭を撫でると、ロマニの隣の椅子を引いた。
「休憩か? いいね、俺もご一緒しても?」
「もちろん! ブーディカが作ってくれたケーキ、まだあると思うから取ってきますね!」
「ではわたしは紅茶を淹れてきます!」
「え、自分でやるよ……あぁ、行っちゃった」
足取り軽く厨房の方へ向かう少女二人の背を見送り、千尋は席に着く。
「10年も経つのかぁ」
「ああ。俺もお前も歳取る訳だよな。あの時、俺は成人もしてなかったのに……」
やがて藤丸とマシュが戻り、千尋の前に紅茶とケーキが並べられる。改めて腰を落ち着けた二人は、千尋とロマニの話を聞くのが楽しみで仕方がないといった様子で、瞳をキラキラと輝かせていた。千尋は眉を下げ、困った様にへらりと笑う。
「俺とロマンが会ったのは……俺が18かそこらだったかな。京都で会ったんだ」
「京都というと、先輩のご出身でもある日本の都市でしょうか。歴史的建造物が数多く、京都に縁のあるサーヴァントの方々も大勢いらっしゃいます」
「そう、その京都。歴史を語る上では外せない都市だからな、有名どころは必然的に集まるだろうさ。ロマンくんは街中で迷子になってたのさ」
「いやぁ……迷いやすい街並みなのが悪いよ……」
地図と実際の景色を見比べ、あっちがああで、こっちがこうで、でも向こうに行くには……と辺りを忙しなく見渡していた姿を見かねて、千尋は声をかけたのだ。放っておいてもその内誰かが手を差し伸べただろうが、その後のことを思えば声をかけて大正解だったと言える。
「あの時助けてくれたのは感謝しているよ。でも、この際だから正直言うと、結構おっかなかったぞ千尋」
ロマニの言葉に苦笑する千尋。藤丸とマシュは不思議そうに千尋を見た。
二人の知る千尋は、基本的に真面目でありながらも時折気の抜けた表情を浮かべるお兄さん、といったところだ。勿論、時には刀を抜いて鋭い眼光の見せることもあるが、それが二人に向けられたことは一度もない。加えて、自身が契約する唯一のサーヴァントに頭が上がらない……という印象が強かった。おっかない、という単語は少なくとも二人の知る千尋には当てはまらない。
「浮浪者とまではいかないけど……肌寒い時期なのに薄手のシャツ一枚で、なんというか、ずっと周りを警戒している野良犬みたいだったんだよ」
「犬扱いかー……その頃の事はまあ否定しねぇけど……。……俺も犬扱いか」
千尋が脳裏に浮かべたのは、藤丸とマシュが特異点Fを攻略した後に召喚に応じた、キャスタークラスのクー・フーリンだ。主にランサーの方が……という注釈はつくが、クー・フーリンがなにかにつけて狗扱いされているのを何度か目撃している。
キャスターの方に関しては、ルーン魔術の教えを受けている為、生徒としてひっそりと(変なところが似たな……)と思う。本人に言えば、あのオークの杖で頭を小突かれることだろう。
野良犬みたい、という表現がしっくりこないらしい藤丸は首を捻る。
「全然想像できないなぁ……。どうしてそんな風だったんですか?」
「何を隠そう、当時の俺は逃亡生活真っ最中でね」
「逃亡生活!? 一体なにが……!?」
目を丸くする二人に、千尋はニヤリとあくどい笑みを浮かべる。
「1000年近い神秘を宿す秘宝の八割を盗んだんだ。ハハ! アルセーヌ・ルパンにも負けてないだろ?」
「え……えええぇぇっ!? 千尋さん、そんな大泥棒みたいなことしたんですか!!?」
「なっ、謎が深まるばかりです! 詳細な説明を要求したいと思いますっ!」
「はっはっは! こういうのは秘されるべき事だぜ、二人とも。何故なら……」
声のトーンを落とす千尋。真剣な顔で次の言葉を待つ二人の内、藤丸がごくりと喉を鳴らした。
「真実を知った者に、命は無い──なーんて!」
高らかに笑いながら紅茶を煽り、千尋はひらひらと手を振る。
「実際はちょーっと大袈裟な家出だ。いや、出奔かな? まあ、そんな感じ。秘宝ってのも無理矢理持たされてた物、家庭の事情ってやつだよ。反抗期真っ盛りの俺は家に戻りたくなくてなぁ〜。連れ戻されないために世界のあちこちを巡るのが意外と大変で……そう、直前まで温暖な国にいたんだよ。日本はちょっと寒かったな」
出奔とは言うがそう深刻そうでもなく、むしろ気楽に話してみせる千尋に、二人の少女は顔を見合わせて息を吐く。野良犬の様だった、というロマニの印象と言い、当時はそれはそれで大変だったのだろうが、そう荒むようなものではないのだろうと千尋の表情や声色が感じさせた。
