盗人根性

 まさか、千尋が初期位置で村正とじっとしているなんてことはない。
 斎藤はそう確信していた。

(アイツなら作戦がどうであれ、絶対に動くはずだ)

 先程、東でビリーと燕青が接敵したと情報共有がされた。〔気配遮断〕を持つアサシンに壁際を移動させ、裏から奇襲する予定だったのだろう。足を止められたのはよかったが、と思考する斎藤は眉を寄せる。

 何もアサシンが燕青一人だけとは限らない。千尋が選んだ自由選出枠は明らかになっていないのだ。もしも仮に山の翁なんかが選ばれていた時には、藤丸陣営全員、首と胴の別れを覚悟しなければならない。

(僕にはなーんの声もかからなかったもんなあ! まあ、それが分かってたから立候補したんだけど)

 あれだけセイバーセイバー言っていたのに、案外薄情なものである。これを成長と言うのだろうか。

 斎藤としても、聖杯戦争の“セイバー”にして千尋の高祖父だという矜恃がある。藤丸へ自身を売り込む時も、「千尋が何をしてくるのかを一番正確に推測できるのは僕」と豪語したのだ。……フィールド全体の冥界化は、残念ながら推測できなかったけれど。あれは未来を視る能力でもない限りは無理だったと信じたいところだ。

(僕がいることは知られていないはず……)

 エレシュキガルは、冥界にいるサーヴァントをすべて正確に把握できるのだろうか。それが可能なのであれば、斎藤の存在は既に知られている。
 マスター役である千尋と共有しない理由がない。相性の悪いサーヴァントを狙って差し向けてくる可能性がある。

 明らかになっている千尋陣営のサーヴァントの中で、斎藤が相手にしたくないサーヴァントと言えば、巴御前だろうか。遠距離攻撃を主体とするアーチャークラスでありながら、近接戦においては恐ろしい怪力を披露する。斎藤に遠・中距離戦の術はなく、近接戦で掴まれでもしたらひとたまりもないだろう。相手に気取られることなく接近する技術こそ、斎藤には備わっているが。

 トリスタンとアナスタシアを追い詰めている攻撃は、どうやら斎藤に向けられる様子はない。迫り出す岩や赤雷はオートではなく姿を視認しなければならないのか、眼前の2騎がエレシュキガルの意識を完璧に引き付けて他のサーヴァントへの妨害を阻止しているのか。

(拮抗……はしてねぇな。下手に加勢してもトリスタンの負担になるだけだ。……ってなると、まあ。僕の仕事は敵マスターの暗殺になる訳だが)

 斎藤は中央の様子を窺いつつ、可能な限り気配を殺して敵陣へ向かう。藤丸とマシュが中央へ辿り着くまで、あともう少しかかるだろう。近づけば近づくほどに、エレシュキガルと巴御前の攻撃は苛烈になるに違いない。
 出来る限り迅速に千尋を見つけなければ、と斎藤が古城の階段を駆け上がった時だ。

 一閃。
 居合切りの様に、斎藤の首を斬り落とさんと振り抜かれたそれを、咄嗟に身を仰け反らせることで躱す。重心が後ろに移動したことにより、斎藤は階段を飛び下りる羽目になった。

「アンサズ」

 斎藤が着地したその瞬間、地面が燃え上がり火柱が立つ。ルーン文字が仕込まれていた。直撃こそ免れたものの、じりじりとエーテル体を焼く熱を感じ、斎藤は乾いた笑いを零した。

 柱の陰から抜き身の刀を一振り持った千尋が現れる。

「何で対魔力貫通してんのよ」
「そりゃあんたの対魔力が心許ないからだろ?」

 斎藤を見下ろし、挑発するように口端を吊り上げる千尋。聖杯戦線の主催であるスカサハや、彼女の弟子であるクー・フーリンらからルーン魔術を教わっているとは聞いていたが、実際に千尋が使っているところを見るのは初めてだった。カルデアにいた頃からシミュレータールームで何度か手合わせはしたが、千尋は斎藤の剣術を物にしようと、魔術は身体強化のみに留めていた。

(サーヴァントである僕が接近されるのに気づかないって何よ。……それも魔術か?)

 軽く周囲に視線を走らせるだけでも、そこかしこにルーン文字が刻まれているのが確認できた。斎藤がこの場所を通ることを予見し、仕掛けておいたのだろう。そういえばウチの孫は魔術師だったわ、と実感する。

「俺が立香ちゃんの相手をするってなれば、あんたが立候補すると思ったよ。それ前提で作戦組んでたけど大当たりだったな」
「……ハハ、マジかよ。熱烈だねえ」
「そりゃ勿論、全力で勝負できる機会って結構貴重だし。俺忙しいから」

 こちらは未だに千尋陣営の自由選出枠が分かっていないのに。斎藤は口角が微かに引き攣るのを感じていた。自分が立候補しない方が藤丸陣営はもう少し苦戦せずに済んだのではという気になってくる。
 だがサーヴァントが敵マスターを補足できた、という点については斎藤だからこそ得られた成果だろう。思考をすぐに切り替えて、腰に差した二振りを抜く。

「もう一本の刀はどうしたよ?」
「せっかくだから、初心に返ろうと思って」

 斎藤の中の記録が呼び起こされる。「あの時は竹刀だったけど」──2004年の記録、まだ斎藤が召喚されて間もない頃だ。本当に拙い剣術だった。教えてくれる人を失いながら、たったひとりで無敵流を形にしようと竹刀を振るう姿が愛おしかった。
 少年は大人になり、竹刀は真剣となった。研ぎ澄まされていく刃は元々、人の命を奪うもの。だというのに、彼が振るうというだけで斎藤にとってはそれがひどく温かいものに思える。

