「いや、よかった! 私だけではこの数の兵士を相手取るのはなかなか厳しいからね!」
「サーヴァントだろ、何言ってんだ!」
「私は武勇で英霊になったわけじゃない。知ってるだろう?」
「そりゃあな!」
ダ・ヴィンチの工房へ向かう道すがら、立ちはだかる黒い兵士を共に倒しながら進む。倒しても倒しても兵士は立ち上がり、ダ・ヴィンチと千尋に殺意を向けてきた。
それでもどうにか工房へと避難し、ダ・ヴィンチは霊基グラフを回収する。予想通り──希望通り、工房に立てこもっていると藤丸とマシュが助けにやって来た。二人を迎え、格納庫を目指す。
地下格納庫ではムニエルと村正が四人を迎えた。目立つ怪我もしていないのを確認すると、どこか安心したように表情を和らげる。
「村正。スタッフは……」
「管制室からここに来るまでの道中に二人拾って、西館まで逃げられた奴らは間に合ったって話だったな?」
「あ、ああ。……東館の通路は、氷で塞がれていたみたいで……。その、東館に逃げた連中は、みんな……」
「……そうか。いや、君達が無事でよかった」
カルデア以外で召喚されたと思しき、あの白銀の髪を持つサーヴァントの仕業かと、千尋は拳を強く握り締める。どうやって英霊召喚を行ったのか、何故カルデアを襲撃しているのか。疑問と悔恨は尽きないが、噛み締めている場合ではない。今は、とにもかくにも、この状況から抜け出すのが先決だ。
「立香ちゃん、マシュ。早くコンテナの中へ。話は中で……」
千尋が二人の背を押そうとした時だ。アナウンスから、震える声が聞こえてきた。──ゴルドルフの声だ。
どうやら彼が連れていた私兵は全滅、ひとりでどうにか奮戦しているらしい。助けを求め、不条理を嘆き、悔しさで喉を詰まらせて──言った。
《死にたくない、まだ死にたくない! だってそうだろう、私はまだ、一度も、一度も──一度も、他人に認められていないんだ! まだ誰にも、誰にも愛されていないんだよ……!》
その言葉は、彼女の言葉だった。
彼女が最期に言い残した、心からの叫び。
「っ────来て、マシュ!」
「了解です、マスター! ゴルドルフ・ムジークの救出に向かいます!」
二人は弾かれたように走り出した。地下を出た先に待つ危険など省みず、あの日届かなかった手を取る為に。
「所長代理! 二人を止めないと!」
「──いや。ホームズには待つように伝えてくれ。俺……それからダ・ヴィンチが彼女たちを必ず連れ帰る。村正はコンテナを守れ」
「ったく、そこで儂を向かわせるべきじゃないのかねぇ」
やれやれと肩を竦ませる村正は、待っているだけなど耐え難い、自分が行かなければ気が済まないという千尋の心情を理解していた。ムニエルをコンテナに押し込み、扉の前に立つ。
千尋とダ・ヴィンチは藤丸達を追いかけた。
廊下を駆け抜けながら先程のアナウンスを逆探知し、どこのブロックにゴルドルフがいるのか目星をつける。
「そこの廊下を曲がった先にいるはずだ!」
「はい!」
角を曲がる──黒衣の兵隊に囲まれ、息も絶え絶えなゴルドルフの姿がそこにはあった。
「ヒュウ! 大した悪あがきだ、まだ生きているとはね、Mr.ゴルドルフ!」
「な!? 貴様はキャスター! それに……デミ・サーヴァントの小娘に、みそっかすのフジマル、いけ好かないフジタまで!? ななな、何をしに来たのだ、貴様ら!?」
「何を? 決まってるだろ、あんたを助けにだ! 立香ちゃんに感謝しろよ、彼女があんたの生存を望んだんだ!」
兵隊を退け、息つく間もなく来た道を引き返す。
