不惜参命

 召喚に際し、聖杯から与えられる最低限の知識。“現代に召喚されたはいいものの、何をすればいいのか分からない”という状況を避けるものであることは分かった。それを便利であると思いながら、セイバーは語る。

 サーヴァントは、七つのクラスのどれかに割り当てられて召喚されること。
 マスターは、サーヴァントを現世に留めておく為の楔であること。
 “セイバー”とは、『剣士』のサーヴァントであることを意味する呼称であること。

「──あぁ、それから、それ。マスターちゃんの右手にある、令呪。それを使えば僕に何でも命令できる訳だけど……使い方分かる?」
「それくらい分かる。……一応、ハァ……魔術師として、育てられてるから。使い魔に対する命令の仕方くらい……」
「そ! あんま変な事はさせんでくれよー? マスターちゃん」

 千尋はヘラヘラと冗談めかして笑うセイバーを窺う。
 気が抜ける表情を浮かべる男、と言うべきか。何となく、息をつきたくなる。今まで感じたことのない不思議な感覚を、千尋はセイバーに対して覚えていた。

(嫌じゃない気安さというか……世渡り上手そうだな、セイバー)

 そんな感想を抱いて、千尋はセイバーに乞う。

「呼ぶことはないと思うけど、貴方の真名を教えて欲しい」
「呼ばないのに名乗れって? 別にいいけど、また何でよ?」
「真名を把握しておけば、貴方の弱点になり得る状況や物、敵サーヴァントとの相性が分かるでしょう。仮にも僕はマスターですし、知る権利がある」
「なるほど、そりゃごもっともだ」

 千尋は、英霊にまで昇華されるような歴史上の偉人にそう明るい訳ではないが、セイバーが手にする日本刀を見て、日本に伝わる剣客を幾人か思い浮かべる。
 セイバーは刀を二本持っているから、二刀流の使い手だろう。──なんて安直な考えをするのであれば、真っ先に思い浮かぶのは宮本武蔵だ。

(二刀流じゃないとしても、剣士のクラスに当てはまるくらいだから、柳生十兵衛とか……)

 セイバーの言葉を促すように、目を向ける千尋。彼は姿勢を正すと、口を開く。

「我が真名は斎藤一。新選組三番隊隊長……斎藤一だ」
「……! 新選組!?」

 ──予想の百倍は新しい!
 千尋は思わず口元を手で覆う。

「あら。マスターは新選組をご存知で?」
「……いや、あんまり知らない……」
「え? あれ、そうなの? ……聖杯からは結構知名度あるって聞いてるんだけどなぁ……」

 千尋は細く、長く、ゆっくりと息を吸い込む。少し息を止めて、細く、長く、ゆっくりと吐き出す。目の前のサーヴァントに、そんな呼吸をしていると気づかれないように。

(…………勝てるのか?)

 千尋は猛烈な不安に襲われていた。聖杯戦争に勝ちたいという意志はあるのに、勝てるという自信が持てない。

 他にどんなサーヴァントが召喚されているのかも、当然知らない千尋だが、『斎藤一』ほど近代のサーヴァントは、きっといないだろう。──なにせ、召喚するメリットがない。

 神秘というのは、より古い神秘が勝るものだ。時代を遡る程に英霊は強くなる、という訳でもないが、紀元前と紀元後、神代の生まれか否かは、サーヴァントの力量に大きく関わるはずだ。
 サーヴァントとしてのステータス自体は、恐らく高い。先程斎藤から聞いたサーヴァントのクラスごとの特徴から考える限り、『セイバー』クラスで召喚されたからだろう。それでもどこまで食い下がれるか、と思考して、千尋は頭を振った。斎藤が不思議そうな顔をする。

「…………セイバーの、聖杯にかける望みは? というか、是が非でも聖杯を手に入れる意志は?」

 食い下がれるか、なんて敗北を前提に戦いに臨む奴があるか。千尋は内心で己を叱咤し、斎藤に問う。

 斎藤は曖昧な笑みで、「あぁ……」とどこか呆れを含んだような相槌を打つ。

「聖杯、聖杯ね……。何でも願いが叶うってやつだろ? いやー、どう考えても胡散臭いし、マスターが使って大丈夫そうなら、僕も開けっぴろげに、欲しい! って言うんだけどねぇ」
「質問の答えになってなくないです?」
「ん? そう? まあでもホラ、僕はサーヴァントですから。マスターちゃんがどうしても聖杯が欲しいって言うなら、それに従いますよって」
「どうしても聖杯が欲しい」

 斎藤の言葉尻を食うように、千尋は告げた。両膝の上に乗せた拳を握り締める。掌に爪が食い込む痛みなんてものが、気になるはずもない。

「聖杯戦争……僕はそれを知らないけど、どうしても聖杯を手に入れなきゃならない理由がある」

 聖杯が本当に万能の願望機であると言うのなら。
 何でも願いが叶うという文言が、偽りでないのなら。

「セイバー。僕の、唯一の味方として、力を貸して欲しい」

 お願いします、と斎藤に頭を下げる千尋。斎藤は「ちょっと! 頭上げろって」と少し慌てた様子で言う。

(聖杯戦争への参加……両親が望んでるって言ってたよな。聖杯を手に入れることも、両親の為か?)

 まだあどけなさの残る顔立ちの千尋を見て、斎藤は微かに目を細める。

「マスター……聖杯戦争、そう、戦争だ。命を懸けることの意味を、ちゃんと分かってるか? アンタの聖杯への望みは命よりも重いと?」
「分かってる。僕は……別に、死にに行くつもりはないから」
「…………そうか」

 分かっちゃないだろう、とは言わなかった。斎藤は別段、マスターとの関係を悪くしたい訳ではないし、その台詞を口にするには、少し遅すぎたように思う。

 斎藤が召喚される前であれば、「聖杯戦争なんか参加するな」「どうせ死ぬだけだ」「命を無駄にするつもりか」──などという台詞が届いたかもしれない。召喚される前のことなど、当然、斎藤には知り得ない事だけれど。

 命の重さなんてものを知らない割に、千尋の覚悟は決まっているようだった。それを無碍にできる程、斎藤は優しくもなければ無責任でもなかった。

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