千尋は腕を組みながら、手元のタブレットを見た。彼の傍には普段そう関わりの深い訳ではないサーヴァント達が揃っている。
「いやあ、スカサハ師匠が空気を読んでくれてよかった」
「ってえと? 相手は……」
村正がタブレットを覗き込むのに合わせ、少し離れた位置にいたサーヴァント達を呼ぶ。表示されているのは藤丸陣営のサーヴァントだ。
スカサハが独断で選出したというサーヴァントは、各々が正式に契約を結んでいるマシュと村正を除いた6騎。
この“特別戦”は5対5で行われる。1騎のみ、自由に選出してよいと言われていた。クラスも真名も伏せられたアンノウンが、お互いに存在する。
「カルナとアルジュナとか、アキレウスとペンテシレイアとか……そういう組み合わせがないのは少し安心したよ」
「イシュタルとエルキドゥとかね……」
千尋陣営のサーヴァントであるエレシュキガルが、ぽつりと呟いた。千尋は深く頷く。
バーサーカーであるペンテシレイアを除けば、皆マスターの指示を聞いてはくれるだろう。ただ戦況によってはぶつからざるを得ないわけで。ぶつかった時に途中で離脱できるかと言われると多分厳しいわけで。
サーヴァントだからこそ続く因縁というのは、少々扱いが難しいのである。
千尋はスカサハの采配に頭を捻る。藤丸に向けた試練であるから、若干こちらに分がある様な気がしないでもない。決して圧倒できるほどの戦力差ではない辺りが、如何にもスカサハらしい。
眉間を親指で掻き、ふうっと息をついてサーヴァント達を見た。
「分かっていると思うけど、一応改めて。今回の特別戦に限り、マスターは俺だ。俺の作戦、指示に従ってもらう」
巴御前が千尋を見つめて頷いた。燕青が気安く「分かってるよぉ」と笑う。エレシュキガルが両手をぎゅっと握り締め、決意を固めるように顎を引いた。
「立香ちゃんを成長させる為の催しだからな。……あんまりこういう事は言いたくないけど……、……藤丸立香を確実に殺しに行く」
異論は? という千尋の低い問いかけに、全員が口を噤んだ。
千尋が悪戯に己のマスターを傷つけることなどないと知っている。カルデアに召喚された頃から、藤丸が千尋を頼りにし、懐き、千尋もその信頼に応えている姿を見てきたのだ。
藤丸の為という言葉に偽りはなく、乱暴な手段を取っているという引け目も伝わっていた。
「……よし、ありがとう。頼りにしてるよ」
◆
マスターとして、サーヴァントと共に戦場に立った経験だけを言えば、断然藤丸の方が優っている。人理修復、微小特異点の修復、レイシフトの数だけ出会いと別れと戦いがあった。
ただ、やはり。サーヴァントというのはマスターがいてこそ真価を発揮するのだと知らしめられたのは、ロシア異聞帯のカドックとアナスタシアだろう。
対マスター戦。藤丸はそれを知らない訳ではなかったが。
「そりゃあもう、覚悟決めてたもんよ? 決めさせたのは僕みたいなとこあるけど」
そう十数年前の千尋を語るのは、彼の高祖父である斎藤だ。藤丸陣営側の自由選出枠、千尋陣営から見たアンノウンであった。なお、斎藤の立候補である。
2004年の聖杯戦争に当時17歳の千尋が参加していたと聞いたのは、カルデアにいた頃だ。セイバー・斎藤一を召喚し、敗退したものの生還して、現在に至る。
「マスターちゃんの覚悟が弱いってんじゃないけどね? 実際の聖杯戦争で他のマスターとサーヴァントを相手にしたことがあるって経験の差は、必ずどっかで出る」
「……うん」
「まあ……アイツの場合は召喚したサーヴァントがサーヴァントだから、マスター殺しを目的にサーヴァントとはほとんど戦わなかったんだけど」
神秘の差ってやつがねぇ、と斎藤は苦い顔をする。藤丸は、カルデア内で斎藤が微妙に距離を置いているサーヴァントがいるのを知っていた。「ライダー……え? ライダーじゃなくてセイバー?」と、陰に隠れて遠目にそのサーヴァントを見ながら言っていたのも知っている。
今の斎藤の発言と、そのことを踏まえれば、何となく斎藤と千尋の聖杯戦争の結末が予想できた。
「一ちゃんは千尋さんが直接わたしを狙うと思う?」
「ああ。サーヴァントを全員倒す事に比べたら、確実かつ簡単だからな」
「マスターの身の安全はわたしが全力でお守りしますが、千尋さんはお見通しでしょうね……」
「とはいえ、マスターを狙うのはマスターちゃん自身がやってるだろ?」
バーサーカー5騎を相手取った第五戦。モリアーティのアドバイスを受けた藤丸は、自らの拳でミスターMを殴りに行った。ミスターMを守るサーヴァントがいない中での強襲は見事に成功したが、スカサハからは勇気を認められつつも、自分の身を省みない突撃には小言を貰っていた。
