斎藤一ともう一度出会えた奇跡に感謝するべきか。
斎藤一が自分だけの『セイバー』ではないことを嘆くべきか。
斎藤一が同一人物の別人であることにいっそ安堵すべきか。
一夜明けても、千尋の胸中は混沌としている。聖杯戦争の頃の記憶を反芻する度に、子どもじみた感情の数々が湧き立ち、染みついていく。
(……情けな)
カルデアには古今東西、あらゆる地域・時代の英霊が召喚に応じ、集まっている。王であろうと戦士であろうと怪物であろうと、藤丸の声に応じ、人理を取り戻す為に力を貸してくれるという意志があるのであれば、いちカルデア職員として当たり障りない接し方をしてきた。たとえ特異点では敵対関係にあったとしてもだ。
我が強いくせ者揃いの英雄達の中に、たった一人が仲間入りしたところで何だというのか。
日本出身のサーヴァントならば他にもいる。セイバークラスのサーヴァントだって他にもたくさんいる。幕末志士だから、新選組だから、──自分の先祖だから、何だというのか。
千尋はがしがしと乱雑に頭を掻き、くだらないことに脳のリソースを割くなと自身を叱咤する。
(この前レイシフトした微小特異点のレポートが提出されてたからその確認……、食糧庫にワイバーン肉しかないって言ってたのは誰だったかな。あぁ、それから凍結保存中のコフィンを25番から点検して……)
タブレット片手にやるべき事の優先順位を組み立てながら廊下を歩く千尋。
爆破事件後にどうにか立て直した発電所からの電力供給が、若干ではあるものの滞っている原因究明。ボイラー室横の部屋の空調が壊れているとの報告。職員のシフトを調整しつつ、仕事の割り振りを──と考え込んでいたのがいけなかったのだろう。
前方への注意が疎かになっていた千尋は、廊下の曲がり角で誰かと衝突してしまった。
「おわっ」
「おっと」
ぶつかった衝撃で後ろに倒れ込みそうになった千尋の腕が掴まれる。「失礼。大丈夫ですか?」と言うのは、インドの大英雄・アルジュナだ。千尋が体勢を立て直すと、取り落としていたタブレットを拾い上げて差し出す。
「どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう。それからすみません、前をよく見ていなかった」
「いえ、お気になさらず。私も気配に気づいて足を止めるべきでした」
あまりアルジュナと関わったことのない千尋は、少しばかり緊張しながら言葉を交わす。他のサーヴァントと接する時に比べて心臓が大きく拍動しているのは、ぶつかってしまい驚いたから……というのも勿論だが、アルジュナの体幹のブレなさに何より驚いたのだ。
現代魔術師としてはそれなりのレベルで戦闘ができると自負している千尋だが、この一瞬でアルジュナには絶対に敵わないと確信してしまった。……サーヴァントとしても破格の性能を誇るアルジュナと、現代人である自分を比べるのもおかしな話ではあるけれど。
(壁にぶつかったかと思った……。腕を掴まれた時の安定感もやばかったな、身長そう変わらないのに……)
俺もがんばろ。千尋は密かに決意を固める。
アルジュナはその場から立ち去ることなく、じっと千尋の顔を見て、問う。
「……些か顔色が優れない様子ですが、休息はとられていますか?」
「え? いや、このくらいは慣れているから大丈夫。ご心配どうも」
「マスターがお世話になっている方ですから。気にかけるのはサーヴァントとして当然です」
サーヴァントという立場だからか、本人の性格か──恐らく後者が大きい──マスターである藤丸を尊重し、優先してくれているのは有難いことだと千尋は思う。藤丸が、サーヴァントが自発的にそうしたくなる人柄であるというのも大きいだろう。
その藤丸を理由に、自分にまで意識を割いてくれるとは、と千尋は感心する。
「ところで、お時間はありますか? 貴方か……他の技師を捜していたのですが」
「うん? ああ、もしかして何か不調でも?」
「ええ。地下農園のスプリンクラーの調子がどうにも悪いようで」
