墜茵落溷

 4人1組での拘束という話だったが、スタッフの総数の関係で千尋は一人、謹慎室に軟禁されていた。己のサーヴァントだと紹介したダ・ヴィンチとは引き離され、扉のすぐそばには見張りが二人も立っている。先程まで取り調べを受け、マリスビリーのことやカルデアの内情、行われていた実験など、12時間以上も問い詰められ続けた。似たようなことを少し言葉を変えて問うていたのは、「聞かれなかったから答えませんでした」という解答を防ぐためだというのは分かるが、募りに募った千尋の苛立ちは爆発寸前だ。目元に浮かんでいるクマを掻き、硬いベッドに寝転んだ。

「…………」

 ダ・ヴィンチのことはスタッフ全員と口裏を合わせている。取り調べでも、召喚例第二号・千子村正についてはそう追及されることはなかった。

 こうして旧スタッフが軟禁されているように、査問会では何が起きるか分からなかった。不測の事態に備え、村正は霊体化して格納庫へ潜ませている。契約サーヴァントがいないのに令呪が残っているのは不自然だからと、はぐれサーヴァントとしてカルデアに常駐しているダ・ヴィンチを偽装契約サーヴァントとして据えた。謹慎室を分けられていることからも、嘘はバレていないと考えていいだろう。
 普段腰に佩いている刀剣二振りも、村正に預けている。何事もなく査問会が終わり、カルデアを追い出されるのであれば、それでいい。格納庫へ行く余裕すらもなかったら、村正とはこれといった挨拶もすることなくお別れとなる。

 できればそれは避けたい、と千尋は薄暗い天井を見上げる。……神父の声が聞こえてくるようだった。

 ──「斎条千尋という人物に心当たりは? そう、君と同名の男だ。およそ十三年前に行方知れずとなり、君がカルデアへ入所した年に、斎条家は捜索を諦めた。何でも、死亡が確認されたそうだ。死体が見つかった訳ではないようだがね。奇妙な話だろう? ……ああ、斎条家について話した方がいいかね? 君とは何の関係もない、日本の魔術師の家系なのだが……」

 言峰神父は取り調べが終わった後、千尋が部屋へ戻るまでの道中、周囲に誰も人がいないことを確認した上で話しかけてきたのだ。千尋は「魔術師の話なんぞ興味ねえな」と切り捨て、言峰神父も「そうか」と返事をした後は何も言わずに踵を返したが、だからこそ警戒が強くなる。

 何故、聖堂教会の人間が『斎条千尋』という一個人を知っているのか。千尋が聖堂教会と接点を持ったのは、聖杯戦争の一度きりだ。それも使い魔に戦争の概要を聞いた程度である。
 カルデア入所と共に斎条家が千尋の追跡を諦めたのは、マリスビリーが「聖杯戦争の優勝者はセイバーのマスター」という噂を、「しかしセイバーのマスターは、根源到達前に死亡した」と上書きしたからだ。優勝者の偽装に大変迷惑していた千尋が、死んだことにしろと頼んだ。

(何だ、あの神父……どこかで会った訳じゃないだろ。でも妙な……)

 疲労した頭では記憶や知識を辿るのは難しい。瞼を下ろして眉を寄せていた千尋だが、次第に眉間から力が抜け、水底に沈むように意識を手放していった。





 ……時間神殿から帰還し、しばらくした時のこと。工房から顔を覗かせたダ・ヴィンチが、偶然通りがかった千尋を手招きした。

「どうした? レオナルド。何か用か」
「ああ。キミに、とっておきの秘密を共有しようと思ってね」
「とっておきの秘密?」

 二人っきりじゃないのが残念だけど、といつもの調子でウインクするダ・ヴィンチは、千尋を工房の奥へ誘導する。相変わらず物が増える一方の工房だ、いずれ足の踏み場までなくなるんじゃないかと千尋は常々思っている。実際は、定期的に整理整頓を行っているようだけれど。

「これだ」

 工房の奥に、布がかけられた何かがあった。随分と大きい。第六特異点で組み上げていたオーニソプター・スピンクス以来の大作だろうか。
 ダ・ヴィンチが布を取り払うと、そこには水槽があった。……中には管で繋がれた少女が浮いている。──ダ・ヴィンチと瓜二つの少女だ。