あと少しで、というのを何度も繰り返した。そこの扉を抜けたら、そこの角を曲がれば、そこの道を進んだら。確実に地下格納庫は近づいているはずなのに、同じ距離を走っているはずなのに、ゴルドルフの下へ向かった時よりも遠く感じてしまう。
道中、コヤンスカヤが立ちはだかり、東館を凍結させたサーヴァントが姿を現した。絶体絶命と思われたその状況をダ・ヴィンチの機転でどうにか潜り抜ける。
「…………」
……そして、格納庫まであとほんの少しといったところだった。背後から迫る兵隊の足音に、千尋は立ち止まる。藤丸が「千尋さん!」と振り返った。
「いい、そのまま行け! 俺が食い止める」
「で、ですが……!」
「レオナルド、早く三人を連れていけ」
千尋は藤丸とマシュに、緊張感のない笑みを向けた。
「大丈夫大丈夫。千尋くんてば無敵だから? ……とか言ってみたりしてな。実際死ぬつもりはないよ。生き残りに関して一家言あるぜ? 俺は。2004年の聖杯戦争……今や生きてるマスターは俺だけだからな!」
「立香ちゃん、マシュ。彼なら大丈夫、ほら行くよ!」
千尋をその場に残し、四人は扉を抜ける。
藤丸達は、助けに戻らなければと言うだろう。だがデミ・サーヴァントであるマシュはもう戦闘は難しい。仮に藤丸がひとりで戻ろうとしたところで、村正が止めるはずだ。
現れた黒い兵士の軍勢に、千尋は斬りかかる。──第七特異点のキングゥの言葉を借りるのであれば、量産型。サーヴァントではない存在に、負ける訳にはいかなかった。
◆
──
霊核を貫かれても尚、ダ・ヴィンチは微笑んでみせた。
コンテナの扉が閉まる。少女らはこのカルデアから脱出する。今にも消滅しそうな霊基を意思の力だけで保ち、ダ・ヴィンチはそれを見送った。
一秒でも長く、己を殺した男をこの場に留めなければならなかった。
(……ああ……まったく。この私が走馬灯を見るだなんて、らしくない……)
友の声が聴こえた。今は亡き大馬鹿者と、これからも生きる大馬鹿者。二人分の声だ。
召喚例第四号として召喚されたダ・ヴィンチは、カルデアという組織がどういうものかを聞き、すぐに退去してやろうと考えた。人理の保障を掲げる癖に設備は心許ない。デミ・サーヴァント計画などという非人道的な実験を行っている。ロマニ・アーキマンというただの人間がいなければ、カルデアに身を置いたりなどしなかった。
ダ・ヴィンチが召喚された時、その場に千尋はいなかった。カルデアにおいて唯一、サーヴァントと契約しているマスターだとロマニに紹介されたのは数日後のことだ。
──「俺は藤田千尋です。よろしく……レオナルド・ダ・ヴィンチ? …………えっ男?」
あの時千尋が見せた間抜け面を、ダ・ヴィンチはよくよく覚えている。
彼のようなまともな人間もいるのなら、サーヴァントとしてきちんと契約してやってもいいと思った。
彼はこの天才の足枷になるような人間ではなかったからだ。
けれど、そう思う頃に今更契約を結ぶのもなんだか違う気がして、ダ・ヴィンチがそれを口にすることはなかった。そもそも、千尋には既に村正というサーヴァントがいる。だから単純に友人として、時を過ごした。
そして、あの時の判断はこの上なく正しかったのだと、ダ・ヴィンチは思う。
あの時契約を結び直さなくてよかった。
彼と私がただの友人であるから、彼が私の死を知ることはない。
私という存在が彼の足を鈍らせることはない。
私が少女たちをきちんと守り抜いたという誇らしい事実を抱えたまま、彼は走り抜けられる。
(──ああ、それはなんて、素晴らしく、それでいてこの上なく寂しいことなのだろう)
引き延ばされていた時間間隔が現実に合一していく。瞬きの回顧を終え、レオナルド・ダ・ヴィンチは消滅する。
────Ti voglio bene!