スプリンクラーが壊れたという報告はまだ受けていなかったな、と千尋はタブレットを確認する。どういった故障の仕方をしているか確認し、その場で直せるようなら直す。ついでに発電所にも行こうと道程を組み立て、「分かった。案内をしてくれ」と言った。
アルジュナの案内で地下農園へ行くと、様々な野菜が育てられてる区画の内、一か所だけスプリンクラーの水が止まらなくなっていた。事前に設定した時間に合わせて放水し、停止するはずのシステムに問題があるのか、水道管が壊れているのか。
「……うーん、水道管は問題なさそうだな。となると、制御システムが……」
壁に埋め込まれている制御パネルを操作する千尋。すると絶えず水を撒いていたスプリンクラーが停止し、場は静けさに包まれる。
「お、直ったかな?」
「その様ですね。ご苦労でした、見事なものです」
「根腐れする前に気づいてくれて助か……」
ゴッ、ゴッという謎の異音に、千尋は言葉を止める。アルジュナと千尋が辺りに視線を巡らせていた、次の瞬間。
故障していたスプリンクラーから水柱が立った。そんな放水の仕方ができる作りにはなっていないはずが、間欠泉のごとく水が噴き出し、辺り一面に雨が降る。
「早く止めてください!」
「分かってる! 分かってる!」
千尋が放水そのものを停止させると、先程の暴走が嘘かのようにスプリンクラーは静かになった。千尋はスプリンクラーが壊れているのではと確認するも、水道管と同じく、やはり物自体は壊れていない様子である。
「なんだ……何が起きてる……?」
水量の調整、放水時間の短縮、回転数の減少──あらゆる数値を最低値にし、システムとスプリンクラーの接続回路にも問題がないことを確認した上で、再度起動する。……二度目の水柱が立った。
「なんで!? ああクソ、意味が分からん!」
千尋は頭から水を被りながら修理を続ける。
すぐ側に立っているアルジュナは運良く水を被ることはなかったが、ほんの少しだけそれがいたたまれない。自分が故障に気づき、修理を頼んだ手前「あとはよろしく」と立ち去ることもできず、内心で千尋を応援しながら見守っている。
──そして、十本目の水柱が立った頃。俯いた千尋が肩を揺らし始めた。
「……あの?」
「ふ……ふふ、ふふふ……」
十一本目の水柱が立つ。
「あーっはっはっは! なんだこれ意味わかんねぇ! なんでこれで直んねぇの、どういう壊れ方してんだよ! はっはっはっは!!」
アルジュナは目を見張った。どういう壊れ方をしているのかというのはこちらのセリフである。ただしスプリンクラーではなく千尋に対して。
しかし一流の戦士であるアルジュナは狼狽えず、「村正を呼ばなければ」と冷静に判断し、出入口へ向かう。
恐らく寝不足と疲労とその他諸々でテンションがおかしなことになっている千尋を、ひとり地下農園に置き去りにしていいものか。迷いを抱くアルジュナの前に、幸運にも一騎のサーヴァントが現れた。
「丁度良いところに。そこの貴方、今すぐ村正を呼んできてください」
「え? ムラマサ?」
突然アルジュナに声をかけられたサーヴァントは、困惑した様子でアルジュナを見る。
このカルデアにおいて定期的に視線を集めている村正を知らない者はいない。つまり、未だカルデアの内情を把握し切れていない召喚されたばかりのサーヴァントであると、アルジュナは推測する。
「存じ上げませんか? ……いえ、説明している時間が惜しい。分かりました、では私と村正が戻るまで彼の監視をお願いします」
「監視? 一体……」
説明もそこそこにアルジュナは去って行く。その背を見送ったサーヴァント──斎藤一は、地下農園で何が起きているのかと足を踏み入れた。
そこにいたのは、壁際で機器を操作しながら激しく水を撒き散らすスプリンクラーを前に高笑いをする千尋だ。一体何をやっているのかと、斎藤は頬を引きつらせる。
「おいおい、どうした?」
「あははは! 見ろよセイバー! 直そうとしてんのに水の勢いを弱くすると強まるようになっちまった! 意味わかんねぇだろ、はははは!」
「はは……」
完全に目が逝ってしまっている。昨日の今日でこれとは……と斎藤は頭を抱えた。