「……レオナルド……天才だとは思ってたが、まさかこんなものまで……」
「いいリアクションありがとう。期待通りだとも」

 瞼を下ろし、水槽の中で浮いている少女がサーヴァントであると千尋は見抜いた。

 ダ・ヴィンチは、自身の作品である少女を“不測の事態に備えたスペアボディ”だと語る。

「格納庫で建造を進めてるシャドウ・ボーダーの制御端末でもある」
「ああ……あれか。なるほど」
「正規の英霊ではないからね……耐久面や万能性に関しては、さすがの私と言えどもサーヴァントと同等の霊基にするのは難しい。ただ、私の知識や記憶をバックアップしているから、叡智については折り紙つきだ。キミも知っての通り、ね」

 そろそろシャドウ・ボーダーの中へ移そうと思うんだ、とダ・ヴィンチは水槽に触れる。美しき万能の人と、目覚めを待つ愛らしき万能の子。二人を見る千尋は、溜息混じりに「リスクヘッジばかり上手くなってねぇか」と呟いた。ダ・ヴィンチは眉を八の字にする。

「二手、三手先。常に“もしも”を考えていないと、足下を掬われるぜ? ホームズもよく言ってるだろ、『常に別の可能性を』」
「そりゃ、まあ。そうだが」
「彼女が目覚めた時、変わらず仲良くしてくれよ」
「はは、親心か? 言われるまでもないよ」

 千尋は、少女の名前をダ・ヴィンチに問うた。
 形の良い唇が、真名を紡ぐ。

「レオナルド・ダ・ヴィンチを冠する、彼女の名は──……」





 千尋が謹慎室でぼんやりと過ごしていると、扉がノックされる。

「やあ、マスター。起きてるかい?」
「ダ・ヴィンチか。どうした?」
「招集だ。なんでも、ゴルドルフ新所長が連れてきたスタッフでは、Aチームのコフィンの解凍オペが間に合わないそうだよ」
「だろうな……」

 いくら優秀な人材と言えど、あれの構造や原理を初見で把握し、中にいる人間を殺さないまま開けようなどというのは無謀だ。ゴルドルフとしては、ギリギリまで旧スタッフの手は借りたくなかったようだが、背に腹は代えられないのだろう。──査問会の終了まで24時間を切った。

 重い腰を上げ、千尋は謹慎室を出る。背中には依然として銃を突き付けられながら、中央管制室へ向かった。技術部門を取り仕切った者として指示を出し、ダ・ヴィンチと共に解凍を進める。

 ──コフィンの解凍が終わったのは、それから12時間後。12月31日が終わりが目前まで迫っていた。

「ふわっはっはっは! 見事だ、フジタ君ダ・ヴィンチ君! 見直したぞ!」

 作業を見守っていたゴルドルフが手を叩く。

「我々が三日かけてできなかった事をひと晩でこなすとは! これは君達の処遇も考え直すべきかな? これほど優秀な技師を失うのは惜しい」
「お褒めに与り光栄です、ゴルドルフ新所長。貴方にもっと早く頼っていただけなかったのが残念で仕方ありませんよ。今からではアフタヌーンティーも用意できない」
「カルデアの発電装置も扱いが難しいと報告があったところだ。正直、理屈が分からない、と」

 千尋は額に手を当て、目の前で大きく溜息をついてみせる。よくもまあ、そんな状態で引き継ぎなどできると思ったなと、呆れさえ覚えた。
 千尋がカルデアに勤め始めて10年。ダ・ヴィンチが召喚されて5年。時間をかけて作り上げ、把握し、整備してきたものを、一週間足らずで把握しろというのは新旧スタッフどちらにも優しくない。

「フジタ君。君は所長代理補佐を務めていたのだろう? ダ・ヴィンチ君は私の秘書として、君は所長補佐として。ここに残るというのは? それならば設備に関する不安も解決だ。私は従順な者には寛容だぞ?」