(さようなら、友よ。キミたちと過ごした5年間、とても楽しかったとも)
◆
千尋の到着を待つことなく、コンテナはカルデアから飛び出した。地上へ向かって斜面を滑り落ち、狙撃を受けた瞬間、真の姿を現す。──虚数潜航艇シャドウ・ボーダー。ダ・ヴィンチやホームズらが、“もしも”に備えて建造していた物だ。氷原を駆け、海岸を目指している。
「待って……ホームズ! 一回、車を止めてください! 千尋さんがまだ……ッ」
「……藤丸。ここまで来たら、カルデアに残ったっていうなら……」
スタッフの一人が、藤丸を慰めるように肩に手を置く。窓の外に広がる一面の銀世界、全力疾走をするシャドウ・ボーダーに追いつく術など、考えられなかった。
藤丸は縋る様に、腕を組んで黙りこくっている村正を見る。村正は千尋のサーヴァントだ。パスが繋がっていれば、彼の状況が分かるはずだと考えた。
「……村正さん!」
「ああ。そんな顔するもんじゃねえぜ、嬢ちゃん。……いや、させてんのはうちのマスターか。大丈夫だ、儂が現界している限りはマスターからの魔力供給が続いてる。──千尋は生きてる」
「なら!」
「慌てんな。まだだ」
まだも何も、と藤丸が食い下がろうとした時だ。先程コンテナを襲ったものと似た衝撃が、シャドウ・ボーダーを俄かに揺さぶった。「また狙撃か!?」とゴルドルフが顔を青くする。
「そう簡単に逃がすつもりはないという事か。……うん? いや、だが……」
妨害されているようだ、とホームズが呟いた。
──命を懸けて藤丸たちを守ろうとしたのは事実だが、千尋は自分の命を捨てるつもりは毛頭なかった。
村正への魔力供給を最低限にし、自身の身体強化とルーン魔術にあてる。
殺戮猟兵を斬り伏せ、コヤンスカヤや言峰神父の目を掻い潜ってカルデアの外へ飛び出した。地の利は千尋にあった。
気圧の変化や外気温から体を保護し、ロマンを求めてひっそりと開発していたスノーボードを足に装着して、コンテナと同じように滑走する。山の上から諸々度外視して滑り降りたら、気持ちいいに決まってる! ……千尋は高く笑い、シャドウ・ボーダーを目指した。
ボーダーを狙ったコヤンスカヤの狙撃は、着弾する前に空中で斬り捨てる。人間離れした駆動と芸当は、人理修復の折に召喚に応じてくれたサーヴァントからの教えの賜物だ。生半可な強化や保護でこんなことをすれば、あっという間に全身細切れになってしまうだろう。
マスターを待つべくボーダーに乗り込んでいた村正が立ち上がる。
「ハッチを開けやがれ! マスターの帰還だ!」
「は!? どうやって!?」
驚愕しているのは声を上げたムニエルだけではない。「無茶な事を」と苦笑いを浮かべるホームズが、ハンドルを切りながら手早く操作をする。
ハッチから村正が顔を出すと、千尋は腹の底から叫んだ。
「──村正ァ!! 着地任せた!!」
「応! 来い!!」
飛び上がっていた千尋は、吸い込まれるようにボーダーへと落ちていく。村正はその体をしっかりと受け止めた。
驚くべきことに、傷一つない姿で現れた千尋。スタッフ達は、まるで幽霊でも見たかのような顔をした。
千尋はからりと笑う。
「言っただろ? 死ぬつもりはないってな」
藤丸が、マシュが、駆け寄ろうと立ち上がる。「千尋さん」と呼ぶ声を、千尋自身が遮った。
「いやしかし上手くいってよかった! 魔術回路と刻印をフル稼働させれば、まあこれくらいはな! 伊達に傑作として仕立てあげられてないぜ、はははは。クー・フーリンのゲイボルグを見本に……因果逆転の要領で、『俺がボーダーに着地した』という結果を先に置いて飛んだんだが。ボードは摩擦に耐え切れずに空中分解したから、まだまだ改良の余地があるな。五体は無事だからまあ、今回は問題ないと言えばなか、た……が……」
饒舌に話していた千尋は、突如として言葉を詰まらせ、そのまま吐血した。倒れそうになった体を村正が支えたが、咳き込む千尋が吐く血の量は尋常ではなかった。ビシャビシャと落ちる血液が、床に広がって赤い水溜まりを描いていく。
早く医務室へ、とホームズが鋭い声で指示を出す。か細い呼吸は今にも止まりそうで、村正は「死ぬんじゃねぇぞ!」と声をかけ続けた。
「……まだ、まだだ。俺はまだ死なない……死ねないんだ、ロマニ……」
ボーダーは外部からの通信を受け取る。千尋の意識が遠退く最中に告げられたのは、2017年の終わりだった。
──……通達する。我々は、全人類に通達する。
──この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる。
──人類の文明は正しくはなかった。我々の成長は正解ではなかった。
──よって、私は決断した。
──これまでの人類史──汎人類史に叛逆すると。
──今一度、世界に人ならざる神秘を満たす。神々の時代を、この惑星に取り戻す。
──その為に遠いソラから神は降臨した。七つの種子を以て、新たな指導者を選抜した。
──指導者たちはこの惑星を作り替える。もっとも優れた『異聞の指導者』が世界を更新する。
──その
競争に汎人類史の生命は参加できず、また、観戦の席もない。
──空想の根は落ちた。
──創造の樹は地に満ちた。
──これより、旧人類が行っていた全事業は凍結される。
──君たちの罪科は、この処遇をもって清算するものとする。
──汎人類史は、2017年を以て終了した。
──私の名はヴォーダイム。
──キリシュタリア・ヴォーダイム。
──7人のクリプターを代表して、君たちカルデアの生き残りに──いや。
──今や旧人類、最後の数名になった君たちに通達する。
────この惑星の歴史は、我々が引き継ごう。
前頁 戻る 次頁