 ひとつ頷いた斎藤の翻していた外套が、黒から浅葱へと変化する。瞠目した千尋が「本気のやつだ」と喜色に溢れる声で呟いた。

「んじゃまあ、お相手願おうかねぇ」

 周囲の音がどこか遠い。眼前にいる人間の命を奪う、その一点のみに思考を集中させる。

「──新選組三番隊隊長、斎藤一。参る!」
「胸を借りるよ……セイバー!」

 体勢を低くした斎藤が、地面を抉るほど強く足を踏み込んだ。──その瞬間だった。

 背後に白刃の煌めき。胴を両断せんと振るわれたそれが、斎藤に傷をつけた。刃が触れた、と認識すると同時に斎藤は倒れ込み、地面を勢いよく転がる。起き上がって腹部を押さえた掌は真っ赤に染まっていた。

「……あ゙ークソ! 記録思い出を利用しやがるとはな」

 額に冷や汗を浮かべる斎藤は、恨めし気に強襲してきたサーヴァント──千子村正を見遣る。手にしているのは千尋が普段持っているもう一振りの刀だろう。恐らくは千尋と同じ魔術を使い、初めからすぐ近くに潜んでいて、『セイバー』というクラス名で呼ぶことが合図だった。

 マスターが落ちれば敗北、そのルールを利用した自分自身を囮にした作戦。そして、千尋に『セイバー』と呼ばれていた斎藤だからこそ、ここまで上手く嵌ってしまった作戦だ。

「人聞きの悪いことを言うなよ、一ちゃん。俺の人生はあんたのおかげで17歳から始まったんだ……ただ、今の俺の“セイバー”は村正って話でな」
「今も俺のことセイバーって呼ぶくせに……」
「うーん、まあ、ほら? そこはそれ。俺はサーヴァントと真正面からやり合う馬鹿じゃないんでな! あと頼んだ!」
「はいよ。そら受け取れ!」

 村正から刀を受け取った千尋は走り去る。すぐに気配が追えなくなったのは、唐突に現れた時と同じ魔術だろうか。斎藤は刀を杖のように地面に差して体を支え、立ち上がる。

「あんま無理すんなよ? 結構な深手だろう」
「……ご心配どうも」
「いやぁ、しっかし……聞いた時は作戦がピンポイント過ぎて、俺もどうかと思ったんだがねぇ。上手くいくもんだ。ある種の信頼関係ってやつかね?」
「あぁ? ああ……今回ので若干打ち砕かれた気がしなくもないが……」

 斎藤の言葉に、村正は愉快そうに笑う。血液と共に、余計な情も流れ出たのだろうか。冷めた思考が斎藤に違和感を抱かせる。──こんな賑やかな御仁だったか? と。

 訝しげな斎藤の視線に気づいたらしい村正が、ニヤリと目元を三日月型する。

「どうしたい? ……顔に疑心暗鬼と書いてある」


 ……同時刻、ビリーは盛大に顔を顰めていた。

 攻撃は読まれ、一向に弾は当たらない。燕青はのらりくらりと躱すばかりで、ビリーに攻撃を仕掛けて来なかった。足止めを受けたくないのは燕青の方ではないのか。
 サンダラーによる必殺の銃撃はカウンター宝具だ。向こうが仕掛けてこないことには、発動さえできない。それが分かっていて場を停滞させているのであれば、まったく性格が悪い。そういう指示を出しているマスターが。

(斎藤ももう他のサーヴァントと会っててもおかしくないな。サーヴァント同士も念話ができたら便利なのに……)

 ビリーがいる東ルートは高い壁があるせいで、状況の把握が困難だった。藤丸から増援を求める声は届いていないので、中央ルートに新しい敵が現れたということはないのだろう。マシュがいれば余程のことがない限り、フィールド中央へは辿り着けるはずである。

(こっちに敵側の増援が来る様子もない。マスターからの指示は燕青の足止め、だから僕はこのまま……)

 それでいいのか、という奇妙な焦燥感がビリーの胸に燻る。
 藤丸陣営は後手後手に回ってしまっているが、それでも対処法を捻り出して行動している。……その行動を読まれているような、そうでなくとも泥濘に足を取られているような。

(何かしらのアクションを起こした方がいいな。僕を焦らして、そうさせる腹積もりかもしれないけど!)

 連続して弾丸を撃ち込み、ビリーは高い壁を駆け上がる。燕青は道を開けたビリーを無視するだろうか、と目を向ければ、燕青もまたビリーを自由にする気はないようだった。

 壁の上からは中央の様子がよく見える。巴御前の射程圏内であることを思えば長居はしたくない位置だが、彼女は彼女でじりじりと進んでいる藤丸たちに気を配らなければならない。

 輪郭がぼやける程の暗がりでなければ、ビリーが弾を外す理由はない。少し遅れて登ってきた燕青に向けて、体勢が整う前に弾を放った。

 迫る銃弾を燕青は、──投影した刀を以て防いでみせた。

「……!! こいつは驚いたな!」
「チッ、バレちまった」


 マシュと共に中央へ向かっていた藤丸は、片耳を手で押さえて思わず足を止めた。ビリーと斎藤が、驚愕の事実を念話で伝えてくる。

『こっちにいるのは、燕青村正じゃない!』

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