 新所長直々のスカウトを、千尋は鼻で笑う。

「面白い冗談だ。なあ? ダ・ヴィンチ。目が覚めるようなジョークをどうもありがとう」
「謹んで辞退させてもらうよ、ゴルドルフ新所長。私は以前のカルデアに興味があっただけだ。ゴルドルフ氏のカルデアには、なんの興味も未練もない」
「あのマリスビリーでさえ、俺のスカウトには相応の対価を用意したんだ。彼以上の物を用意できないなら、俺が従う義理はないな」

 迷いの余地すらもない返答に、ゴルドルフは「可愛げのない!」と歯噛みをする。

 そんな会話をしている内に、コフィンが解放される。
 ゴルドルフは真っ先に、Aチームのリーダーであるキリシュタリア・ヴォーダイムのコフィンを開かせた。中には長い金髪をたなびかせる青年が入っている──はずだった。

「──ありません。いえ、いません! コフィンにキリシュタリア・ヴォーダイムの姿がありません!」

 姿を消していたのはキリシュタリアだけではなかった。カドック・ゼムルプス、オフェリア・ファムルソローネ、芥ヒナコ、スカンジナビア・ペペロンチーノ、ベリル・ガット、そしてデイビット・ゼム・ヴォイド。先程まで“そこにいる”と反応があったはずのコフィンは空、Aチームのメンバーは一人残らず姿を消していた。

 一体何が、と混乱が波紋のように広がる中、唐突にアラートが鳴り響く。

《警告 警告。現時刻での観測結果に ■■ 発生》
《観測結果 過去に該当なし。統計による 対応、予報、予測が 困難です》
《観測値に 異常が検知されません》
《電磁波が 一切 検知 されません》
《地球に飛来する 宇宙線が 検知されません》
《人工衛星からの映像 途絶 しました。マウナケア天文台からの通信 ロスト》
《現在────地球上において 観測できる他天体は ありません》

 文明の灯火が消えた時のように。焼却された人理と同様に緋色に染まった時のように。
 ──カルデアスは生命活動の停止を表すかの如く灰色に染まる。生命活動の終了を予期するかの如く亀裂が走る。

《疑似天球カルデアスに負荷がかかっています。観測レンズ シバ を停止 します》

 アナウンスがそう告げると、続けざまに別のアラートが鳴り響く。青い警告灯はカルデアへの侵入者を意味する。

「正面ゲート、第三ゲート、第六ゲートに魔力感知! なんだこれ……なんだこれ!? 増える……どんどん増えていくぞ!?」
「ぼさっとしない! シバが使えなくても通常の監視カメラがあるだろう!」
「正門とカルデア周辺の映像を出す!」

 モニターにカルデアを取り囲む大量の黒い兵士が映し出される。彼らを率いているのだろうか、白銀の髪をたなびかせる少女がひとり。カメラ越しにも伝わる異質な存在感──サーヴァントだ。

 黒い兵士はカルデア内に侵入しており、ゴルドルフが雇った兵隊たちからの連絡が次々に途絶える。アナウンスが無機質な声でゲートの封鎖を報告した。

「……連中の目的はなんだ? 向かってるのは十中八九中央管制室ここだろうな。数が数だ、じきに陥落する」
「な、何!? サーヴァント一騎ではどうにもならないと!?」
「二騎でもどうにもなりませんよ。どうにかするなら、対軍宝具でも使ってカルデア諸共でしょうね。──令呪を以て命ずる。来い、村正!」

 千尋の右手の甲に浮かぶ令呪が光輝き、一画消費されると同時に管制室に村正が現れる。ゴルドルフは「退去しているはずでは!?」と報告との齟齬に戦いていた。千尋は村正から自身の刀を受け取り、腰に差す。

「魔術協会のことなんて信用してるわけないでしょう。……よし、スタッフは全員格納庫へ避難だ! 俺とダ・ヴィンチは工房へ。村正はスタッフの護衛を優先、状況に応じて念話か令呪でまた呼ぶ」
「おう、任された!」
「……ゴルドルフ新所長はどうされますか?」
「私も逃げるに決まっているだろう! こんなこと、コヤンスカヤから聞いていない……!」

 そう言って、ゴルドルフは残った私兵を連れて管制室をいの一番に飛び出した。続くように村正とスタッフが、最後に千尋とダ・ヴィンチが出て行った。

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