治外法権

 生憎の晴天だ。南極の標高6000mの山中にあるカルデアの外は、基本的にいつも吹雪いている。空を見られる日の方が少ないはずなのに、どうして今日という日に限って太陽は顔を覗かせているのか。鬱屈とした溜息を吐く千尋は、太陽の光を取り込む廊下の大窓から空を憎々し気に睨みつけ、舌打ちをすると中央管制室へ向かった。

 ──2017年12月27日。
 予定通り、カルデアの新所長となる男……ゴルドルフ・ムジークはやって来た。

 スタッフ一同は中央管制室に集合し、男を出迎える。所長代理として、最前列に──スタッフ達を庇う様に──立つ千尋は、傍のダ・ヴィンチと目配せをすると、愛想笑いを浮かべた。

「ようこそ。人理継続保障機関フィニス・カルデアへ。長旅ご苦労、改めて、書面上ではない挨拶を。所長代理の藤田千尋です。ゴルドルフ・ムジーク殿」

 目を細め、千尋はゴルドルフに手を差し伸べる。自然と、握手に応じる為に倣ったゴルドルフは、千尋の右手の甲に令呪が刻まれているのを確認すると、差し出しかけていた右手を引っ込め、背中に回した。

「あー、キミ。藤田千尋。英霊召喚システムの確立にあたり、実験台としてサーヴァントを召喚したと。そういう話だったね?」
「ええ、はい。それに関しては人理焼却以前の事ですから、まさか報告不備などとは仰いませんよね?」
「うむ、うむ。今のは事実確認だよ、キミ」

 ゴルドルフは笑顔で言葉を発する千尋に、些か気圧された様子だった。一度、ちらりと斜め後ろに立つ薄桃色の長い髪を揺らす美女に振り返り、再び顔を正面に戻す。

「それで、そこにいるのが?」
「彼が私のサーヴァント。キャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチです」
「どうぞ、よろしく」

 ダ・ヴィンチが微笑みかけると、ゴルドルフは密かに嘆息した。それだけ、彼の理想を体現した微笑は美しい。

「マリスビリー所長が健在だった頃より、ダ・ヴィンチはカルデアに叡智を貸している。彼の技術力なくては今のカルデアはない……という理由で、唯一、退去させていないサーヴァントですが。異論は?」
「……よかろう。カルデアが無断で召喚したという数多の英霊共と違い、明確な役割が残っているということだな? 令呪による拘束もあるのだろう。…………」
「……ああ、何です? 私がキャスターに指示して反旗を翻すとか? はっはっは、大丈夫ですよ。魔術協会に逆らうなんて、そんな無謀なことしませんよ。賢く生きていかないと、ねぇ?」

 そう言って千尋は、ゴルドルフを安心させるように、へらりと笑う。気の抜けた笑みは、斎藤に倣ったものだ。ゴルドルフの側に立つ美女が「話の通じそうな御仁ですわね、閣下」と、どこか機嫌良さげに囁いた。ゴルドルフは強気に「そうでなくては」と頷く。

 ゴルドルフは、前所長オルガマリー・アニムスフィア。所長代行ロマニ・アーキマン。両名が不慮の事故により役職を果たせなくなったというカルデアからの報告を、再度確認し、補佐を務めていた千尋が所長代行を引き継いだことに対して「ご苦労」と労わりの言葉をかけた。

「その役目もここまでだ。現時刻より、カルデアの全権は私が引き継ぐ。そして──」

 カイゼル髭の下、不敵に口角を吊り上げるゴルドルフ。

「早速だが、キミたちを拘束させてもらおうか」

 武装した兵士が銃口を一斉にスタッフ達へ向ける。半歩前に出た千尋の顔からは表情の一切が消え失せ、ほの暗い瞳でゴルドルフを見据える。

「おおっと、これは穏やかじゃないな。拘束? 拘束と言ったのかい?」
「新所長……この独断はいただけないな。まず銃を下ろすように指示してくださいよ。スタッフにそれを向けるなと」
「独断? 何を言っているのかね……下がりたまえよ、藤田」
「銃を下ろせ」

 低く、唸るように言う千尋。ゴルドルフは何度も美女に対して振り返った。

 報告では、藤田千尋は、カルデアの創設者であるマリスビリー・アニムスフィアと偶然縁があり、スカウトという形でカルデアに入所した技師だとあった。多少ルーン魔術の心得はあるようだが、長い歴史を持つムジーク家とは比べ物にならない、魔術師としては底辺の人物だと。あるのはあくまでもそこそこの知識のみ、戦闘技能があるなどとは聞いていない。
 強気に出られる理由も、研ぎ澄まされた殺気も持たない凡人のはずだ。