「……千尋がそれを考慮しないはずがない。マスター殺しを警戒させて、前線に出るサーヴァントを減らし、各個撃破。最後にマスター諸共……ってのも十分ありえる」
「つまり?」
「どっちの可能性もあるってこと!」
「うぅ〜! 伝承結晶欲しいよ〜!」
「せ、先輩! がんばりましょう!」
マシュが「ふぁいと、おー! です!」と藤丸を応援すると、頭を抱えていた藤丸は抱え上げ、拳を高く、天に向かって突き上げた。
「負けるもんかー! サーヴァントのことはわたしの方が知ってるはずだー!」
「その意気です、先輩! 先輩は千尋さんに負けないマスターです!」
◆
舞台は古城。北に千尋陣営、南に藤丸陣営がいる。藤丸陣営のサーヴァントの初期位置は、マスター・藤丸立香のすぐ傍だが、千尋陣営のサーヴァントはマスターから離れ、少し中央に寄った場所からのスタートが許されている。
藤丸はタブレットを見て、サーヴァントの位置を確認した。
(千尋さんはわたしと対角線上のところからのスタート……一番前に出ているのはエレシュキガル、それから巴御前。村正さんが千尋さんの近くにいるのは予想通りだ。燕青の気配遮断に注意して、早めに千尋さんが選んだサーヴァントを知らないと)
例えば、イスカンダルやギルガメッシュのような、破格の出力を誇るサーヴァントではないのかもしれない、と藤丸は予想する。エレシュキガルと巴御前が最前線にいるのは、きっとそういう事だ。
(遠距離攻撃が可能……? それとも守りが得意なサーヴァント……? ダメだ、候補が多すぎる)
藤丸陣営側の高台にトリスタンを立たせ、千尋陣営の様子を見てもらったが、事前に開示されているサーヴァント以外は姿が見えないらしい。
(意表を突くつもりだ。千尋さん、そういうの好きだし!)
きっと後手に回らざるを得ない。藤丸は、千尋陣営側のサーヴァント達が表示される画面を睨みつける。
藤丸陣営は、魔術や神秘で押すというよりかは、神秘の域に至った技量で勝負するというサーヴァントの方が多い。近代サーヴァントであるビリーや斎藤がいい例だろう。トリスタンは古い時代の生まれだが、彼の王の様にビームを打ったりはしない。
冥界の女主人、鬼種の魔、拳法の開祖、業を絶つ刀鍛冶。──斎藤も言っていた、神秘の差を考慮するのであれば、藤丸陣営の鍵はトリスタンだ。恐らく千尋もトリスタンを一番に落とそうとするだろうと、藤丸は予想している。
(でもトリスタンは前線で戦ってもらわないと……。対魔力を考えるなら、アナスタシアは宝具使わないと厳しいかも。一ちゃんとビリーは隠密行動得意だから、裏から回ってもらう……? ああ、でも向こうに燕青がいる……!)
藤丸の思考を断ち切るように、スカサハの凛々しい声が響く。
「双方、準備はよいか! これより実戦演習・特別戦を開始する!」
マシュと顔を見合わせ、藤丸は覚悟を決めて頷いた。
「──始めッ!!」
戦いの火蓋が切って落とされた。
藤丸陣営、千尋陣営、双方のサーヴァントが同時に動き出す。藤丸はマシュと共に初期位置でサーヴァントたちを見送った。
エレシュキガルが中央へ、その少し後ろに巴御前が。
藤丸はトリスタンとアナスタシアにそちらへ向かうように指示を出していた。遠距離攻撃ができることを活かし、中央からは少し離れた位置まで。
……村正以外のサーヴァントとは本来であればパスが繋がっていない。契約を結んでいないのだから当然のことだが、今回は特例として、スカサハがルーンを用いて千尋陣営のサーヴァントたちとパスを繋いでくれた。これにより、念話と魔力供給が可能となっている。
『千尋。中央に着いたのだわ』
『こちら後方の尖塔にて、トリスタン様とアナスタシア様の接近を目視致しました』
「じゃあ作戦通り。巴御前はトリスタンの妨害を。──エレシュキガル、令呪三画持っていけ!!」
中央へ向かうトリスタンとアナスタシアは、目を見張った。エレシュキガルが纏う魔力量に、宝具が展開されることを悟る。妨害するには少しばかり距離が足らない。加えて、赤い炎を纏った矢が、二人の行く手を阻むように降り注いだ。
雨の如きそれを凌ぐ間にも、エレシュキガルの魔力は昂っていく。
「天に絶海。地に監獄。我が踵こそ冥府の怒り! 出でよ、発熱神殿!
──『
霊峰踏抱く冥府の鞴』!!」
千尋が保有する令呪三画分のサポートを受けたエレシュキガルによる宝具の真名開放。古城は地に堕ち、日は陰り、冷気が頬を撫ぜる。
聖杯戦線・特別戦開幕から五分も経たないうちに、舞台は冥界へと姿を変えた。
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