実際に当時の千尋と対面したロマニは密かにティーカップの下で苦笑する。
……真実を知った者に命は無いどころか、命を狙われ続けていたのは千尋自身だ。マリスビリーが“真相”を上書きするまで、よく五体満足で生き続けられたものだと思う。きっと千尋は天運に恵まれていた。
「ドクターはどうして京都に?」
「ああ。ボクも昔、千尋と同じように世界を巡っていた時期があってね。京都には本場の美味しい和菓子を食べに」
「千尋さんもですか?」
「ロマンと和菓子は食べたけど、俺はなんて言うか……自分のルーツ……みたいなものを辿ってたんだ。京都の前は福島にいたよ」
「福島?」
同じ日本であるということ以外、福島と京都の繋がりがこれと言って思い浮かばない藤丸は腕を組んで首を傾げる。「ルーツ……というと?」とマシュが疑問を口にした。
「……俺の、高祖父……ああ、お祖父ちゃんのお祖父ちゃんが、有名人らしいって聞いてさ」
「えっ、すごい! わたしも知ってる人ですか?」
「千尋さんの高祖父というと、日本の歴史ではどの辺りの時代の方になるのでしょうか……?」
教えて。知りたい。──二人の眼差しからは、そんな言葉が聞こえてくるようだった。千尋はケーキを口に運び、胸中に滲む微かな寂寥を甘いそれと共に飲み下す。
「立香ちゃんが知ってるかは分からないけど……。俺のご先祖、新選組の斎藤一ってお人らしいよ」
「新選組! は、知ってます!」
元気よく挙手をした藤丸は、しかしすぐに気まずそうに目を泳がせながら、「千尋さんのご先祖は知らないけど……」と言う。
「俺もそうだったよ。偶然家出前に知る機会があって、どんな人なのかなーって縁のある場所に行ったんだ」
「どのような人だったのですか?」
「え? うーん、そうだなぁ……。……真面目? 警察官だったり、学校に勤めてたりしたみたいだから」
「じゃあ千尋さん似ですね! あ、千尋さんが斎藤さん? に似てるのか」
千尋は驚いたような表情を浮かべた後、すぐに「そうかな」と笑う。
ほんの一瞬過り、すぐさま笑顔の裏に潜められた表情を読み取れたのは、ロマニくらいなものだ。……似ていると言われた嬉しさ半分、この瞬間に斎藤一がいない悔しさが半分といったところか。
「後世に名を遺すほど有名な方でしたら、いつか召喚に応じてくださるかもしれませんね!」
「そうだね! あっ、ていうか、千尋さんを触媒にしたら召喚できるんじゃ?」
「ははは。それはどうだろうね。子孫だって言っても、千尋じゃ大分血が遠いんじゃないかなぁ」
「えー、そうかなぁ」
納得していない様子の藤丸は「やってみなきゃ分からないし……」と唇を尖らせる。実際に、自分が触媒となることを知っている千尋は、何も言えずに曖昧な笑みを浮かべた。
──自分の中に流れる血は、斎藤一を召喚する為の触媒になるはずだった。しかし、二度目の召喚は失敗した。
2004年に召喚した時と何が違うのか、千尋には分からない。他の英霊を喚び出す為の触媒を無視してやってきたはずの『セイバー』に、二度はなかったというのが現実だ。
もう一度自分を触媒にしたとて、斎藤一は召喚されるのか。……千尋は否と考える。他でもない自分の呼び声に応じなかったのだから、藤丸の召喚にも応じないだろう──どこかの特異点で直接縁を結べば別だろうが。
そう思いたいだけだという理性からの指摘を押し込めて、千尋は明るい声色で話題を巻き戻す。
「俺の話ばかりしちゃったな。えー……最初に聞かれたのは、ロマンと俺がいつから友達になったかだっけ?」
何年前だっけ? とロマニに問いかけながら指折り数え、千尋は思い出を辿る。
──現状、カルデアで2004年に冬木市で行われた聖杯戦争のことを知るのは、マリスビリーの助手として同行していたというロマニと、七人いたマスターの内の一人である千尋だけだ。
つまるところ、千尋が一度『斎藤一』の召喚に成功していることは、ロマニさえ口にしなければ誰にも知られることはない。
あの冬の出来事こそ、秘されるべき事なのだ。千尋はそうしているし、マリスビリーもそうしていた。誰に知られることもなく始まり、誰も気づかないまま終わった──それでいい。
10年以上前の事だと処理するには、千尋の中であまりにも熱を持ち過ぎている記憶だ。けれど、それを少女達に伝えて何になるのか。己の懐古と悔恨を曝け出すことに、最早意味はない。
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