──カルデアに召喚された斎藤一には、前回召喚された時の記憶がある。
厳密には記録と言うべきなのかもしれないが、少なくとも斎藤自身は記憶として認識していた。
体感としては、昨日のこと。ライダーに霊核を砕かれ、退去し、目を開けたら再び召喚されていた。一日くらい寝ていたかな? なんてそんなことを考えてしまう程、あっさりとした時間間隔だ。
しかし召喚に際して与えられた知識によれば、今は2016年。あの聖杯戦争から十二年もの月日が経っているなど、そう信じられるものではなかった。……他人行儀に「初めまして」などという千尋を見てしまえば、信じざるを得なかったけれど。
あの頃よりも背が伸びた。子どもではなく、大人になっていた。心からの笑顔は、作り物のそれに変わっていた。
別人のよう、とまでは行かないが、今を生きているからこその変化が千尋にはあった。
サーヴァントである自分が覚えているのに、まさか千尋が自分の事を忘れたのかと、斎藤が錯覚しそうになるほどに。
その不安は杞憂であったと、「セイバー」と呼ばれた瞬間に知ることはできたが。
「どんだけ無理してんのよ。とりあえず一回、水止めなさいって。あーあぁ、こんなに濡れちまって……」
「オイ見ろってセイバー! 虹!」
「聞こえてねぇな? さては。千尋! 一旦ここから離れ──」
「今修理してんだから邪魔するな!」
「出来てないだろ!?」
ひとまず濡れない場所へ移動させようとするも、千尋は全力で抵抗する。サーヴァントの筋力に抵抗してみせる千尋は何なのか、と斎藤が本腰を入れようとした時、「やめとけ」という制止の声がかかった。
振り向けば、斎藤に千尋の監視を頼んだアルジュナと、もう一人サーヴァントがいる。
「下手な事するとガンドが飛んでくるぜ。こういう時ァな、こう」
「ウッ」
首の裏に手刀を一発。意識を落とされた千尋は、小さな呻き声と共に沈黙した。斎藤は目を瞬かせ、気絶した千尋を軽々と俵担ぎにする人物を見る。
「ウチのマスターが悪ィな。まあ人理だカルデアの為だと頑張ってんだ、多めに見てやってくれ」
「ああ、いや……。……あんたがムラマサさん?」
「おう。千尋のサーヴァント、千子村正だ」
「ムラマサって、あの村正かよ! ……そういう事もあんのか、カルデアは」
「ハハッ、なんだ坊主。儂のことを知ってんのかい。刀の出来か、それとも悪名の方かねぇ」
村正と言えば、徳川に仇を為す妖刀伝説が思い浮かぶ。斎藤の脳裏に過っていたそれを見透かしたかのような言葉に、斎藤は「いや刀の方ですよ、村正御大小とか」と笑ってみせた。
「お前さんも剣士だろ? 儂でよけりゃ、そいつの手入れぐらいしてやるぜ。マスターが世話になったからな」
「あの村正に刀を見てもらえるなんてなぁ。……ああ、それより、あんたは……」
「失礼ですが、彼を早く休ませた方が良いのでは?」
小さく眉をひそめるアルジュナが言う。
「元はと言えば、私が無理をさせたようなものですが……」
「いや、休まなかったのはコイツだ。気にすんな。……とりあえず、この水だけでも止めねぇとだな」
「先程はこう操作をしていたような」
千尋の操作を思い返しながら、アルジュナは制御パネルを弄る。水は勢いを失い、スプリンクラーから軽く滲み出す程度まで落ち着きを取り戻した。
「さて……他の技師を呼びに行かなければ」
「アルジュナも世話かけたな」
「いえ、この程度は構わないのですが、監視の目を厳しくするべきでは?」
「違いねぇ」
やれやれ……と溜息をつきながら地下農園を出て行く村正。意識を刈り取られた状態で連行される千尋を見る斎藤に、アルジュナは「我々のマスターは藤丸立香ですが、村正のマスターは藤田千尋です」と言う。先程、斎藤が村正に聞こうとしていた事だった。
「村正以外にも契約してるサーヴァントは?」
「いませんよ」
「そうか……いつ村正を召喚したんだ?」
「さあ、私も詳しくは知りませんが、彼らが長い付き合いであることは確かなようです」
「……そうか」
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