「こここ、コヤンスカヤ君! どうなっているのかね!」
「閣下。“窮鼠猫を噛む”という諺をご存知でして? 彼はさながら追い詰められた鼠……ですが、状況を理解できないほど脳ミソが小さい訳ではないでしょう。サーヴァントと契約するマスターですもの、強気に出ているだけでは? 負けないで♡」
「う、うむ。そうか、そうだな……!」

 美女……コヤンスカヤから背を押されたゴルドルフは、咳払いの後、毅然として「下がりたまえ」と告げる。

 千尋も、そしてダ・ヴィンチも引かなかった。

「私たちが拘束される謂れはない筈だ。少なくとも、査問会とやらが終わるまではね」
「こちらのあずかり知らないところで犯罪者扱いされているにしては、私兵の数が少ない。今まで見向きもしなかった観測所、人理焼却、その解決。カルデアは魔術協会にとってブラックボックスもいいところでしょう。銃でサーヴァントは殺せませんよ」
「いいのかな? 今すぐ協会に確認をとっても。そういう手段をとってしまっても?」

 ──おかしい。こんなはずでは。
 ゴルドルフは声を潜めてコヤンスカヤを問い詰める。

「どういう事だ、コヤンスカヤ君。あの二人、頭が働くぞ? カルデアに残っているのは技術者と半人前のマスターだけ。私に逆らえる人間はいない、という話ではなかったか?」
「ええ。そういう触れ込みで、閣下にこの商品カルデアのご紹介をさせていただきましたわ」

 申し訳なさそうに言うコヤンスカヤは、しかし次の瞬間には「私の報告ミスのようで♡」と開き直った。ゴルドルフはあんぐりと口を開ける。

「あのマスターとサーヴァントは自分の立場を弁えず、私ども魔術協会に従わない極悪人のようですわ……」
「待て。待ちなさいよコヤンスカヤ君。魔術師に逆らう使い魔って、それ危険じゃないかね? 令呪での拘束が見込めないということかね!?」

 英霊だよ!? と戦くゴルドルフを、コヤンスカヤは弁舌をもって励ます。いざとなればNFFサービスは閣下の体に傷一つ付けさせません……ただし特別サービスなので別途料金は頂きます、とか。強気でいきましょう、とか。ゴルドルフを篭絡せしめたかんばせを近づけて「閣下」と囁けば、ゴルドルフは負けじと胸を張ってみせた。
 ……千尋達とゴルドルフは、そう離れた位置に立っている訳ではない。いくら声を潜めていても、雑音の無い管制室ではやり取りがきちんと耳に届いている。なんだこいつ、と千尋はゴルドルフをじっとりと睨みつけ、片眉を上げた。

「──コホン。口の減らない奴らだ」

 ゴルドルフは、魔術協会から借り受けた人員は、先程自身と共に入館した数の三倍はいると語る。重罪人として旧スタッフを拘束し、及びカルデアの調査は、魔術協会の意向に他ならないと。
 旧スタッフは4人1組で個室へ押し込められ、査問会の取り調べで呼ばれるまでは待機させられるのだという。

「わっはっは、私が紳士である事に感謝したまえ! おとなしくしていれば、すぐに解放してやろう!」
「チッ」
「え……?」
「ああ、すみません。正直者なのでつい本音が」

 大層な舌打ちにビクリと肩を震わせるゴルドルフに、千尋は悪びれもせず、棒読みで謝罪した。

 ダ・ヴィンチは、ゴルドルフに何故カルデアを買い取ったのかを問うた。ゴルドルフは時計塔への嫌悪感を口にし、得意気に組織というものを語る。
 すると、管制室の扉が開き、ひとりの男が現れた。長身で、体格のいい、カソックを纏って十字架を首から下げた人物だ。

「お初にお目にかかる。私は言峰綺礼。聖堂教会から査問団顧問として派遣された神父だ。査問が終わるまでの数日、ここに滞在する」

 ──よろしく、人理継続を果たしたカルデアの諸君。

 そう告げる言峰と、千尋の視線がかち合う。微かに細められた目に、どこか引っかかりを覚えた。

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